人望ゼロ、ほぼ素人童貞の独身中年男が負け続けた先に勝ち取ったもの『最強伝説 黒沢』 欲しいっ・・・!人望が欲しいっ・・・!キャンペーン5本目

小禄 卓也2017年09月23日 印刷向け表示
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最強伝説黒沢 1 (ビッグコミックス)
作者:福本 伸行
出版社:小学館
発売日:2003-06-30

男は悩んでいた。

「なぜ、オレは誰にも慕われないのか」

あらゆる絶望のすべてを感じてしまうその男の背中は、あまりに小さい……。

焦燥感、痛み、腐敗、喪失、徒労、そして襲い来る不安感。人望はゼロ。仕事をしていても、家でくつろいでいても、まるで最果ての地に一人取り残されたかのような孤独感に襲われる。友人と呼べるのは、工事現場で意思なく腕を振り続ける太郎(人形)だけ。たまの休みに公園へ行けば警察に不審者扱いされる始末だ。 

工事現場で働く44歳の中年、黒沢(独身、おそらく素人童貞)。『最強伝説 黒沢』という漫画は、そんな「悲劇」を絵に描いたような男が、自分を爪弾きにする社会に抗い続ける物語である。

「赤松」という高すぎる目標、勝ち目のない戦い

黒沢が勤める工事現場には、赤松という現場監督がいる。人望が欲しい黒沢が目をつけたのは、この男だった。

泥仕事を率先してやる献身性。わざわざそれを言うことをしない寡黙さ。周りにお茶を配る気配り力。熱狂的支持を集め、28歳の若さにして社長待望論まで出るほどだ。

黒沢に、何一つ勝てる要素などなかったが、赤松をライバル視した。赤松にあって黒沢にないもの…彼が思いついたのは、「差し入れ」だった。

昼間の工事現場でビールの差し入れはあり得ない。残念ながら支持は得られなかったが、これしきのことで黒沢はめげない。次に実践したのが、「隠れて弁当にアジフライをトッピングする」という施策。これに至っては、誰が差し入れたのかすら分からず、当然ありがたみも感じられない。なんなら黒沢は2尾持っていたため周りからひんしゅくを買ってしまう始末。

こうして、職場の人望対決は見事に赤松に惨敗した。

ヤンキーにボコられ、同僚に下半身裸で土下座し……。

酔っ払った黒沢がファミレスでヤンキーに絡まれた同僚を救うシーンがある。ここまでは非常に良かったが、ファミレスから出ると、何故か見つめてくる女の子に誘われ車に乗ってしまう。するとそこには、恥をかかされた黒沢に復讐せんと燃えるヤンキーたち……。

もちろん、ボコボコである。一切容赦しないヤンキーたちに、為す術もない。山口百恵、榊原郁恵、酒井法子、ミニモニ……、死を覚悟し、何故か歴代のアイドルたちが走馬灯のように浮かぶ中、裸で土下座すると決めた黒沢。そこへタイミング悪く同僚たちが助けにやってくる。

下半身裸で土下座する黒沢と、それを哀れみの目で見守る同僚たち。明日も職場で顔を合わせなければいけない相手を前に、勘違いとはいえち●こ丸出しで土下座。地獄である。そこで、黒沢は驚きの発言をする。

極限状態の人間が発する言葉とは、こうも滑稽なものか。ファミレスでのかっこよかった黒沢はどこへ……。

底辺を味わった黒沢を奮い立たせたのは、世界的名著

同僚たちに向かって下半身裸で土下座をした男に、もはや失うものは何もなかった。ちっぽけなプライドすらも、消え失せてしまった。その翌々日、黒沢は同僚をファミレスに招集し、「ヤンキーたちと決闘する」ことを宣言する。

ざわめく周囲を尻目に、語り始める黒沢。いわく、ボコボコにされたあと、家にいても暗い気持ちになるからと一人訪れた伊豆で、人生の転機となった一冊の本と出合ったそうだ。その本とは、『シートン動物記』である。

スヌーピーといいドラえもんといい、子ども向けの本には生きるための教訓が沢山詰まっているものだが、まさかの『シートン動物記』。黒沢は、同著を読み、自分は人間だと自覚する。「どれだけ虐げられても、生きてさえいれば勝利」の動物と違い、人間には理想がある。ほとばしる想いを語る黒沢に、同じテーブルの同僚だけでなく、周りにいた人たちも思わず心を揺さぶられる。

そして黒沢は言う、決闘することで「新しい自分」に生まれ変われるのだと。

 

あれだけ虐げられ、みすぼらしい姿を晒していたあの黒沢は、そこにはもういない。決闘を前に、既に新しい黒沢へと脱皮しようとしていた。熱い、ひたすらに熱い……。

44歳にして生まれ変わった黒沢が得たものとは

3巻の途中までの黒沢は読む側にとっても苦痛を感じる程に惨めだった。正直、こんな中年にはなりたくないと思っていた。しかし、そこからの逆転劇よ。

彼は知っていた、自分が「社会の底辺(もしくはその周辺)にいる」ことを。彼は知っていた、自分には失うものがないことを。そして彼は知った、「人間はいくつになっても生まれ変われる」ことを。

間違っていれば正す。強そうな的にも立ち向かう。黒沢は、ただただ自分の理想を追い求め、それを実行に移す。そんな姿に、周りは自然と胸を打たれる。気が付けば、周りには黒沢を慕う大勢の男たちが集まってきた。

黒沢は、負け続けることで「人間の本質」にたどり着き、最後には渇望していた「人望」を勝ち取ることができたのである。僕たちは、40歳を超えた人間が変わるのは難しいということを知っている。だからこそ、44歳で華麗なる転身を遂げた黒沢から学ぶことは多いのではないだろうか。

「人望が欲しいキャンペーン」終了に寄せて

今週一週間を掛けて続けてきたマンガトリガー×マンガHONZのコラボ企画「欲しいっ…。人望が欲しいっ…!」キャンペーン。編集長として最後を締めくくらせていただいたが、いかがだっただろうか。

一つの漫画をさまざまな切り口から紹介することで、少しでも多くの人たちの目に触れてもらいたい、という想いから始めたこの企画。合計5本のレビューが公開されたが、僕たちが伝えた、おそらく『最強伝説 黒沢』の魅力のほんの一部。つまりは、彼が「最強」たる所以の一端しかお伝えできていないため、ぜひその目で本作を読んでみてほしい

人の数だけ漫画の楽しみ方がある。だからこそ、漫画のセレクトショップ『マンガトリガー』では、これからもまだ見ぬ名作たちを色んな切り口で紹介していきたいと思う。

※本記事は、マンガトリガー編集部にて画像使用の承諾をいただいております。
(画像: ©福本伸行/highstone, Inc.)

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