エンジニアのこだわり、エンジニアが周囲とぶつかる理由が鮮やかに描かれる『アイアンバディ』を読むべきなのは、優秀なエンジニアを切望する人事採用担当者かもしれない。

工藤 啓2017年08月15日 印刷向け表示
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アイアンバディ(1) (モーニング KC)
作者:左藤 真通
出版社:講談社
発売日:2016-11-22
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二足歩行を進化させるのはひとりの奇才エンジニアなのか、それとも才能をかき集め、潤沢な予算と最高のマネジメント下にあるエンジニアチームなのか。『アイアンバディ』は、二足歩行ロボット市場を切り開こうとする巨大企業とベンチャーを対比させながら展開される、エンジニアを取り巻く市場と人間の話である。

 

主人公の西村真琴(マコト)は工場に囲まれた下町で育ち、エベレストをともに登頂できるロボットを創るため、幼馴染の工場の一画でロボットを作り続ける。高専時代にはロボコン三連覇、そのロボットベンチャーを立ち上げた。しかし、夢のロボットを創るために集まった仲間たちも資金難とマコトのエンジニア的こだわりについていけずにひとり、またひとりと去っていく。最後の理解者である幼馴染にも追いやられる。

 

資金提供の話を見つけるべく挑んだロボティクス・エキスポでは、自らの命であるロボット・ロビンソンをバットでフルスイング。それでも倒れることのないロボットに会場はどよめくが、よい縁には巡り合えなかった。

 

そして河原で暮らすコトのもとに現れたのが、巨大企業からのリクルーター。マコトとロビンソンに10億円を提示する。ひとりの技術者に対する破格のオファーに、安くないかと疑問を投げかけるマコト。技術があっても資金調達できずに研究をあきらめるエンジニアが多いと説得を試みるリクルーターも絶句する。

 

「ロビンソンはこれから世界を変えるよ。そういうビッグなロボットが10億ってことはないでしょ?」

「回り道してる暇はないんだ。とにかく世界はロビンソンを中心に回りだすんだから」

 

この“エンジニアが見ている世界”を理解できないリクルーターの言葉は、10億という大金を積んだとしても耳に届くことはないだろう。それがエンジニアなのである。

 

そこにひとりの若き投資家が現れる。二足歩行ロボットの市場規模がわからず、これから創られる市場は採算性を計算できないという部下を遮り、言う。

 

「売れねぇだろ。売れねぇよこんなもん。“今はまだな”」

 

そんな投資家がマコトに聞いた。

「正直に答えろ。アンタは二足歩行ロボットにどんな未来を見てる?」

 

どんな未来を見ているのか。何を成し遂げたいのか。なぜ創るのか。そんなエンジニアをえぐる問いがここかしこにちりばめられ、その一方で、エンジニアに対する市場規模や採算性など一般的なビジネス的視点での質問がいかに無意味で空虚であるのかを『アイアンバディ』は教えてくれる。

 

強力な資金提供者を味方につけ、奇才ばかりが集まった小さなロボットベンチャーは、“マネジメントし得る”最高のチームを率いる巨大企業とぶつかり合う。このマネジメント可能なエンジニアチームと、個々人が勝手に最強のスキルを提供し合う奇才エンジニアチーム、どちらがイノベーティブなのか、どちらが素晴らしいのか、について本書に解答はない。

 

しかしながら、既存企業が買収やヘッドハントできるエンジニアと、最高水準の研究環境や巨額のマネーを積まれても、1ミリも心惹かれることのないエンジニアでは何が違うのか。優秀なエンジニアチームの結成に使命感を持つ人事採用担当者にとって、『アイアンバディ』に登場する奇才なエンジニアたちの素顔や価値観を学ぶ絶好の教科書となるだろう。

 

追記:『アイアンバディ』は、ロボット開発エンジニアのヒューマンストーリーのようでありながらも、最先端テクノロジーについての情報や解説があるため、ロボティクスや人工知能などについての知識を獲得することもできる。

 

参考までに、本書内で開催されているロボットが競う大会で解説者が一コマの吹き出しに入れたコメントを付記する。

「雨天時よりはマシですがコンピューターもモーターも熱は大敵で、センサーにとっても厳しい環境です。カンカン照りだと赤外線は役に立たないですし、木洩れ日がチラチラするなど光の強度が激しく変動する環境も苦手です。長丁場ですのでバッテリーの持ち時間も重要で、センサー情報を処理するには高速なコンピューターが必要ですが、バッテリーを食いすぎたら元も子もありません。そして何より大事なのは不整地への対応です。アスファルト・砂利道・草地・いわばなどさまざまな路面に対応できなければなりません。環境情報をすべてモデル化するのは不可能です。石ころ一つでも歩行ロボットにとっては大問題です。とっさの出来事に素早く対応できるハードとソフトが勝負を決めます。無線も見通しのいいところでないと届きません。なので人間は最低限の指示しか与えられず、ロボットが自律動作するしかありません。組み上げたばかりのロボットはプログラムにはバグがあるし、ハードはノイズだらけでまともに動くわけないので―」と入りきらず・・・
 

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