『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』 訳者あとがき

白揚社2017年07月08日 印刷向け表示
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戦争がつくった現代の食卓-軍と加工食品の知られざる関係
作者:アナスタシア・マークス・デ・サルセド 翻訳:田沢恭子
出版社:白揚社
発売日:2017-07-04
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食べること。生命を維持するのに欠かせないだけでなく、日々の楽しみでもある。そんな「食」の背後にどんな歴史があり、どんな技術が注ぎ込まれているのか、私は格別に考えることもなくこの楽しみをただ味わってきた。本書『戦争がつくった現代の食卓』の翻訳に携わってはじめて、自分が日ごろ慣れ親しんでいるさまざまな食品を生み出した研究や開発の試みの数々を知り、その恩恵に感謝するとともに、食卓を彩るアイテムにひそむ問題にも気づかされた。

著者のアナスタシア・マークス・デ・サルセドは、自称「アメリカのフードライター界の悪女」。食品業界の欺瞞を暴く記事でネットを炎上させたこともある。幼いころから料理が好きで、結婚してからは家族のために腕を振るい、子どもが学校に通うようになればカフェテリアの昼食を嫌って弁当づくりに力を注いだ。しかしフードライターの仕事を始めて食品科学の知識が増えたサルセドは、自分が自信たっぷりにつくっていた弁当がじつは栄養や品質の面でカフェテリアの昼食よりも劣っていたことを知って愕然とする。

家庭でつくる弁当の多くには、市販の加工食品が詰め込まれる。サルセドも、主婦として罪悪感を覚えながらも子どもに弁当を持たせるための妥協策として加工食品をいろいろと使っていた。これらの加工食品について不信感や疑問を抱いたサルセドは、加工食品をめぐる謎を解き明かす鍵がアメリカ陸軍のネイティック研究所にあることを知る。

ネイティック研究所は兵士の装備品や食糧の研究開発を行なう施設である。戦時には極限状態に置かれる兵士にとって、体力を維持して士気を高めるために食事がもつ意味はとても大きい。栄養と味だけでなく、戦場という特殊な環境では輸送や保存にも特別な条件が求められる。そのため軍にとって食品の加工技術の研究が必須となり、その成果は兵士の食べ物にとどまらず、やがて市販用食品にも転用されるようになる。こうしてネイティック研究所は「アメリカ人の食生活の基盤をなす加工食品の聖地」として食品業界をひそかに牛耳っている。

ネイティック研究所の技術をはじめとして、戦争から生まれた食品加工技術は日本で暮らす私たちの食生活にも広く入り込んでいる。たとえば缶詰の根幹である食品の密封加熱技術は、ナポレオンが遠征中の食糧配給を支援する策を公募したことから広まった。当初はガラス瓶が使われたがやがて金属製の缶が使われるようになり、それがさらに進歩して、現代の食生活に欠かせないレトルト食品が生まれた。レトルト技術の開発の中心となったのはネイティック研究所である。

戦地で兵士に配給される糧食を「レーション」という。主菜やパンから調味料、飲み物、デザートまでそろった一食分がセットになっているものが多い。輸送しやすく、常温で長期保存しても品質が保たれるように、食品の加工・保存技術の粋がふんだんに投入されている。栄養密度が高く保存性にすぐれたエナジーバー、つくりたての食感が長続きするパン、フリーズドライの飲料、高圧加工で殺菌されたパッケージ入り食品などがレーションのために開発され、今では市販製品としてスーパーマーケットの棚に並んでいる。サルセドの見積もりでは、陸軍に起源をもつか陸軍の影響を受けている商品を撤去したら、棚の半分以上が空になるほどだ。

サルセドはこれらの「レーションを薄めたもの」に対してはいささか複雑な思いを抱く。本書のためのリサーチを通じて、工場で製造される加工食品が必ずしも邪悪な存在ではないことを知り、それらを利用することへの罪悪感はやわらいだ。一方で、もともと兵士のためにつくられた添加物たっぷりで盛大に加工された食品から派生したものを子どもに食べさせて大丈夫なのかと、母親として不安も抱かずにはいられない。

それでもサルセドはおおむね楽観的に現状を受け入れ、将来にはさらに期待を抱いている。忙しい現代人に自由を与える選択肢として加工食品をポジティブにとらえ、加工食品の品質が今後さらに改善されていくと予想している。このような姿勢に至ったのは、ネイティック研究所に足しげく通い、膨大な文献調査やインタビューも敢行して、加工食品とそれを取り巻く技術や人々への信頼が培われたおかげではないだろうか。

田沢 恭子 

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