ゲロを吐きながらのデートシーンが切実で胸を打つ『漫画として現れるであろうあらゆる恋のためのプロレゴメナ』

マンガサロン『トリガー』2017年04月21日 印刷向け表示
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漫画として現れるであろうあらゆる恋のためのプロレゴメナ (torch comics)
作者:窓ハルカ
出版社:リイド社
発売日:2017-02-24
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『俗の金字塔』でその鬼才ぶりを遺憾なく発揮した窓ハルカ先生の新作。カントの『学として現れるであろうあらゆる将来の形而上学のためのプロレゴメナ』からの引用であろうこのタイトルを初めて脳に認識した瞬間から、「間違いない」という直感が芽生えました。実際読んでみて、それは120%正しかったと確認できました。

この漫画を読んでつまらないと感じる人、馬鹿馬鹿しいと一笑に付せる人は幸いです。

逆に、どうしようもなく不器用であったり、多くの人々と欲望するもののベクトルが違ったり、この世界で他の人がしているような「普通の生き方」をするのが難しくて苦しくて辛い人にとっては、光輝に満ちた一冊に感じられることでしょう。

この作品のヒロインである神宮寺ウェンディこと成田香澄と、彼女と出逢う青年・池尻宝介。二人は、共に不器用の極みです。

(C)窓ハルカ/リイド社

香澄は重度の男嫌いで、集めたペニスを人肉喰い族にやる話やレイプ魔が崖でペニスを切られる話などコアなマンガばかりを描いていてデビューできない漫画家志望者。書店に行った時の香澄の「うっ…ダメだ本屋は吐き気がする…勝利者の波に飲まれてしまう」というルサンチマンに溢れた心内語などは、普通さらりとは出てこないものです。P188の描写などからどこまでが作者の想いと同質なのか、と斟酌してしまいます。

そんな香澄にある日最低な出逢い方をするのが、宝介。彼もまた、幼女向けアニメと女装コスプレとシモネタが大好きで留年中というどうしようもない23歳の童貞。初対面の女性の首に光るコンドームの束をかけたり、尿検査用の紙コップにレモンジュースを注いで俺の尿と言って渡すなど、冗談の幅も人によってはどん引きされそうなレベル。

(C)窓ハルカ/リイド社

 

そんな彼女たちの交際模様は、激しい自意識と自意識の鬩ぎ合い。「こじらせた」人の恋愛漫画は近年増えて来ていますが、『プロレゴメナ』の二人のこじらせ具合は一線を画しています。通常の恋愛漫画ではまずお目にかかれないであろう、お互いに一、二ページごとにゲロを吐き続けるデートシーンは圧巻です。

(C)窓ハルカ/リイド社

ある種、サルトルの『嘔吐』をも思わせる、実存への名状し難い気持ち悪さすら如実に感じられました。

そして、物語が進むと切実な香澄の生い立ちが明らかになっていきます。生まれつき右手がない初恋の男の子を無邪気にからかった結果、近隣住民の離反や親から虐待を招いたこと。更に実の兄にも……。

この作品は、一見荒唐無稽なギャグ漫画にも感じられるかもしれません。しかし、登場人物の言動や思想の背景にある現実に存在する問題とも隣り合わせの事情が詳らかになった時、この作品は読者に重い問い掛けを放ってきます。人によっては、そこに押し潰され、平伏したくなるようなものすら感じることでしょう。

画力的に言えば多くの商業誌では掲載されない水準だとは思います。だからこそ、トーチwebのような異端な存在によって窓ハルカ先生の類稀なる才能が掬い取られ、広く提示されるこの世界の優しさと素晴らしさを賛美せずにはいられません。

世界の中に確かに存在する人々を鋭敏な精度で切り取り描き切ったこの『プロレゴメナ』を、私は愛おしみます。絵や内容に抵抗感があっても、ぜひ最後まで読み通してみて欲しい一冊です。
 

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

漫画として現れるであろうあらゆる恋のためのプロレゴメナ (torch comics)
作者:窓ハルカ
出版社:リイド社
発売日:2017-02-24
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俗の金字塔 (torch comics)
作者:窓ハルカ
出版社:リイド社
発売日:2015-09-11
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