「仁義なき戦い」と「あさま山荘」と井上陽水「傘がない」は同じ年の出来事だったのを憶えていますか?『レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ』 「だけども問題は今日の雨 傘がない」1972年の若者たちのすべて

角野 信彦2017年03月04日 印刷向け表示
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レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ(4) (KCデラックス イブニング)
作者:山本 直樹
出版社:講談社
発売日:2017-02-23
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連合赤軍が起こした12人のリンチ殺人事件とあさま山荘事件を扱ったマンガがこの『レッド』である。ぼくは共産主義がなぜこうも「粛清」という名の殺人を起こしやすいのかという疑問をずっと持っていた。スターリン、毛沢東、ポルポトなどの有名どころを別にしてもそれこそ山ほどいる。

ドラッカーが「経済人の終わり」の中で、「既存の政策の単なる否定でしかない全体主義的政策は必ず失敗するので、その失敗を政権の責任にしないために仮想敵を作って、政策がうまくいかない責任を仮想敵に押し付ける。したがって全体主義者にとって粛清は必然」というようなことが書いてあったと思う。

『レッド』の主人公たち、若く理想に燃えた共産主義者が目指す、完全な平等を社会で実現するためには、社会全体がこの水準で平等を実現するべきという「平等の均衡点」を共有しなければならない。それは本来、個人によって水準が違うものであるから、だれもが平等だと思う点を共有するためには、その水準を限られた人たちが恣意的に決める必要がある。そして経済的な制約から、だれもが平等だと思う「均衡点」は、自由に競争が行われている経済の平均的な水準からはかなり下に設定されざるを得ない。

それが社会全体から「働く意欲」を奪い、経済的に破綻する道を歩むことになる。そこで生まれてくる経済的・社会的な不満を、仮想敵をつくって粛清することによって秩序を保つことが必要になる。結果として共産主義者の「平等を追求する政策」はその言葉の「甘い」響きに似つかわしくない死者の山を築き上げることになる。

こんな理屈を考えてみても、自分がその時代に生きて、その時代に『レッド』の若者たちと出会っていたらどうしただろうと考えると、そこに巻き込まれないという自信はまったくない。その同時代に生きた若者と同じだけの情報しか与えられず、学校・学生という閉じられた空間での人間関係のなかで、平凡に感じられる「大人の意見」に耳を傾けられただろうか。

あさま山荘事件は『仁義なき戦い』の公開された年と重なっている。「平等な世界」を作ろうとして、仲間を粛清し続ける共産主義者の物語と、強烈な「我欲」だけに突き動かされ、法律という境界線のむこう側で、ありとあらゆる知恵と暴力で敵対者を消し去ろうとする物語が同じ1972年に展開され、そのどちらの物語も社会から大きく注目を集めた。

仲間を殺し合ったという点では、どちらの物語もいっしょだけど、「連合赤軍事件」の方がすごく心にズシンとくる。もちろん『仁義なき戦い』は映画だということもあるけど、実際に起こった事件であることには変わりがない。「仁義なき」というタイトルが表しているのは、「義よりも利」を重んじた人間たちのむき出しの群像劇ということだ。一方、「連合赤軍事件」は「利よりも義(彼らなりの)」が引き起こした事件である。僕には、「(彼らなりの)義」というものが、今現在の僕には、「人を殺す」までの理由には思えないし、もしかしたら当時のふつうの若者もそうだったのかもしれないと思ったのはこの歌が世に出たのも1972年だったと知ったからだ。

井上陽水さんのデビューアルバム、『断絶』に入っていた「傘がない」という曲の歌詞にこんなフレーズがある。

都会では 自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない



行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

 

井上陽水「傘がない」

これも1972年で、自殺する若者や政治について堅苦しく語るテレビよりも、恋人に会いに行きたいのに雨が降っていて、傘がないことが問題だという歌だ。 社会が政治に関心を失っていくなかで、小さな過激派集団が社会から疎外され、そのことによってさらに先鋭化していった先におこったのが、『レッド』が描いている一連の事件なのかもしれない。

いまでは、雨がふって、「傘がないと会いに行けない」と悩むような恋人でさえ、なかなかできないという違う問題のほうが大きくなってしまった。当時の風景をリアルに描くのがこの『レッド』で、淡々とした物語のなか、風景に溶け込んで、普通の人になった気持ちで読み、思いを巡らせてみて欲しい。そのとき、あなたはどちらの「義」に同意するのだろうか。

レッド(1) (KCデラックス イブニング)
作者:山本 直樹
出版社:講談社
発売日:2007-09-21
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