『家族をテロリストにしないために イスラム系セクト感化防止センターの証言』「取り込み」はいかにして行われているのか

峰尾 健一2017年10月31日 印刷向け表示
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家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言
作者:ドゥニア・ブザール 翻訳:児玉 しおり
出版社:白水社
発売日:2017-09-23
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実際にテロ組織に加入しようとする若者を引きとめたり、社会への復帰を支援したりといった活動を行う「イスラム系セクト感化防止センター(CPDSI)」の創設者によって書かれた1冊だ。

著者はセンターを創設した2014年4月から2015年末までに、1134人の若者を支援してきた。活動の現場で目の当たりにした事例と、得られた知見がまとめられたのが本書である。

著者らは相談者である親と連携し、子どものパソコンの中身や録音された電話の通話内容を調べ、親子との会話内容なども分析し、組織による洗脳や取り込みのプロセスについて事例を収集してきた。

子どもが過激思想に感化されていくことに困り果てた親たちの相談を受けてきた経験から、組織に取り込まれつつある若者の家庭での振る舞いが、どのように変化していくのかについて細かく書かれている。

洗脳が進むにつれ次第に、若者たちは組織が説くところの「宗教的実践」に従い始める。我が子の変化に戸惑う親たちの証言を引いてみたい。

 ──娘は「いままでの友達は〝真実のなかにいない〟と言って、彼らと話さなくなりました」。

 ──「直角を描くのは、イスラムに反対するシオニストや十字軍の陰謀の一種だ。なぜなら心の中に十字を植えつけるからだ」と言って、息子は学校に行きたがりません。

イスラムの偶像崇拝禁止の教えを「ムスリムの周囲には何ひとつ偶像を置いてはいけない」という意味にすりかえる主張に影響された若者の話もすさまじい。

 ──ある日、仕事から帰ると、アパートは空き巣に入られたような状態でした。息子は飾っていた絵を全部はずし、カーテンもはずしていました。人間や動物の絵や、その形をかたどった置物や装飾品もすべてなくなっていました。モロッコ製のじゅうたんに描かれたラクダすら燃やされていたのです。

耳を疑うような話ばかりだが、すべて実例だ。親に隠れてチャドル(顔以外の体全体を覆う大きな暗い色の布)やニカーブ(顔も隠す大きな黒い布)を身につけるなど、密かに行われる場合も少なくないという。組織に取り込まれつつある若者たちは、以前とは別人になってしまったかのような行動を重ね、学校や課外活動、友人、そして家族から徐々に離れていく。

何が彼らをそこまで変えてしまうのか。本書では、そもそもどのようなプロセスで勧誘が行われ、若者たちの思考がどのように変化していくのかについても、段階を追って解説されている。

インターネットによる洗脳や組織への取り込みのプロセスは、以下のような3つの段階に大別できるそうだ。

①「大人はみんな嘘をついている」と信じ込ませて、若者に現実の世界を拒絶させる

 

②それは単なる嘘ではなく、権力と科学を独占しようとする秘密結社による陰謀であることを示す

 

③不正の源であるその陰謀と闘うための唯一の手段は、この世界を否定してそこから逃れることだと導く

このように現実世界を否定させることに加え、友人、学校の成績や社会に対して居心地悪く感じるのは、自分だけが「真実」をつかみ、「ほかの人たち」より分別のある優秀な人間として神に選ばれたためなのだというメッセージも伝えられる。そして、代替する帰属先として「真実を知るグループ」の存在をちらつかせるのだ。読み進めていくと、論理が飛躍し過ぎているようにしか見えない洗脳プロセスに、なぜ傾く若者が出てくるのかが次第に掴めてくる。

都合の悪い事実はうまく避けながら、様々な例を引き合いに出してストーリーを練り上げていく様子が本文には細かく書かれている。関連動画を次々と掘ることができるため、没入しやすい環境であることも大きい。結果として「それまでスピリチュアルな問いや宗教的な疑問は抱いたことはないものの、不正と闘うべきだという漠然とした思いを抱いていた若者」が取り込まれてしまうと著者は語る。

一連の勧誘プロセスの随所に、いかに怪しまれずにアプローチするかという工夫が埋め込まれている。例えば、組織によって差はあるものの、最初の接点となる動画群には宗教色をあえて排除しているものも多く、雇用や経済、環境の問題などメジャーな問題を扱って真摯な印象を与える場合も少なくないそうだ。

また、フランス人の若者は「フランスの問題をよく知り、フランス社会に溶け込み、フランス語でものを考え、フランスにおけるタブーや議論に言及することで信頼を得る勧誘者」によって、フランス語で取り込まれているという。

こうして思考が支配されてしまうと、周囲の説得はもはや効かなくなるどころかマイナスに作用してしまう。勧誘される中で若者たちは、思い込みを正そうとする「ほかの人たち」には気をつけるよう、あらかじめ注意されている。そのため「それは危険なグループだ」と言い聞かせようとする大人たちが現れても、彼らには「予告が現実になった」としか映らない。組織への信頼がさらに強まるだけだ。

本書では、取り込みの手順と同じくらい、そこから脱却する際のプロセスについても紙幅を割いている。理性的ではなく感情的なアプローチを採るべきという話や、子どもを洗脳前のように「無傷」のまま取り戻したいという親の思いは洗脳から脱却する上で逆効果になるという話など、実際に若者と向き合ってきた経験から語られる言葉には意外なものも多い。脱却の現場で味わった成功と失敗を綴る後半部分も、ぜひ手に取って確かめてほしい。

日常への不満をいかに膨らませ、身の回りの世界を否定させるか。ターゲットを周囲からいかに孤立させ、自分たちのグループを魅力的に見せるか。帰属心の奪い合いを仕掛けるかのような集団のやり口を知れば知るほど、国や地域は関係ない話だと思えてくるし、広い意味での「取り込み」に通ずるようなメカニズムも見えてくる。

ISが支配地域を急速に狭め、事実上崩壊というニュースも流れているが、過激思想そのものがなくならない限り、第2第3のISが現れる可能性は存在し続ける。本書のケースが全体像を表しきっているわけではないが、実際のエピソードに裏打ちされた話の数々は、一読しておく価値があるはずだ。

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