伝統か、利便性か。 『能面女子の花子さん』2巻から考える能面女子アウフヘーベン

マンガサロン『トリガー』2017年03月01日 印刷向け表示
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能面女子の花子さん(2) (KCx)
作者:織田 涼
出版社:講談社
発売日:2017-01-06
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先日、新聞の投書欄で元号の廃止にまつわる17歳と47歳の対立する両論が話題になっていました。17歳の高校生は「元号は歴史的遺産。それを実用性や利便性という観点だけで廃止にしてしまうのはどうなのか。歴史の重みを踏まえ、先人の創り上げたものを大切に継承する義務がある」といい、方や47歳の経営者は「元号を廃止してもデメリットはほぼない。そもそも今が平成何年かわからない人、阪神大震災が1995年だとわかってもそれが平成何年かはわからない人も多い。領収書を書く時に困ることもなくなる。元号廃止大賛成」と。

17歳と47歳の各々の立場からの意見には、それぞれにもっともな部分があります。伝統を重んじるのか。利便性を追求するのか。突き詰めればその二択です。そこに関する考え方は経験や立場、背負っている責任などによって変わるものでしょう。そして、その二択は元号の議論に留まらず様々な場所で見られるように思います。

伝統を絶やすことは簡単ですが、千年以上続くような伝統を新たに創り上げて行くのは極めて困難です。さりとて、明らかに現代にそぐわない伝統というものも確かに存在します。万物は流転するもので世界の理は変化に寄っていますが、伝統は変化を厭うもの。


この議論を聞いてふと思い出したのが、先日2巻が発売された『能面女子の花子さん』でした。

作品概要に関しましては、1巻発売時のレビューをお読み下さい。
http://honz.jp/articles/-/42757

【伝統】
「ある民族や集団の中で
規範的なものとして受け継がれてきた
習慣・技術・しきたりなどの事柄
またそれらを受け伝えること」

正に、2巻の第1コマ目は、「伝統」という概念の辞書的な意味を引用するところからスタートします。

花子さんは、家系の伝統によって3歳の頃から人前では能面を装着し続けることを強いられている少女です。日常生活で能面を着け続けるのはよく考えなくても大変ですし、細かい苦労が2巻でも色々と描写されます。

目が小さいのでどうしても視界が狭まること。
夏場の蒸れは半端ではないこと。
花粉症シーズンにおいても鼻もかめず、くしゃみを堪えて意識が飛びそうになることも。

2巻では、花子さんが3歳の時に初めて面を着けることを母親から命じられた時のエピソードも描かれます。子供は強制されると嫌がるもので、泉の家系においても子供に面を着け続けてもらうのに苦労するのは共通の悩みのようです。ましてや、学校などで集団生活する中では他人と違うということが攻撃される材料になってしまうということもありました。

しかし、花子さんは一味違います。まず、面を着けることで自分も大人と一緒になれたと喜びます。そして、学校でも能面を通じて新たに友達や交友関係を作って行くのです(1巻で登場した「能面鬼ごっこ」というパワーワードが2巻でも幾度か登場します)。

その姿は、花子さんの母親には極めて意外に映っていました。きっと、母親自身も苦労してきた部分が沢山あったことでしょう。伝統さえなければ、娘に自分と同じような苦労をさせたくないと思っていても当然です。ところが、花子さんはむしろ能面を積極的に受け入れてその状況ごと楽しんでいきます。当然、中には異物扱いしてくる輩もいますが、そこも花子さんの対応の妙もあり高校生に至るまで明朗快活でいられる生活をしています。

ここに、一つの答を見た気がしました。
伝統に縛られその不便性を嘆くのではなく、伝統を受け入れ尊重した上で先人が諦め辿り着けなかった領域へ到達する。伝統を重んじる立場の人は、伝統を守る傍らで何かしらを犠牲にしていることがあります。利便性を追求する立場の人間から見れば、それは酷く不合理に思えることです。しかし、犠牲にするのが当たり前と思っていたものも、実は伝統を守りながらも捨てずにいることもできるのではないか。逆に、利便性を損ねるという理由で伝統を撥ね退ける側も、実はやり方次第でそこまで負荷なく受け入れられる部分もあるのではないか。

花子さんは、その存在そのものがアウフヘーベンと言えます。現実でも単純な二元論に落とし込まず、融和して第三の選択肢を選ぶことができる部分もきっとあることでしょう。


と、そんなことも考えさせられましたが、基本的には1巻から変わらず読んでいて毎話笑える愉快なコメディです。

美麗な絵で描かれる、たった一つの顔であるはずの能面による豊かな表情の顔芸の迫力と破壊力は相変わらず抜群。特に、扉絵は毎回凄いです。体育の授業やスーパーでの買い物といった極めて日常的なシーンですらも、能面を着けたままでいることで異世界感と妙味のあるドラマとなっています。

2巻まで読むと、意外と年相応な部分があったり、私服姿が良かったりで花子さんがますますかわいく思えました。想いを寄せるも全く気付いてもらえないけんちゃんに感情移入してしまいます。頭脳明晰なのに、そこだけは鈍感。そんなところもまたかわいい花子さんです。果たして、けんちゃんの想いが気付いてもらえる日は来るのか。そしてもし来た日には花子さんはどんな反応をするのか。楽しみです。

ますますヤンデレ化が進みつつも花子の実家の面を見る時の真剣な表情や写真を見た時のエピソードがズルいさぶちゃんや、その「三郎様」を「尊い……」と崇める北山先生、そして江口さんや篠田さんら同級生たちと、脇役にも愛すべきキャラが揃っています。

幕間や巻末、カバー下のおまけも充実していてとても面白く、本誌で読んでいる方も単行本必携です。

見た目は風変わりですが、読んでいて心が軽やかに楽しくなるのでずっと浸っていたい、優しく素敵な世界です。

 

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

能面女子の花子さん (KCx)
作者:織田 涼
出版社:講談社
発売日:2016-04-07
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