政権の圧力でマンガが終了?まずは自分で読んで確認しましょう!『疾風の勇人』 いやいやそんなことありえないっしょ。

角野 信彦2017年06月06日 印刷向け表示
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池田勇人や田村敏雄や下村治といった、大蔵省のはみ出し組が、「安定成長派」のエコノミストや官僚と戦って「所得倍増」という高度成長政策に舵を切り、結果として本当に所得が倍増してしまったという痛快な歴史を知ったのは、沢木耕太郎の『危機の宰相』を読んだときだった。

危機の宰相 (文春文庫)
作者:沢木 耕太郎
出版社:文藝春秋
発売日:2008-11-07
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戦後の経済史や政治史のなかでも最も痛快なエピソードのひとつがマンガ化された。随分前に『小説吉田学校』を原作としてさいとうたかをがこの時代をマンガ化しているが、池田勇人を主人公にしたものではなく、純粋な群像劇だったので、池田勇人にスポットが当たったこのマンガが楽しみでしょうがなかった。

池田勇人は広島県出身、大蔵事務次官(大蔵省のトップ)のほとんどは主計局長を経ているが、池田は主税局長を経て次官になっている。主計局というのは予算の権限を持ち、主税局というのは徴税の権限を持つ。戦中・戦後のインフレ期に、池田は主税局長として寿司屋が配給米からどれくらいの売上を上げられるかまで考えて徴税を強化するなど、歴代の次官のなかでも、一番ミクロの視点を持っていた人材だ。

なので、マンガになりやすい爽快なエピソードが池田勇人には多い。時代もよかった。

池田勇人が内閣総理大臣に指名されたのは1960年(昭和35年)の7月18日であり、辞任の意思を表明したのが1964年の10月25日である。新しい日米安全保障条約が「自然承認」されたのが1960年の6月19日であり、東京オリンピックの閉会式が行われたのが1964年の10月24日である。まさに、池田の時代は1960年の「安保」から1964年の「オリンピック」までだったのだ。

 

沢木耕太郎『危機の宰相』

 

 その池田勇人の時代は、高坂正堯が言っているように、日本の「黄金時代」だった。

「今、日本人はどう考えているかわからないが、将来の歴史家は池田内閣の時代を”黄金時代”というかもしれないよ」と皮肉なイギリス人の友達が私に語ったのは、東京オリンピックの少し前だった。私はこの言葉を奇妙と思い、彼の皮肉にあきれる思いがしたが、しかしそれは耳にこびりついた。たしかに経済発展という比較的単純な目標を国民の大多数が信じえたのは特異な幸福の時代だったかもしれない。

 

高坂正堯『宰相吉田茂』

 

ところが、実はこの『疾風の勇人』は、池田勇人が政権を担う前、日本の「黄金時代」を迎える前に終了してしまっている。安倍首相のおじいさんの岸信介が登場した時点で終了してしまっているので、アンチ安倍陣営の方々が騒ぎ出していた。

 

しかし、真実はJ-CASTニュースがしっかりと報じてくれている。

特に話題になったのが、「岸信介」だ。ほとんどの登場人物が美形、あるいはデフォルメ化されて描かれているにもかかわらず、岸はほぼ肖像写真そのまま、しかも、後に「昭和の妖怪」と称されたのをなぞるように、妖しげなオーラを振りまく敵役として登場する。岸は安倍晋三首相の祖父だ。そのことが、一部の人たちの憶測を加速させた。

J-CASTニュース編集部は2017年5月29日、モーニング編集部に電話取材した。

――連載終了をめぐって、圧力があったのでは?との憶測がありますが。

「そうですね。しかし、そういったことはまったくありません」

――まったくですか。

「はい、まったく」

担当者はそう断言した。連載終了自体は事実で、再開の予定もないという。詳しい理由については語らなかったが、「去年くらいから、このタイミングで終わるということで決まっていました」という。単行本は、全7巻での完結となる。

 

 

5/30(火) 18:50 J-CAST ニュース https://www.j-cast.com/2017/05/30299180.html?p=all

「アベガー」と叫ぶだけでなく、ぜひ本編を読んで、7巻できちんと完結していることを確認してみてはどうだろう。『小説吉田学校』などで繰り返し報じられてきていることをマンガでとりあげた瞬間に「検閲」なんてことをして、打ち切りにさせ、それが公になったらと考えれば、ダウンサイドのリスクの方が圧倒的に大きい。そんなことを政権がする蓋然性はない。

「高度成長」理論を提唱して、池田政権の理論的支柱になった下村治とエスタブリッシュメント側のエコノミストとのバトルや岸信介、佐藤栄作、河野一郎、田中角栄などとのの権力闘争など、これから面白くなるというところでの打ち切りは残念でならない。下村の他にも、宏池会の事務局長だった田村敏雄も大蔵省の出世コースから外れた人材で、池田・下村・田村というはみ出し者がエリートたちとバトルして勝ち上がっていき、じっさいに「所得倍増」をさせてしまう痛快さはマンガにこそふさわしい。

沢木耕太郎『危機の宰相』、高坂正堯『宰相吉田茂』、戸川猪佐武『小説吉田学校』を読みながら、 気長に続編を待ちたい気分だ。

 

疾風の勇人(1) (モーニング KC)
作者:大和田 秀樹
出版社:講談社
発売日:2016-05-23
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小説吉田学校〈第1部〉保守本流 (人物文庫)
作者:戸川 猪佐武
出版社:学陽書房
発売日:2000-10
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『小説吉田学校』が絶版になっていてびっくり。

宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31))
作者:高坂 正尭
出版社:中央公論新社
発売日:2006-11
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高坂正堯は生前はよく「朝まで生テレビ」にでてましたね。なくなってからかなり経つのに議論が古びていないのが驚きです。

劇画 小説吉田学校 (2)
作者:さいとう たかを
出版社:読売新聞社
発売日:1988-06
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これ、電子書籍にしたら売れると思うけどなあ。

 

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