死に至る病とおっさんの桃尻。海外ドラマ以上に上質なSFサスペンス『LIMBO THE KING』

マンガサロン『トリガー』2017年02月24日 印刷向け表示
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LIMBO THE KING(1) (KCx)
作者:田中 相
出版社:講談社
発売日:2017-01-06
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limbo
音節lim・bo 発音記号/límboʊ|‐bəʊ/

1リンボ,地獄の辺土 《地獄と天国の間にあり,キリスト教以前の正しい人,洗礼を受けなかった小児,異教徒,白痴者の霊魂の住む所》.
2忘却; 無視された状態.

研究社 新英和中辞典より


こんにちは。田中相先生の最新作のタイトル名『LIMBO THE KING』を聴いた時、一瞬「リンボーダンスのマンガかな? 新しい!」と思ってしまったマンガサロン『トリガー』店長の兎来です。

リンボーダンスは全く関係なく、今度は「バディもの近未来SFサスペンス」!

田中先生の中にはどれだけの世界が内在しているのでしょうか!

独特の情緒と感性に満ちた繊細な短編集『地上はポケットの中の庭』と『誰がそれを』、昭和の田舎の因習と純朴な愛を描いた『千年万年りんごの子』と来てからの、体罰というテーマに切り込んだ青春バレーボール部マンガ『その娘、武蔵』もかなりの衝撃でしたが、それらを踏まえての今回の『LIMBO THE KING』に来た驚きはそれ以上でした。

今までの作品は噛み締めるように味わうものが多かった田中先生。しかし、最新作『LIMBO THE KING』はジェットコースターに乗って「もう一回、もう一回!」と一目散に入口に駆けていく時のような感覚でした。早く続きを、と思わせてくれる純粋にエンターテインメント性の高い作品です。

 

あの頃の少女マンガ好きにお薦め!

未来を描いた本作ですが、この面白さには不思議とどこか懐かしい香もありました。

https://magazine.manba.co.jp/2017/01/06/1kan-limbo/
こちらのマンバ通信での田中先生へのインタビューを読み、吉田秋生先生や成田美名子さんの名前が挙げられていた所であまりの納得感に膝を打ちました。そうなんです。『LIMBO THE KING』の読み味は、かつて巨匠たちが紡いでいた古き良き少女マンガのそれと同質なのです。

現実を離れ「ここではない場所へのいざない」にワクワクし、クールなキャラクターに酔い痴れ、繊細な感情表現に心を揺さぶられる。そして、海外ドラマさながらの緊迫感と息もつかせぬ展開の連続に手に汗握る……。

『BANANA FISH』や『CIPHER』は今海外に持っていってそのまま連続ドラマ化しても全く問題なく楽しめるであろう作品ですが、『LIMBO THE KING』もそれらと同様に正に大人も楽しめる骨太の物語です。萩尾望都先生や清水玲子先生が好きな方は、高確率でハマるでしょう。

インターネットの普及や海外旅行が手軽になったことに伴って海外への憧れが減り、結果的に日本が舞台の作品が増えている、というのはその通りだなと思いました。私も、店頭で「海外が舞台のお薦めのマンガを教えて下さい」と言われて真っ先に出て来る作品はかなり古いものが多めでした。現代日本を舞台にした作品が悪いとは全く言いません。ただ、そのまま海外ドラマ化して通じるようなマンガはもっとあっても確かに良いよなぁ、と思います。異文化のことを楽しみながら自然と吸収できるのもマンガを始め物語の長所ですから。

 

近未来SF・海外ドラマ・バディもの・おっさん好きにお薦め!

そんな訳で、『LIMBO THE KING』の舞台となるのは2086年のアメリカです。

世間には秘匿されているものの、八年前になくなったはずの「記憶のガン」とも言われる最悪の病「眠り病」が蘇り猛威を振るおうとしていました。眠り病は適切な治療を施さない限り95%が三ヶ月以内に死に至るという極めて重篤な疾病で、更には感染経路も不明。それによって何千万人もの人々が命を落としていました。

元ネイビーのアダム・ガーフィールド(27)はかつての悲劇を繰り返さぬため「LIMBO THE KING」「ゴールデンゲートの英雄」とも呼ばれる、八年前に眠り病を終息へと導いた伝説の男ルネ・ウィンターと組んで、復活した眠り病の根絶を目指していく……という物語となっています。

眠り病の治療によっても記憶が喪われてしまったり、治療のための「ダイブ」に失敗すると人間が恐ろしい状態になってしまったりといった描写によって、じわじわと蔓延していく眠り病への危機感が煽られます。常に緊張感があり、先の展開が気になる良いサスペンスです。

その「ダイブ」で潜る、現実世界の人間の脳波が繋げられ混じり合ってできた夢の中のような場所こそが「LIMBO」と呼ばれる空間。「KING」たるルネはそこを具現化して見せる力を持ち、コンパニオンであるアダムはその中での位置を認識する能力を持っているので、二人の協力は不可欠。しかしながら、かつての英雄ルネは「誰が何人死のうと心からどうでもいい」と、厭世的になってしまっています。

暖色系のアダムに対する寒色系のルネという表紙の絵にも、二人の対比がよく表れています。アダムは自分のことをハンサムといい、美女と見ればすぐ口説こうとするお調子者。反面、一緒に暮らす子供たちにとっては頼れる兄貴分であり家族への情の強さも垣間見える男。眠り病の脅威から大切な人々を守るべく、彼がどうやって気難しさ極まるルネに協力を取り付けていくのか。その説得シーンや、なぜルネはそんなに頑なになってしまったのかも見所です。

本作を非常に砕けた言い方で表すならば、「おっさん二人が人類を救う話」。
その二人のおっさんが二人とも別ベクトルで魅力的なのが、そのまま作品の魅力になっています。

二人の関係性を象徴する所といえば、ルネの初登場シーン。五ページにわたる無言の描写でアダムが一目見ただけで「あいつがルネ・ウィンターだ」と直感的に解ってしまう所。ここのルネの「枯れた格好良さ」は異常です! ダメですよ、こんなアッシュ・リンクスやシヴァみたいな色香をおっさんが出しちゃマズいですよ。撃ち抜かれる乙女続出ですよ。

ルネだと確信しながら、否、確信したが故にこの時には話しかけなかったのもまた良いですが、このシーンには言葉を超えた感覚が的確に描写されている気持ち良さがあります。それはまた同時に交わる二つの運命の強固さを予感させるものでした。

「君は彼に命を預け
彼も君に預ける

 特別な二人だ」

アダムのトレーニング担当であるジョージ・シュタイナーのこの言葉の背景には、本作品では稀有な点描が飛んでいます(ここのコマだけまるで恋愛マンガの装いです)。243万4734人の候補の中で、最もルネと適合率が良かったのがアダムとのこと。最初は不和から始まりながらも、その根底には切っても切れない繋がりがある。いやぁ、美味しい設定ですね。

人類の存亡がかかった難局に、曲者二人が渋々手を組みながら挑むという構図がたまりません。バディものとしても本当に素晴らしいので、『相棒』や『シャーロック』、『SUIT』や『TIGER&BUNNY』などが好きな方には諸手を挙げて推薦します。

 

おっさんのヒゲ・腕まくり・尻が好きな人にお薦め!

数多ある『LIMBO THE KING』の魅力を語る上で、一つだけ触れておかねばならないことがあります。

それは、アダムの術服姿がお尻丸出しであること!
何たるフェティッシュ、コケティッシュ!!

シリアスなドラマが展開されている上に最初以外ほとんど描かれていないのであまり気にならなかったですが、よくよく見ていくとEPISDE:06ではアダムの臀部は常にオープン状態。唯一、LIMBOの中で襲ってきた正体不明の人間に背負い投げをするシーンで、ネイビーで鍛えられたアダムの形の良いお尻が露わになっております。回し蹴りをするシーンは、カメラアングルを変えたらとんでもないことになっていたでしょうね。

田中先生はヒゲと腕まくりが大好きだそうで、アダムにもルネにもその嗜好がふんだんに込められていますが、このお尻も嗜好の発露でしょうか。最近「好き」の力は最強だと感じているので、田中先生にも自らの嗜好を今後もどんどん前面に押し出していって頂きたいです。本当に好きな人が愛を持って描いたものは、否が応でも同好の徒に伝わるものです。

軍人体型でガッチリムッチリしたアダムと細身で美系のルネというコントラスト、絶妙です。


田中相先生ファンはもちろん、初めての方にもお薦め!

これだけ八艘飛びのように作品のジャンルが次から次へと移り変わっていくのも珍しいですが、そのことごとくがしっかりと面白いという素晴らしさ。今後も田中相先生を応援していきたいと思わされた、痛快な一冊です。

田中先生の単行本では毎度お馴染みの、非常に特徴的な自画像を伴った後書きマンガが今回はなかったことはちょっぴり残念です。一度見たら忘れられない、あの「目」が好きなんです(人によっては「怖い!」と怯えられるとか)。ただ、それも濃厚な本編に注力している証なのだろう、と納得できるくらいに密度の濃い内容でした。

様々な方に薦められる作品ですし、今まで田中相先生の作品を読んだことがない方でもここから入っていくのは大いにアリです!

 

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

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