29連勝の藤井聡太四段との決戦時に佐々木勇気五段が食べた「アレ」も登場!今こそ読むべき『将棋めし』

マンガサロン『トリガー』2017年07月09日 印刷向け表示
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将棋めし 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)
作者:松本 渚
出版社:KADOKAWA
発売日:2017-01-23
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こんにちは。小学生の頃は囲碁将棋クラブに入っていたマンガサロン『トリガー』店長の兎来です。好きな戦法はハチワンシステム、好きな駒は竜王(飛車)です。

世に将棋マンガは数多くありますが、近年では『盤上の詰みと罰』という非常に良質な一作があり、私もお店でしばしばお薦めしていました。が、掲載誌が休刊になってしまったため連載も急遽終了。もっとじっくり読んでいたかった……と惜しんでいましたが、作者の松本渚先生がまた将棋マンガを始めて下さった と個人的に大喜びしたのが今回紹介する『将棋めし』です。

今、にわかに将棋ブームが来ていますね。

火付け役の一人は、愛嬌たっぷりの性格でお馴染みの加藤一二三九段。当時の史上最年少記録である14歳7ヶ月でプロ棋士デビューし、史上初の中学生プロ棋士として半世紀以上にもわたり活躍してきた天才です。「ひふみん」の愛称で親しまれ、近年ではTwitterも活用しメディアにも引っ張りだこで、その人気を将棋ファン以外にも広げています。そんな加藤九段ですが、今年で現役引退を表明。レジェンドが去ってしまうことに、寂しい気持ちになりました。

しかし、消え行く星あれば新たに生まれ出づる星もあり。

14歳2ヶ月でデビューし、加藤九段以来62年ぶりに最年少記録を更新したのが、今や時の人となった藤井聡太四段。加藤九段と年の差62歳6ヶ月にもなるデビュー戦を戦い、見事に勝利。その後、公式戦無敗のままで何と破竹の29連勝! 神谷広志八段が保持していた28連勝の記録を30年ぶりに更新するという快挙を果たしました。

同じ史上5人目の中学生デビュー棋士である『3月のライオン』の桐山零くんもびっくりでしょう。往々にして現実はフィクションを超えてきます。藤井四段は先日イケメン棋士と名高い佐々木勇気五段に敗れてしまったことで、残念ながら未到の30連勝到達とはなりませんでしたが……。ただ、14歳の藤井四段に22歳の佐々木五段と若い世代によって活気付けられた将棋界隈は今後も非常に楽しみです。

そんな将棋の世界には独特の文化があります。それは、「対局中の食事とおやつ」。朝から始めて翌日の明け方にまで及ぶこともままある長丁場の対局。その中では、昼食休憩と夕食休憩が挟まれます。更に、タイトル戦に限っては二回のおやつも出されます。対局後に数キロ痩せる人もいると言われ、脳を極限まで酷使する競技だからこそ、脳への栄養の補給は極めて重要なのです。

件の加藤九段などは特に大食漢として知られ、順位戦の昼食では「寿司にトマトジュース、オレンジジュースとホットミルク、天ざる」「鍋焼きうどんにおにぎり9つ」などをぺろりと平らげたり、おやつでも「バナナを房から取らずに10数本食べた」、「みかんを1分で3個食べて羽生善治さんを驚愕させた上に、記録係から『部屋がみかん臭い』と非難された」などエピソードの枚挙に暇がありません。

棋界は鬼神の如き人々が鎬を削る過酷な世界ですが、食事にまつわる逸話は人間味に溢れていて面白いものです。将棋のタイトル戦のニュースにおいては優劣や勝敗に加えて棋士たちがどこの何を食べたかという情報も報じられ、ファンの間ではそれも含めて楽しみにされています。

そんな背景があるからこそ、『将棋めし』のようなマンガが成り立つと言えましょう。本作は正に読んで字の如く、プロ棋士たちの「食」にスポットを当てたマンガです。昨今ではグルメマンガというジャンルも隆盛を極め、数多の切り口の作品が描かれていますが、この「将棋」×「めし」という掛け合わせには必然性を感じると共に興味も尽きないところです。


『将棋めし』では女性棋士である主人公の峠なゆたを中心に、彼女や同期の宝山貴善(ほうざんたかよし)や黒瀬時彦(くろせときひこ)、その他実力ある棋士たち、またそんな棋士たちに憧れを抱く人々による数々の「食」が描かれていきます。

特徴的なのは、実際に棋士御用達の、実在して私たちも食べに行くことのできるお店の実に美味しそうなメニューがどんどん出てくる所です。

たとえば、藤井四段が29連勝を飾った時の昼食に食べていた「豚キムチうどん」。そして、30連勝を懸けた戦いの際に食べた昼食の「冷やし中華大盛り」と夕食の「唐揚げ定食」。そして、佐々木五段が食べた昼食の「肉豆腐定食(餅入り)と、夕食のミニとんかつ定食。それらはすべて「みろく庵」の品。

この『将棋めし』でも、そのみろく庵が、そして正に佐々木五段の勝負めしでもあった肉豆腐定食(餅入り)が登場する回があるのです。

 

あまじょっぱいダシがよく染みた豚バラや、胡椒がかかってピリッとした豆腐、柔らかくなり優しい甘みのあるお餅など数ページにわたって描かれるその魅力。そして、それを実に美味しそうに頬張るキャラクターたちの幸せそうな姿に、思わずお腹が空きます。

本作ではお店の外観や内装、料理は勿論のこと、みろく庵のマスコットキャラクターである猫・テンちゃんもしっかり描かれています。現地取材もたっぷり行ったことが窺えます。ちなみに、みろく庵は藤井四段効果で連日大盛況になり臨時休業までしたとか……。暫くは"聖地巡礼"も絶えなさそうです。

他にも、うなぎふじもとのうな重(加藤九段が昼夜連続で頼んだことでも有名)、千寿司の寿司、ほそ島やの天ぷら蕎麦とカツ丼などなど……将棋ファンには馴染み深い千駄ヶ谷周辺のお店の料理が沢山出てきます。逆に、地方で食べる料理はどこのものなのか探す楽しみも。

将棋好きでなくとも楽しめる作品ですが、将棋好きであれば思わずニヤリとしてしまうシーンは他にも多々あります。チョコ数枚を重ねて食べる老棋士の姿は加藤九段が元でしょうし、寿司を「脳に余計な刺激を与えんためだ」とサビ抜きで頼む黒瀬も永瀬拓矢六段の実際の逸話がモチーフになっていそうです。寿司のネタそれぞれに将棋の駒を当てはめてみたり、「カツ」で験を担いだり、普通の人とは違った真剣勝負の世界に生きる人間の視点から見る「食」が面白いです。

又、「めし」の部分に注目が行きがちな本作ですが、「将棋」の部分に関してもしっかりと作られています。広瀬章人八段が棋譜監修として入っており、巻末には作中に登場した対局の棋譜解説も収録されています。並べてみても面白いでしょう。

なゆたの見せる将棋哲学や美学、勝負に対する真摯さ・必死さといった部分も熱く描かれ、時に友人や師弟、親族と行った間柄でも真剣勝負を行い優劣を付ける厳しい世界を感じさせられます。

そして、私が1巻で特に好きなのが、女流棋士の葛藤を描いた第6食におけるなゆたの母親の言葉です。プロ棋士より棋力は劣り、立場も低く見られてしまいがちな女流棋士としての務めを果たそうとしたなゆたの母は、こう言いました。

「女流はたしかに将棋界のお花や
けどお花がなければ怖くてムサくて地味になってしまうやろ?

 棋力は及ばんけど大好きな将棋を将棋を知らない人に伝えられるなら

 立派にお花をやりとげてみせます」

このセリフに、松本先生の真髄が詰まっていると感じます。松本先生のマンガは、想いの拠り所となる経験、人の中に熱が灯される瞬間が下地として丁寧に情緒豊かに描かれることで、確固たる意志を持ったキャラクターの息吹が聞こえてくるようです。

読後は良いマンガを読ませてもらったなぁと思わず手を合わせて感謝しましたし、私は今後も松本渚先生が何かを描き続けて下さる限り必ず追いかけ続けます。

「めしマンガ」と「将棋マンガ」、一冊で二度美味しい『将棋めし』は、まさに今が一番美味しく読める旬、ぜひこの機会にご賞味下さい。
 

文章:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿

 

盤上の詰みと罰(1) (アクションコミックス(コミックハイ! ))
作者:松本 渚
出版社:双葉社
発売日:2014-11-10
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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