誰も選ばない道だからこそ進む価値がある!「旅」の真髄を描く『ふしぎの国のバード』

マンガサロン『トリガー』2017年01月09日 印刷向け表示
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ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)
作者:佐々 大河
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
発売日:2015-05-15
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こんにちは。初めて北海道を訪れた際ママチャリで1日120kmほど走り、パンク修理キット位は携行した方が良いという教訓を得たマンガサロン『トリガー』店長の兎来です。

「旅行と旅は違う。ガイドに従って決められた所に行くのが旅行。様々なものを自分で見付けに行くのが旅。若くて体力・気力が充実している内に、旅行ではなく沢山の旅をするといい」
昔の恩師の言葉を、この記事の執筆にあたり、ふと思い出しました。

今回紹介する『ふしぎの国のバード』は正に、「旅行」ではなく壮大な「旅」を描いた物語です。

 

実在の女性冒険家の物語

イザベラ・ルーシー・バード。
1831年生まれの実在の英国人冒険家で、半世紀近くにわたって世界中を巡り、数多くの紀行文を記した女性です。その中でも1878年の6月から三ヶ月にわたって東京から蝦夷地まで旅をし、記したのが『日本奥地紀行』。そして、正にその蝦夷地までのバードの旅の様子を描いたのが本作です。

近年では『ゴールデンカムイ』や『うたわれるもの』などアイヌ文化を取り扱った作品が人気を博しています。そんな状況の中で、イザベラ・バードの残した記録は明治初期のアイヌに関する文献としてほぼ唯一無二で貴重な資料となっています。この事実こそ、記録を記録として残すことの大切さと難しさを語っていると思います。

幕末から明治になり移り変わり行く時代……と言うと随分昔のような印象を受けそうですが、数字にすればほんの140年前。祖父が語ってくれた曽曽祖父の時代のことだと考えると、途端に身近に感じられます。しかし、そんな比較的近い時代のことですらも、バードがいなかったらブラックボックス化していたかもしれない。

作中では、

”今”"この国で"ひとつの文明が滅びようとしている
あらゆる考え方 あらゆる生活 あらゆる文化が姿を消すだろう
"江戸"という呼び名と共に――
滅びは誰にも止められない
しかし記録に残すことはできる
困難なことだが誰かがやらねばならない

と語られます。

バードは翻訳家である男性・伊藤鶴吉(バードからは「イト」と呼ばれます)をお供に、通常使われる東側の海路や陸路ではなく、外国人は未踏破の困難を極める会津道を通っての日本海側の道から蝦夷地を目指します。

そこでのバードのセリフが非常に良いのです。

誰も選ばない道だからこそ進む価値があるんだわ

そして、こうも言います。

この国のことを知るために私は旅をするんです

馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。実際に自分の目と耳と肌で感じてみて、初めて解ることがたくさんあります。正に、旅の本質がここに描かれています。思わず膝を打ち、シビれたセリフでした。

行く先々でバードは当時の日本人の生活の様子を目にします。

賑わう市場。人力車。蚤だらけの宿。日本式の美しい宿。混浴の湯治場。髪上祝。駄菓子屋。道陸神。貧困に喘ぎ女性も胸を晒して生活する村……。

日本のたくわんの匂いには馴染めず、祖国の肉とバターの食事が恋しくなることもあるバードですが、それでも伊藤がこしらえてくれた日本料理の美しさと味に感嘆する一幕も。

これらバードが感じるカルチャーギャップの数々は、同じ日本人である私達にとっても同様に少なからず驚きがあるでしょう。ほんの一昔前の生活様式ですが、現代とは何もかもが違います。それをマンガという形でとても解りやすく紹介してくれるこの作品は非常に価値があります。陰部のムダ毛処理を毛切り石と言われる石を使って行うシーンなどは、一度見たら忘れないでしょう。

作中では、このようにも言われます。

この世界には我々には創造も出来ないような"日常"があるということ
それを奇異な目で見ることなく軽蔑することなく
まっすぐ見据えることが出来たなら
必ず何か得るものがあるということ

多様性は世界の本質です。この世には、自分が知るものの方が圧倒的に少ないものです。にも関わらず、人は自分の範疇にないものを敬遠したり忌避したり、排斥することもままあります。この世の悪意の多くは無知や無関心から生じている、とも言われます。多様性への寛容さ、自分にとっての非常識も尊重して受け入れることは、人間がお互いにより豊かに生きるための鍵であると思います。旅をすることを通して得られる知見は、それを涵養してくれるものでしょう。

ハルタ作品らしい緻密な描き込みで、絵を眺めているだけでも目に楽しい作品ですが内容も非常に充実しています。バードと伊藤の旅路の果て、文字のない蝦夷地で果たしてバードは何を見て何を感じるのか。今後の展開がとても楽しみです。

ふしぎの国のバード 2巻 (ビームコミックス)
作者:佐々 大河
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
発売日:2016-05-14
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ふしぎの国のバード 3巻 (ビームコミックス)
作者:佐々 大河
出版社:KADOKAWA
発売日:2016-12-15
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3巻折込の森薫さんとの対談も非常に面白い内容でした。『乙嫁語り』好きの方にもお薦めです。

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

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