明治神宮と『変形菌』

足立 真穂2017年09月03日 印刷向け表示
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変形菌 (Graphic voyage)
作者:川上 新一
出版社:技術評論社
発売日:2017-08-11
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変形菌、それは粘菌のことだ。粘菌、それは南方熊楠が愛し、昭和天皇が新種をいくつも発見され、2度もイグ・ノーベル賞に貢献した生物だ。「梅雨時のじめっとした林、あるいは真夏の暑い公園で、粘り気があって色あざやかなアメーバ状のものが倒木や切り株に広がっている」、そのアメーバ状のものこそ、そいつだ。植物でも動物でもキノコでもない単細胞生物。なのに、色も形も、多様で興味が尽きないのだ。

さっそく、この写真から始めよう。

水滴に打たれた胞子を噴出するホコリタケ

この写真に出会って驚いた。

ちなみに、胞子とは、無性生殖のために植物が持つ生殖細胞のことだ。人間の目には見えていないだけで、ここまで躍動するものなのだ。

写真は『生命の森 明治神宮』(伊藤弥寿彦著、佐藤岳彦写真)という本で見たもの。

明治神宮が創建から100年経ち、大きな自然調査を行なった際の一枚だ。そもそも明治神宮は、明治天皇が崩御された際に追慕する人の請願運動によって政府が神宮建設に取り掛かった。その中でも、神宮の森は、著名な林学博士が計画して作った人工林で、当初すでに綿密な植栽計画があったという。

光を好み、北風に強いアカマツやクロマツを並べつつその間に針葉樹を混ぜ、森の将来を担うカシやシイ、クスノキなどの常緑広葉樹を適宜配置、大気汚染に強いタイプも交えつつ、彩りを添える落葉広葉樹も植えつつという、綿密な計画の上で、のこと。しかも、50年単位で予想林相図を考えていたそうだ。

植えられた10万本の木のほとんどが、全国から殺到した献木とのことで、国をあげての神宮建設だった。加えるならば、のべ11万人の青年が労働奉仕をしたそうだ。
成り立ち自体が、日本の近代の一面を背負っているのである。

となると、御神域に人が簡単に入ることは許されなかったということでもある。結果として、100年の間の手つかずの自然のサンクチュアリがそこには広がっている。最寄り駅が山手線の「原宿」とは思えない。

50年ぶりに、そして、大掛かりな動植物総合調査としては初めて、2011年から数年をかけ、動植物はもちろんとして、粘菌、キノコ、昆虫、クモ、土壌生物、陸生貝類、魚……と、各分野の50人ほどの専門家とともに調査が開始された。

最終的に明治神宮の境内で2840種の生物が記録され、そこには、東京23区では絶滅したと言われていた蝶、ウラナミアカシジミの姿とともに、粘菌もたくさんいたというわけだ。
この調査については、上記の本にもまとまり、NHKの番組にもなったのでご存知の方も多いだろう。

その調査でカメラマンとして記録に当たったのが、紹介する『変形菌』の写真を担当した佐藤岳彦さんだ。胞子噴出ホコリタケ、も彼の手によるもの。ただし、ややこしいのだが、最初の写真は、キノコの一種であって変形菌ではない。

変形菌というのは、キノコのようでキノコではなく、「子実体」というものを形成し、その中で胞子を作る。この胞子が風に乗ってはらほれら、空中を分散していき、新たな胞子が子孫を残していく。この「子実体」が、キノコの場合は細胞で、変形菌の場合は分泌液でできている、というのが両者の違いだ。変形菌の方が長期的な噴出が可能になるという。

変形菌の胞子が芽を出すとアメーバが生まれ、なんとこのアメーバは水の中では泳ぐそうだ。乾燥した場所では粘菌アメーバとしてバクテリアなどを食べて分裂し、増えていく。

このアメーバがネバネバなので「粘菌」となったそうで、なんとオスとメスがおり、異性が出会うとつながって変形体となるそうな。どんどん大きくなっていくと、倒れた木の上や落ち葉の上などをゆっくりと動きながらさらに拡張。この粘菌の動きが、鉄道網の経路探索につながるという研究が、イグ・ノーベル賞受賞の内容だ。

そのうちに、キノコのごとき子実体を作り、水に反応して、胞子を放出させる。仲間かと思っていたら、キノコを襲うこともあるらしいぞ。念のため、人間に害を及ぼす報告は未だ、ない。

やっとたどりついたが、その調査でカメラマンとして記録に当たったのが、紹介する『変形菌』の写真を担当した佐藤岳彦さんだ。胞子噴出ホコリタケ、も彼の手によるもの。

その佐藤さんの写真展が、六本木ミッドタウンの「富士フィルムフォトサロン」で開催中で(8月24日で終了)、偶然立ち寄った。並ぶ写真に映る生きものは、それぞれに強烈だった。

在廊中のご本人もなかなかの人物であった。
「貧乏で着るものがなかったので、真冬に2週間じっと隠れてオオタカを待つのは寒かったです」というのが、このオオタカを間近でとらえた1枚。

ハスブトガラスを襲うオオタカの幼鳥

そう言えば、『変形菌』の鮮やかな写真のほとんどが「なんとかホコリ」と呼ばれているが、「ホコリ」とつくものはすべて変形菌らしい。胞子がホコリが舞う様に似ているという理由で、そんな和名で呼ばれるそうだ。このレビューのために写真を貸してくれと頼んでみれば、「来月からアマゾンに行くので、その前になら大丈夫です!」。
なんと、日常の中にアマゾンがある! 

種数は、日本では400〜500種、世界では800〜900とのこと。風に乗っていくせいか、分布域が広く、環境が変わっても柔軟な対応ができるがために、種数が少ないそうだ。

佐藤さんの撮影された変形菌をいくつか紹介しておこう。

「ジクホコリ」虹色光沢の人気種だ

「ブドウフウセンホコリ」キノコを食べるツワモノだ

「ヘビヌカホコリ」渓流沿いの倒木にて

ほかにもたくさん出ているので、あとは本を手にとってどうぞ。

(写真:佐藤岳彦)

森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん
作者:川上新一
出版社:平凡社
発売日:2013-06-07
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写真に目が行きがちだが、『変形菌』の著者の川上新一さんは、変形菌を専門に研究されており、関連書も多い。興味を持った方はこちらも。
とてもわかりやすい、変形菌を見に野山へ行く人のための一冊。名前がずらり。気になったものをあげてみると。
ナミウチツノホコリ、クビナガホコリ、アシナガアミホコリ、フンホコリ、タチフンホコリ、マンジュウドロホコリ、チチマメホコリ、ウツボホコリ、ヨリソイヒモホコリ、ヌカホコリ、キンチャケホコリ、ブドウフウセンホコリ、ススホコリ、クダマキフクロホコリ、チョウチンホコリ、ウルワシモジホコリ、ユガミモジホコリ、ホネホコリ、シワホネホコリ、ゴマシオタカホコリ、アナアキカタホコリ、ヤリミダレホコリ、ヤリカミノケホコリ……。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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