『イブン・バットゥータと境域への旅』

出口 治明2017年04月14日 印刷向け表示
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イブン・バットゥータと境域への旅―『大旅行記』をめぐる新研究―
作者:家島 彦一
出版社:名古屋大学出版会
発売日:2017-02-10
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イブン・バットゥータの「三大陸周遊記」(抄訳)を初めて読んだのは、もう、半世紀以上昔のことになるだろうか、「あぁ、こんな旅がしてみたい」と心から思ったものである。本書は、この「大旅行記」の完訳を成し遂げた1939年生まれの碩学によるまたとない案内書だ。

14世紀の初めにモロッコで生を受けたイスラームの法官、イブン・バットゥータは、なぜ30年に及ぶ大旅行を達成し得たのか。その背景には、モンゴル世界帝国による平和(パクス・モンゴリカ)とイスラーム世界の安定した権力(デリー・スルタン朝、エジプトのマムルーク朝、マグリブのマリーン朝など)により、インド洋海域世界とユーラシア大陸を相互に結ぶ国際的な交易ネットワークが、1つの世界システムとして成立していたことが挙げられる。

数えで22歳のイブン・バットゥータはメッカ巡礼(ハッジ)に旅立ったのだが、エジプトのアレクサンドリアで2人の聖人から遠行漫遊を示唆する神託を受ける。これが遍歴の始まりであった。イブン・バットゥータはデリーで法官として8年間を過ごす。当時のトゥグルク朝のスルタンは、アッバース朝カリフ(エジプトのマムルーク朝が保護)からの確証を得なければ王権は行使できないと考えていた。

当時のインド洋では、アラブ・イラン系ダウ船に代わって中国船(ジュンク、ザウ)が幅を利かせており、東アフリカのクルワー王国はアフリカ内陸の金の交易で繁栄していた。「大旅行記」は、このような当時の海の境域(ニュー・フロンティア)の姿を活き活きと描き出す。マルディヴ諸島の人々が、イスラーム改宗に至った怪物退治のエピソードも面白い。人身御供として処女を求める怪物は、宗教を問わず世界各地に棲息しているようだ。

イブン・バットゥータは、モンゴルの交通網を最大限に利用して陸の境域をも踏破した。オスマン朝が勃興する直前のアナトリアの情勢(神との合一を目指す修行者、スーフィー聖者によるイスラーム化など)、中央アジアとインドを結ぶヒンドゥー・クシュ越え交通ルートなど「大旅行記」はまさに記録資料の宝庫だ。

故郷に戻ったイブン・バットゥータは最後の旅、サハラ縦断に挑む。「塩金貿易」だったサハラ・スーダーン貿易を精査するためだ。そして、マリーン朝スルタンの求めに応じて「大旅行記」を口述、編纂者のイブン・ジュザイイが伝統のリフラ(メッカ巡礼記)の体裁に纏めたのである。

当時のイスラーム世界のさまざまな境域(スグール)は、精神的ジハード(自己修行)を求める苦行者たちの遊行の地でもあった。著者は述べる。イブン・バットゥータの旅は、境域におけるまさにジハードの旅でもあったのだ、と。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 
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