倫理を超えた先に彼らが行き着いた、やさしい誘拐と殺人『月光』『よろこびのうた』 常識とは、正しさとは何かーー新人漫画家ウチヤマユージからの問い掛け

小禄 卓也2017年01月05日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

僕たちの生きる社会には、地域によってさまざまなルールがある。

例えば「誘拐」「殺人」「監禁」といったことが非人道的な行為で、やってはいけないことだということは、日本に生きる僕たちなら大抵はあたり前のこととして認識していることだろう。

しかし、それらは本当にいかなる理由があろうとも犯してはならない行為なのだろうか。脊髄反射的に批判されることを覚悟の上で、一度問題提起をしてみようと思う。ウチヤマユージさんの描く短編マンガ『月光』『よろこびのうた』は、そんなことを思わせてくれる作品だ。

まずは二つの作品を簡単に紹介したい。
 

傷害も強姦も一切しない、少女のためのやさしい誘拐『月光』

月光 (イブニングコミックス)
作者:ウチヤマユージ
出版社:講談社
発売日:2015-06-23
  • Amazon Kindle

とある一軒家に、一人の少女を監禁している男がいた。男の名は坂本。少女を監禁している部屋は地下にあり、外側からしか開けることはできない。明かりは天窓から差し込む光だけ。少女は男が部屋にやってくるのを日々怯えながら待つ……わけではなく、部屋の中のネコと一緒にのびのびと暮らしていた。

男は少女に対して筆談でコミュニケーションを取っているのだが、毎日一緒にご飯を食べて、勉強道具や運動用具も普通に与える不思議な関係を築いている。性的虐待は一切ない。はたから見ると、ちょっと年の離れた兄妹のように見えなくもない。

そんな生活が3年ほど続いたころ、事件が起きる。一度だけ、少女にせがまれて動物園に連れて行ったところを目撃されてしまい、少女を狙う男たちがその一軒家に押し掛けてきたのだ。男たちに捕まり身動きが取れない坂本は、少女に向かって「逃げる!」とはじめて声を出す。その後坂本と男たちは逮捕され、実刑判決を請けることに。ここで、二人の奇妙な監禁生活は終了する。

彼はなぜ、少女を監禁したのかーー。その理由は、刑務所から出所したころに明らかになる。

痴呆症の女性が犯した必要な殺人と幸せな最期『よろこびのうた』

よろこびのうた (イブニングコミックス)
作者:ウチヤマユージ
出版社:講談社
発売日:2016-07-22
  • Amazon Kindle

北陸の田舎で、老夫婦の青木夫妻が焼身自殺を遂げた。

子どもはおらず、痴呆症の妻を夫が介護しながら穏やかに暮らしていた夫婦がなぜ自殺をしたのか。その理由を探るべく、毎朝新聞社の記者・伊能がその土地に趣き聞き込み調査を行うことに。

一度目の聞き込みでは有益な情報を得ることができなかった伊能だが、サキヤマートという酒屋の駐車場の前にあったタイヤ痕を手掛かりに再度聞き込みを行うと、一度目はとぼけていた遠山・先山・井上の三人の老人たちに監禁されてしまう。

手足を縛られた伊能に向かって、三人は諭すように事件について話し始める。遠山がヤクザの影がチラつく裏稼業に手を染めていたこと。痴呆症の妻が、息子を虐待していた男を轢き殺したこと。親を轢き殺された男の子のこと……。

事件は次々と紐解かれ、とうとう老夫婦の自殺の核心にたどり着いた。そして、伊能は老人たちからある選択を迫られる。

その誘拐と殺人を「完全にアウト」と言い切れるか

どちらの作品もロマン溢れるエンディングが待っており、読後感はとても良い。誘拐、監禁、殺人、自殺といった重めのテーマを扱うものの、「これでよかったのかもしれない」あるいは「こうするしかなかったのかもしれない」と思わせるような結末にキレイに落ち着いたようにも思える。とくに『よろこびのうた』に関しては、短編ながらも随所に張り巡らされた伏線が見事に回収されており、うっかり泣いてしまった。

殺人や誘拐を擁護するつもりは一切ないが、僕たちがニュースで目にする事件にも、こうした文脈がないとも限らない。もし僕が当事者と接触し、殺人の背景を知ってしまったとしたら、きっと伊能と同じ行動を取るだろう。陪審員をやっていたら、情状酌量しまくるかもしれない。

僕たちが生きるこの世の中には、社会通念上の道徳やモラルといった綺麗事では片付けられない感情がある。多くの人が心のどこかに「倫理の外」にある感情を持ち合わせている、と言い換えてもいいかもしれない。そして、自分を含めクリーンな人間はそんなにいないということを改めて確認し、その汚れた部分とうまく折り合いをつけながら生きていかなければならない。今回紹介した『月光』と『よろこびのうた』は、このことを強く感じさせる作品だった。

何にせよ、最近は正義感振りかざしマンが多すぎる。世の中の常識からこぼれ落ちる物事(あるいは十分な情報を持ちえていないこと)に対して、偉そうに「NO」と切り捨てるようなおっさんにだけはなりたくないものである。

映画や音楽、そして現実の事件から着想を得てオリジナルの物語に仕立て上げるウチヤマユージさんが、次に何をモチーフにし、どんな物語を紡いでくれるのか楽しみだ。

よろこびのうた (イブニングコミックス)
作者:ウチヤマユージ
出版社:講談社
発売日:2016-07-22
  • Amazon Kindle

 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事