大人へと変わり行く少女たちの生と性。『魔術師A』 妖しくも切実な匂いをまとう短編集

マンガサロン『トリガー』2017年05月03日 印刷向け表示
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魔術師A (torch comics)
作者:意志強ナツ子
出版社:リイド社
発売日:2017-01-20
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少女が少女として在ることのできる時間はあまりにも短い。

様々な場面で、様々な形で、少女はもがき苦しみ傷ついて、世界の残酷で現実をその身で痛感する。それまでの夢を、価値観を、自己を圧壊される。その過程で、少女は大人の女性になっていく。六つの短編とアペンディクスが綴られた『魔術師A』には、少女が羽化する瞬間が、匂い立つようなその刹那が、幾つも鋭利に切り取られている。

クラスメイトの大多数とあまり馴染めない……でもそれは自分が高位の存在だからだ、あいつらとは違う、という自意識。他人と違う部分や、誰かにとっての特別であるということに抱く無根拠で圧倒的な優越感。そしてまた、そうしたものが容赦なく崩されていく瞬間。

永遠だと思ったものの価値は幻想に過ぎず、一瞬で雲散霧消する。信じていたものが、全く何ものでもなかったと気付かされる。自分が抱いている価値観が激しく毀損される。美しいものを求めながら、醜さに埋没する。「特別でありたい」という無垢な願望は、往々にして蹂躙される。不和・裏切り・性・金・狡知。酷薄な現実との直面が、少女たちを大人へと変えていく。あるいは、大人となってもなお自らの少女性を盲信するように生きていく。

『魔術師A』は、今まさに痛みと共に羽化しようとする少女を、そしてかつて少女だった女性を容赦なく刺し貫くだろう。読むと心の中にザラザラとした感情が生じる。それは忌々しいものでありながら、しかし一方で愛おしいものでもある。

この世で最も尊い祝福を受けるとき、生命として母胎から生まれ出るその瞬間もまた、人は血と痛みと泣き叫ぶ声に彩られている。故に、少女が羽化するその瞬間もまたある種の祝福を受けるべきであろう。過ちを犯し、傷つき、心折れながらも、人は生きて成長していく。その姿には、やはり美しいという形容が最も相応しい。

最後のアペンディクスだけでなく、読んでいて全体を通して筆者の喘鳴が聞こえる気がした。チェコ国立芸術アカデミー卒という異色の経歴を持つ意志強ナツ子先生はこれがデビュー作。今後の活躍も非常に楽しみだ。こうした強い情念の込められた作品に触れることが読書体験を、引いては人生を豊かにすると確信する。

余談だが、淫靡で妖艶な装丁のカバーを捲って本を剥き出しにすると、また違った姿を見せてくれる。少女の制服を脱がせる時の背徳と興奮めいたものを感じながら、確かめてみて欲しい。

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

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