80年前に書かれた『君たちはどう生きるか』のマンガ版は、間違いなく原作に劣らない名作だった。 名作が「名作」である理由とは

宮﨑 雄2017年08月26日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「成長した」と人は簡単に言うけれど、具体的に何が自分を成長させたのか、本当のところはたぶん、わからない。 

ある投資家は、起業家にとって一番大切な能力は、あたかも最初から成功することがわかっていたかのようにストーリーを語る力だと言っていた。計算通りだと信じさせられれば、再現性があると思われ、お金が集まるからだ。結果の理由はいつだって、もっともらしい後付けだ。

だけど、自分が成長したかどうかはちゃんと知ることができる。方法はいくつかあるが、そのひとつが、良質な物語――読み継がれる名作との出会いだ。

自分の場合、それを教えてくれたのは夏目漱石の『こころ』だった。
この作品との初めての出会いは、中学1年生の時だった。小学校のころの何倍も大きくなった図書館で見つけた、どこかでタイトルを見かけたことのある本だった。だが、借りて何ページか読んで放り出した。何が面白いのか分からなかった。

二度目に触れたのは、高校生2年生の国語の授業だった。「ああ、あのときのつまらなかった話ね」という心持で対峙した『こころ』は、しかし、面白かった。数年前にワケがわからなかったはずの本のページをめくる手が止まらないという衝撃的な体験を、今でも鮮やかに覚えている。

そのとき自分は、自身の変化を『こころ』を通じて知ったのだった。
いうまでもなく『こころ』の内容は100年以上前から変わらない。その受け取り方が変わったのであれば、それは自分が変わったということだ。読んだ感想は「つまらない」から「面白い」へ。世の中の見方がポジティブになり、楽しみ方を知る。それはつまり成長だと思う。当時、こんな素晴らしいことを教えてくれるからこそ『こころ』は名作なのだ、と理解した覚えがある。 『こころ』は今も折に触れて読み直すが、そのたびに新たな発見がある。

今日、紹介する『漫画 君たちはどう生きるか』もそんな作品だ。原作は1937年刊行、80年以上も読み継がれる歴史的名著。『ケシゴムライフ』『昼間のパパは光ってる』の羽賀翔一さん(@hagashoichi)によって、初めて漫画化された。

漫画 君たちはどう生きるか
作者:吉野源三郎
出版社:マガジンハウス
発売日:2017-08-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

   
『君たちはどう生きるか』は、児童文学者の吉野源三郎による児童小説だ。ただ、児童小説と言っても全くあなどれない。

旧制中学二年(15歳)の主人公である本田潤一ことコペル君は、学業優秀でスポーツも卒なくこなし、いたずらが過ぎるために級長にこそなれないが人望はないではない。父親は(亡くなるまで)銀行の重役で、家には女中が1人いる。同級生には実業家や大学教授、医者の息子が多く、クラスの話題はスキー場や映画館、銀座や避暑地にも及ぶ。コペル君は友人たちと学校生活を送るなかで、さまざまな出来事を経験し、観察する。各章のあとに続いて、その日の話を聞いた叔父さんがコペル君に書いたノートという体裁で、「ものの見方」や社会の「構造」、「関係性」といったテーマが語られる、という構成になっている。―wikipedia『君たちはどう生きるか』より


『漫画 君たちはどう生きるか』では、コペル君が体験する出来事がマンガで描かれ、それを見聞きした叔父さんのノートをテキストで読むことができる。読者はコペル君の体験を視覚的に理解したうえで、叔父さんが紡ぐ本質をついた言葉に触れることができるというわけだ。 原作を一度読んだうえで漫画版に触れると、なぜ80年間もこの手法でリミックスされなかったのか不思議になるくらい自然で、読みやすい。

しかし、その読み味は全く損なわれていない。
自分が原作『君たちはどう生きるか』を初めて読んだのはたしか、2年程前だ。 社会人になりたてのころ、かねてよりタイトルだけは知っていたこの作品を手に取った。細かい感想は忘れたけれど、覚えているのは「子どものころに、こんな大人がいたらよかったなぁ」というコペル君への羨望だ。

叔父さんのように、少年を少年として侮らず、一人の人間として扱い、安心して自分の心の言葉を委ねられるような存在が身近にいるというのは、どれだけいいことだろう。もしそんな人がいたなら、自分はもっとまともな人間になれていたんじゃないかしら、と。

『漫画 君たちはどう生きるか』の感想は違った。 少年を少年として侮らず、一人の人間として扱い、安心して自分の心の言葉を委ねられるような大人になりたいと思った。「叔父さんのような、大人になりたいよな」と思った。

変えられない過去を何となく後悔するのではなく、未来にこう在りたいと、前向きな気持ちになって読み終えることができたのだ。以前に読んだときよりもたぶん少し、大人になった。この変化はきっと、成長なんじゃないだろうか。こんな素晴らしいことを教えてくれる作品は名作に違いない。

間違いなく、自分の成長を実感できる「二度目」をくれる作品だ。かつて原作に触れた人は、この漫画版を読むことで、『君たちはどう生きるか』がより忘れられない作品になるだろう。
そして読んだことがない人は、ぜひこの『漫画 君たちはどう生きるか』を初めての出会いとして、これからの成長に気づくための指標にしてほしい。

漫画 君たちはどう生きるか
作者:吉野源三郎
出版社:マガジンハウス
発売日:2017-08-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
君たちはどう生きるか
作者:吉野源三郎
出版社:マガジンハウス
発売日:2017-08-24
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
こころ (岩波文庫)
作者:夏目 漱石
出版社:岩波書店
発売日:1989-05-16
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事