『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か 』本当に恐れるべきなのは失望感

首藤 淳哉2017年01月31日 印刷向け表示
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ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)
作者:水島 治郎
出版社:中央公論新社
発売日:2016-12-19
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ジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオが共演した名作『ギルバート・グレイプ』(1993年)で印象に残るのは、なんといっても給水塔だ。

生まれ育ったアイオワの田舎町からいちども出たことがないギルバート(ジョニー・デップ)には、知的ハンディキャップをもつ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)がいる。アーニーは高いところが大好きで、ちょっとでも目を離すとすぐに給水塔に登ってしまい、町中が騒ぎになるのである。

あの給水塔は、アメリカの「スモールタウン」のシンボルだ。

人口はせいぜい3千人ほどで、大きさはメインストリートを中心にほんの数ブロック程度。インターステイト・ハイウエイ(州間高速道路)からは離れた場所にあり、都会の繁栄とは無縁。住民どうしお互いをよく知っており、いまだに家に鍵をかける習慣もない。それがスモールタウンだ。

アメリカにはこうした小さな町が無数にある。

19世紀フランスの青年貴族アレクシ・ド・トクヴィルは、9ヶ月にわたるアメリカ旅行の後に著した『アメリカのデモクラシー』の中で、スモールタウンを「タウンシップ」(township)と呼び、アメリカ合衆国の基礎をなす自治単位と位置づけた。スモールタウンこそがアメリカの根っ子なのだ。

スモールタウンの住民のほとんどはその町で生まれ育ち死んでゆく「普通の人々(ordinary people)」だ。ドナルド・トランプ大統領は、このような「普通の人々」に支持されて当選した。彼らはなぜトランプを支持したのか。彼らを衝き動かしたものの正体を教えてくれる一冊が、『ポピュリズムとは何か』水島治郎(中公新書)である。

ポピュリズムの定義はメディアによってもバラバラだ。よく目にするのは、「大衆迎合主義」だとして民主主義の脅威とみなす立場だろう。大衆の感情を煽り、数の力で世の中を強引に動かす手法が問題だというのである。

だがこの見方はおかしい。

本書は、ポピュリズムの主張にはデモクラシーの理念そのものと重なる部分が多いと指摘する。事実、欧米のポピュリズム政党は、直接民主主義的な手法を積極的に活用しようとする傾向がある。たとえばフランスの国民戦線は、国民投票や比例代表制の導入を通して国民の意思を政治に反映させよと主張している。

要するに大手メディアのエリートたちは気に食わないのだ。政治家がメディアを「中抜き」して直接大衆に訴えかけ、メディアが論評を差し挟む余地もないままに物事が決まって行くことに我慢がならないのである。「大衆迎合主義」という言葉の裏には、大衆=衆愚という「上から目線」がある。

本書を読むとよく理解できるのだが、ポピュリズムはそんな単純な図式に還元されるものではない。また右派勢力の代名詞のように思われているのも誤解だ。

そもそもポピュリズムは、少数の政治エリートによる支配を崩し、デモクラシーを取り戻すための解放運動として登場した。農民や労働者、中間層などの政治参加をうながすために積極的に活用されてきた歴史があり、特に20世紀のラテンアメリカ諸国では、極端な所得格差への不満からいくつものポピュリスト政権が誕生した。

だが、政治から疎外された人々に「解放の論理」として支持される一方で、ポピュリズムが排外主義などと結びつき「抑圧の論理」として機能してきた面があることも見逃してはならない。ポピュリズムはデモクラシーを活性化する方向でも、また脅威となる方向でも働く。ポピュリズムが持つこの両義性は重要なポイントだ。

本書は南北アメリカとヨーロッパを舞台にポピュリズムの歴史を紐解きながら、ポピュリズムとデモクラシーとのプラスマイナス両方の関係を浮かび上がらせる。そして現代のポピュリズムが我々に突きつける問いを明らかにする。

本書が明らかにする問い。それは、デモクラシーを支えているリベラルな価値観を突きつめれば突きつめるほど、デモクラシーの矛盾が顕わになり、結果としてポピュリズムが正統化されることにつながるのではないか、ということだ。

たとえばヨーロッパのポピュリズム政党は、イスラム系移民への政策を批判する際に、「政教一致を主張し男女平等を認めないイスラムは問題だ」といったロジックを展開する。そして住民投票や国民投票などに訴えることで自分たちの主張を認めさせようとするのである。政教分離も男女平等も有権者の直接参加も、いずれもデモクラシーの論理に基づいたものであることに注意しよう。いま各国でポピュリズムは、きわめて民主的な手続きを経た上で、21世紀のスタンダードになろうとしている。

『ギルバート・グレイプ』の舞台であるエンドーラは、忘れられた町だ。繁栄を享受する都会からは忘れられ、退屈をなにより嫌うメディアからも見向きもされない。そんな町で、主人公ギルバートは、鬱屈した思いを抱えて生きている。鬱屈しているのは、問題を抱えた家族を見捨てることができないからだ。ギルバートは心優しい青年なのだ。

トランプを支持したスモールタウンの住民たちも、ギルバートのような善良な人々に違いない。都会のエリートからは見捨てられた彼らに、ポピュリズムは「架橋的なアイデンティティ」を与えた。スモールタウンとホワイトハウスがつながったという手応えを彼らに与えてくれたのだ。

今後、真に恐れるべきは「失望」ではないか。自分たちの声に耳を傾けてくれると期待した人物が、実はそうではなかったと知ったときの彼らの失望の深さがどんな社会的な危機に結びつくか、それは誰にもわからない。

ポピュリズムを一方的に断罪することなく、その本質を冷静に見極めた本書は、これからの世界の行く末を考える上でもおすすめの一冊だ。

好むと好まざるとにかかわらずポピュリズムの波からは我々も逃れることはできない。であるならば、この波を上手く乗りこなそうではないか。本書はそのための頼れる水先案内人になってくれるはずだ。

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