自分のこころを見つめてみたら、精神科病院で生きる人々の「その人らしさ」を看ていた。『精神科ナースになったわけ』

のまり2017年04月17日 印刷向け表示
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「精神科の看護師の仕事なんて、看護師のする仕事じゃないわよ」

私が内科で働いていた頃、ある看護師の先輩にこう言われたことがある。
「精神科の看護師の仕事なんて、看護師のする仕事じゃないわよ」と。

精神科は医療行為が少ないし、その先輩はバリバリ外科で働いていたから、そう思われたのかもしれないけれど、私はこの先輩の言ったことが、腑に落ちなかったし、今もそう感じている。

それは私が精神科で働くことの奥深さとか、魅力を感じ続けている人間だからだと思う。

このレビューを書いている私は、高校卒業後すぐ看護学校に行った訳ではない。高校卒業後に働いていたアルバイト先の人間関係で辛いことが続き、こころに不調をきたした。それと同時期に故郷の震災がきっかけで「自分自身も、自分の周りの人たちも守ることができるような仕事に就きたい」と思ってしまった。そうして看護学校の受験を決めた経由がある。

看護学校2年生の頃には精神科に興味を持っていた。精神科の勉強や実習の中で、過去に自分がこころに不調をきたした経験や、中学生の頃にいじめがきっかけとなった不登校を経験したことなどを思い返し、こころのケアに重点を置いてできる仕事ではないかと思ったからだ。

一般的に看護学校卒業後は総合病院に就職する場合が多いが、私は卒業後すぐ精神科病院に入職していた。その後内科を経て、現在再び精神科で働いている。


『精神科ナースになったわけ』主人公・精神科ナース太田さんの設定が、先述した私に少し共通した点(看護学校入学前に自分自身のこころの不調を経験した・成人後の看護学校受験・看護学校卒業後すぐ精神科病院に就職)がいくつかあってとても驚いた。

精神科ナースになったわけ (コミックエッセイの森)
作者:水谷緑
出版社:イースト・プレス
発売日:2017-04-12
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太田さんは会社員だった頃、母親の死がきっかけでこころの不調をきたした。以来こころの病に興味を持ち、仕事が落ち着いた後に会社を退職して看護学校に入学。
実習先だった精神科病院の師長さんに精神科の好きな所を質問した所「その人らしさを見つけること…それが精神科の喜びかなぁ」と返答され…。

水谷緑・著『精神科ナースになったわけ』
(画像の使用は著者のご了承をいただいております。)

師長さんの答えは、太田さんの心の中にストンと入り込んできて、太田さんは精神科病院で働くことを決めた。

 

人のこころを「看る」ことに重点を置いて描かれていた

精神科で行われる、薬物療法、身体拘束、電気けいれん療法について…この本ではそういったことについては描かれてはいない(保護室への隔離については少し描かれている)。

対話や行動といった関わりの中、変化していく心や行動に焦点が当てられている。人のこころを「看る」ことに重点を置いて描かれていた。

私も、患者さんと一緒に考え「その人らしさ」を引き出す手伝いをさせていただくことは精神科看護の魅力のひとつだと感じているので、その過程が漫画で丁寧に表現されていることが、読んでいてとても嬉しかった。

一見「おかしい」「変だ」と感じる精神症状や行為にも、必ず理由がある。関わっていく中でそれらが「その人らしさ」であることに気付き、太田さんや看護師さんたちは粘り強くも個別性を持った関わりを実践していく。


「脳みそが出てくるから帽子を取りたくない」という妄想を持っている患者さんとのエピソードの描き方はとっても素敵だと感じた。太田さんとの関わりによって、帽子を取っても脳みそが出なかったことで安心した患者さんに対し、太田さんが笑った時の気持ちは「あ、そうだよね」と、手に取るような感覚で伝わってきた。

水谷緑・著『精神科ナースになったわけ』
(画像の使用は著者のご了承をいただいております。)

病気の症状である妄想や幻聴について「おかしいもの」「煩わしいもの」とだけとらえることはせず『幻聴妄想かるた』という商品にしてしまったシュールなエピソードも登場(しかもこの『幻聴妄想かるた』は、女優・市原悦子さんが読み札の朗読を担当されている)。当事者が集い、形にしていくことによって生じる化学反応が、治療の一部として機能していくエピソードも精神科ならでは。

作者の水谷緑さんは、かつてご家族を亡くされた、喪失体験をされているとのこと。Twitterで死の描写がリアルだと話題になった著作『じたばたナース』は、その時の気持ちを活かしたいと願いながら描かれたそうだ。


『精神科ナースになったわけ』にも水谷さんご自身が精神科病院を取材される過程で感じた、ありのままの思いが込められて描かれているのかもしれない。

 

描かれているのは精神科病院での日常のほんの一部だけ。だけど、

この1冊には精神科病院の日常がほんの一部だけ、描かれています。

精神科という、まだまだ一般的に知られていない領域について、考えてくださるきっかけの1冊となれば、とても嬉しく思います。

 

 

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