HONZ今年の1冊

2017年 今年の一冊

HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

内藤 順2017年12月30日

平成という一つの時代が終焉を迎えつつある今、改めて思うのは、この元号がいかに言い得て妙であったかということである。

「国の内外、天地とも平和が達成される」という本来の意味には程遠かったが、たしかに世の中は、平ら(フラット)に成ってきた。売り手と買い手、情報の発信者と受信者、大企業とスタートアップ、中心と周縁、あるいはメインストリームとカウンターカルチャー。

だから、けもの道のような場所でもひたすら歩き続けていれば、突然スポットライトを浴び、メインストリームに躍り出る瞬間がある。しかしそれも長くは続かず、また別のけもの道を探しにいく。HONZの活動など、基本的にこの無限ループなのだが、これがやっていて案外楽しい。

HONZメンバーが、2017年最高の一冊を紹介するこのコーナー。まずは、けもの道を歩きつづけるメンバー達の珠玉の一冊から紹介していきたい。

冬木 糸一 今年最も「人類の可能性に驚かされた」一冊

動物になって生きてみた

作者:チャールズ フォスター 翻訳:西田 美緒子
出版社:河出書房新社
発売日:2017-08-17
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今年も、脳科学、宇宙、物理学、戦記、歴史と各方面で傑作といえるノンフィクションがワンサカ出たけれども、今年もっとも僕の記憶に残って、そのうえ「人類っていうのはここまで出来るんだ!」と可能性に驚かされたのはチャールズ フォスター『動物になって生きてみた』だ。著者はほぼ無策で動物になろうとし、アナグマとなって森で暮らしカワウソとなって川に潜みキツネとなって四つん這いで都会を駆け回る。

完全に狂人の類だが、この狂人、なぜか文章も異常なほどにうまいのである。両立しえないふたつが両立することまで含めて、人間ってすげぇな……と思わずにはいられない傑作だ。ほぼ同時期に出たトーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』はまた別方向からの人類の可能性と狂気を描き出しているのでこっちもオススメ!

栗下 直也 今年最も「役に立った」一冊

「糞土思想」が地球を救う 葉っぱのぐそをはじめよう

作者:伊沢 正名
出版社:山と渓谷社
発売日:2017-01-13
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「え、塩田春香って野ぐそ派なの」とレビュアー仲間の知っちゃいけないことを知ってしまったのは今年の2月だ。塩田が本書のレビューでしれっと書いていたのだが、正直、「野ぐそに役立つ葉っぱの紹介の本」なんて誰が買うんだよと思ったのが本当のところだ。だが、3カ月後くらいに通勤列車で強烈な便意に襲われ、いつ、どこで野ぐそをしなきゃいけないかは神のみぞ知ることであり、もしかしたらハイキングの最中に野ぐそしなきゃいけなくなるかもとなぜか思い、つい買ってしまった。ハイキングしないけど。

肝心の内容だが、正しい野ぐそ法や尻を拭くのに適した葉っぱを大きさ、質、尻さわり、拭き取り力などを点数化して写真付きで紹介しているところが秀逸。例えば、ヨモギは「半枯れにすればさらにしんなりして最高レベルに達する」とか。マジ、ヨモギで拭いてみたくなるよ。自然と人間の共生など難しいことを考えずに、トイレが使えない大災害時を想定して読んでおくと良い一冊かも。

塩田 春香 今年最も「打ちのめされた」一冊

WANDERING ANIMALS:あまのじゃくとへそまがり作品集

作者:あまのじゃくとへそまがり
出版社:東京書籍
発売日:2017-10-10
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こんなすごい本、私には絶対つくれません、ごめんなさい!――出版の仕事をしていると、才能ある編集者のつくった超絶技巧本に出会ってしまったとき、心底賞賛しながらもめちゃめちゃ打ちのめされることがある。

本書がまさにそれ。生きもの好きに人気の革作家・あまのじゃくとへそまがりさんの作品集だが、ちょっとかわった生物図鑑になっている。執筆陣も『昆虫はすごい』丸山宗利先生、『裏山の奇人』小松貴先生、『解剖男』遠藤秀紀先生、『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』川上和人先生……まさに、生物界のロイヤルストレートフラーッシュ!!

アートワークもすばらしい。唐突に登場する、作品をまとった白人男性のグラビア写真。海をバックにダニのリュック。岩をバックにシーラカンスのバッグ……かっこいい、かっこよすぎるんだが……でも、ダニ。

そして、巻末のファッション・スナップ。一般の方をモデルに作品の着こなしを解説していて、たとえば「ヘビトンボの幼虫バッグ:エラ部分のフサがリュクスな、ヘビトンボの幼虫。存在感際立つ肉食幼虫の大顎が、やさしいスタイリングにエネルギーを吹き込む。パワーのあるボディにはいぶりがっこがぴったり収まるように計算されているので、休日のいぶりがっこ屋めぐりにも。」って、だめだもう、頭おかしくなるうう。

関わったすべての人たちの「いい仕事」が結晶した、おかしなことをとことんマジメにつきつめた奇跡のヘンテコおもしろ本。ほんとすみません、許してください。こんなすごい本、逆立ちしたってつくれませんっ。ひゃー。

内藤 順 今年最も「インスタ映えすると感じた」一冊

WANDERING ANIMALS:あまのじゃくとへそまがり作品集

作者:あまのじゃくとへそまがり
出版社:東京書籍
発売日:2017-10-10
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「インスタ映え」云々はさておき、このコーナーでカブってしまったことが本当に悔しい。10月に本書を買って以来、おすすめ本レビューで紹介するのも控え、年末のこのコーナーのために取っておいたのに…。

けもの道だと思って安心して野ぐそをしていたら、後ろから塩田春香に見られていた、しかもよく見たら塩田も野ぐそをしているーーそういう状態に近いのだ。よって本書の紹介は割愛する。

動物ネタはイギリス人の独壇場かと思っていたが、日本人アーティストによる本書は、日本のものづくり技術の高さ、遊び心、そして役に立たなさ、あらゆる観点から見てパーフェクトだ。とにもかくにも、HONZ編集長とHONZいきものがかりが、激推しの一冊である。

ちなみに最も「忖度した」一冊は、『こわいもの知らずの病理学講義』。著者の高貴なお人柄とインテリジェンスが溢れ出す、渾身の一冊になっております。併せてどうぞ!

首藤 淳哉 今年最も「頼りになった」一冊

Ank: a mirroring ape

作者:佐藤 究
出版社:講談社
発売日:2017-08-23
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今年いちばんのびっくりは2週間の入院だった。世の中には経験してみないとわからないことがいろいろあるが、入院生活はその最たるものかもしれない。とにかく「一日はとんでもなく長い」ということを思い知らされた。忙しさに追われていた時は「一日が36時間くらい欲しい」などとほざいていたものだが、いま思えばとんでもない。もし一日が36時間もあったら絶望しておかしくなっていたに違いない。

入院生活で頼りになるのはもちろん本だ。ただしあれだけの退屈な時間に対抗するからには普通のものでは駄目で、面白いのは当然のこと、読み終えた後もなにかしら心の支えになるようなものが残る本がいい。そんな都合のいい本なんてない?それがあるのだ。『Ank: a mirroring ape』はまさにそういう一冊である。

2026年、京都で謎の暴動が起きる。人々が突然凶暴化し、殺し合いを始めたのだ。死者3万人超の大惨事を引き起こしたのは、ウイルスでも化学兵器でもなく、アンク(鏡)」と名づけられたチンパンジーだった。Netflixあたりにも映像化をおススメしたい世界水準のエンタメ小説である。

物語のベースになっているのは日本の霊長類研究、いわゆる「サル学」だ。日本はこの分野で世界をリードしてきた。本書に触発されて、今西錦司から山極寿一までひととおりサル学を読み漁ってやろうと目標ができた。おかげさまで退屈とは無縁の入院生活を満喫。やはり持つべきものは良き本である。

堀川 大樹 今年最も「問答無用でNO.1と感じた」一冊

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

作者:前野ウルド浩太郎
出版社:光文社
発売日:2017-05-17
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今年5月に出版され、HONZにて速攻でレビューした『バッタを倒しにアフリカへ』。このレビューの締めくくりに、こう記した。「問答無用で2017年のナンバーワン」、と。これ以上の作品が、2017年下半期に出てくるとは、到底思えなかったからだ。もっといえば、この先10年間、20年間で、本作を上回る研究者本が出てくる気がしない。それくらいインパクトがあった一冊だ。

アフリカでしばしば大発生し、農作物に甚大な被害を与えるサバクトビバッタ。著者の前野氏は、このサバクトビバッタを「倒す」ためにアフリカ・モーリタニアに渡るのだが、本書の中のバッタ成分はそれほど高くない。醍醐味は、現地で繰り広げられるバッタ博士のドタバタ劇。活字の本を読んで、ここまで笑い、そしてホロリとするのは初めてだった。誤解を恐れずに言えば、十代の頃に『少年ジャンプ』を読んでわくわくした感覚に近い。

『ドラゴンボール』や『スラムダンク』と並ぶ不朽の名作を、ぜひ年末年始に堪能してほしい。

足立 真穂 今年最も「地球のことを考えた」一冊

深読み! 絵本『せいめいのれきし』 (岩波科学ライブラリー)

作者:真鍋 真
出版社:岩波書店
発売日:2017-04-14
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私は風呂場で本を読む。その風呂場には今、子供用の『恐竜』の図鑑がある。恐竜を知りたくなったきっかけは、バージニア・リー・バートンが文章と絵をかいた名著『せいめいのれきし』の改訂版、を解説する恐竜研究の第一人者、真鍋真さんの本を読んだことだ。

地球史を時代ごとに劇場仕立てで辿っていくアメリカ発のロングセラー、この絵本自体は、石井桃子の手によって訳され長年愛されてきたが、恐竜など新たな知見で塗り替えられた説もあり、改訂が必要になった。その監修を担ったのが真鍋さんというわけだ(加えれば、お父さんは星新一や筒井康隆のイラストを手がけた真鍋博さん)。この「深読み」本はその改訂版の解説でもあり、まるごと読むと生命史の流れを追うわかりやすい入門書でもある。

浮世の憂さなど恐竜やら地球の歴史やらに思いを馳せればないも同然。まったく違う価値観に身を置く心地よい一冊として、お勧めしたい。

ちなみに、風呂場で本を落とした場合は、冷凍庫で凍らせてから、室温でそのまま解凍すると、原形をだいぶ復活させることができる。寒い冬の夜は風呂で本を落としがちだ。お試しあれ。良いお年を!

成毛 眞 今年最も「派手な同級生が書いた」一冊

日本の地下で何が起きているのか (岩波科学ライブラリー)

作者:鎌田 浩毅
出版社:岩波書店
発売日:2017-10-19
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同級生といっても面識はない。生まれ年が1955年で同じということだけだ。読書人よりもバラエティー番組ファンのほうが知っているかもしれないその男の名前は鎌田浩毅。京都大学教授である。

「世界一受けたい授業」(日テレ)や「課外授業ようこそ先輩」(NHK)などのほか「情熱大陸」(TBS)にも出演している。京大の授業でもテレビでも、原色バリバリのシャツやセーターに、真っ赤なジャンパーを羽織って登場する。赤や黄色のパンツやゴールドのハンチングは当たり前、どこで売っているのかわからないような幾何学模様のドハデジャケットも着こなしている。

体型はスリムでかっこいい。ちょいワルおやじなのである。ボクもそろそろこの方向に行きたいのだが、まずはポッコリお腹をなんとかしないと、メガネを掛けた出川哲朗の10年後になってしまいそうで無理だ。

そういえば「HONZでおなじみ」仲野先生は鎌田先生に似ているかもしれない。お顔の雰囲気が似ているのだ。とりわけ眉毛から上はそっくりだ。あははは。ここだけは勝っているぞ。

興奮して本の紹介をすっかり忘れてた。南海トラフ巨大地震、首都直下地震、富士山噴火についての最新知識を豊富な図版をつかって説明する一冊だ。1100年前に東北巨大地震が発生し。それに連動するように関東地震と富士山噴火も発生した。それを単純に現代に当てはめると2020年に首都直下地震、2029年に南海トラフ巨大地震が発生することになるという。もちろんこれは予測ではない。たんに事象を時間で相似させただけだが怖い。そのころにはボクの眉毛から上も・・・そんなことはどうでもいい。

もっとも恐ろしいのはカルデラ噴火だ。縄文人を絶滅させた破局噴火は起こるのだろうか。本書で学んでみても損はないはずだ。自然災害のメカニズムを知っておくことこそ最大の減災につながるからだ。

けもの道をやや抜け出し、メインストリームに差し掛かろうとしてる本を紹介しているのが、こちらのページのメンバーたち。より多くの人に楽しんでいただける一冊が、目白押しである。

堀内 勉 今年最も「なるべくしてなった」一冊

欲望の資本主義

作者:丸山 俊一
出版社:東洋経済新報社
発売日:2017-03-24
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資本主義研究は自分のライフワークだし、元々、HONZにお誘い頂いたのも、経済関係の書評を期待されてのことなので、結局、今年の一冊にもこの本を選ばせて頂いた。

今年は資本主義研究会を主催しているおかげで、宇沢弘文先生の娘さんで、宇沢国際学館を主催している占部まりさんとも出会えたし、その勉強会でスティグリッツ教授や安田洋祐先生とも知己を得て、そこから更にNHKのテレビ番組『欲望の資本主義』を作成した丸山俊一プロデューサーにも講演をして頂いたりと、資本主義繋がりで世界がどんどん広がっている。

数年前に資本主義関係の本を書こうと思って、ある出版社に相談したら、そういう硬い本は売れないんですよね〜と言われたのが嘘のようで、今はむしろタイトルの中に「資本主義」という言葉がある方が売れるのだそうだ。皆、それだけ資本主義が抱える本質的な問題に気付き始めたということで、それ自体は好ましいことなのだが、資本主義が加速するこのグローバルな貧富の格差問題はどこまで行ってしまうのか、これをどうやったら是正出来るのか、気がかりでならない。

小松 聰子 今年最も「出会うのが遅過ぎた」一冊

断片的なものの社会学

作者:岸 政彦
出版社:朝日出版社
発売日:2015-05-30
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2015年出版の本なので今更感は否めない。出会うのが遅すぎた。全ては自分の怠惰さのせいだ。

本書を読んだ後は、目に入る光景全てがなんだか今までと違うもののように感じる。何の変哲も無い朝の通勤ラッシュですらキラキラと輝く「宝物」のように映るのだ。変なキノコでも食べたらこんな感じなのかもしれない(食べたことないけど)。

社会学、とタイトルには有るが難しい話ではない。さまざまな人生における様々な地点のたくさんの切片が提示されている。「分析できない」ものたちが静かにそこに集まっているのだ。そこにあるものをそのままの通りに尊重する。

例えば沖縄のホテルの窓からチラリと見えただけの誰かの頭、一行だけ書かれて何年も放置されたブログ、路上でギターの弾き語りをしているおじちゃん、被差別部落に生まれた若者たちが他の被差別部落を通りかかった時に口にした差別的ジョーク、巨乳への熱い想いをホームページで語る末期癌のサイト管理人…

エッセーとして読むのも面白い、しかし視点の提示という点で最高に社会学らしい一冊なのである。

西野 智紀 今年最も「ドストライクだった」一冊

Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男

作者:佐々木 健一
出版社:文藝春秋
発売日:2017-06-19
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昔から、型破りな人に憧れる。自分には全く真似できない生き方だからだ。もう一つ自分の話をすれば、私は雷や竜巻といった気象現象にどうしてか惹かれるものを感じてしまう。ダウンバーストと竜巻研究の世界的権威として名を馳せた気象学者・藤田哲也の一生に迫った本書は、私の趣味ドストライクな一冊だった。

とにかく羨ましいのは、藤田の天才っぷりだ。竜巻の被害現場をシャーロック・ホームズばりに洗いざらい調べ上げる観察力・推理力。それをウォルト・ディズニーよろしくカラフルで的確なイラストとして示す表現力。これらに加えて、近所のアメリカ軍基地のゴミ箱でたまたま拾った論文からアメリカ気象学界会長とパイプを作ってしまうような強運も備えていたのだから、神はこの人にどんだけ能力与えてるんだよ少しくらい分けてくれよと思わずにはいられない。

批判を嫌い、論文を査読に回さず自己出版したり、周囲に自分と同じ仕事量を厳しく求めたりと、研究者としてどうなんだと思うところももあるが、それはご愛嬌。もし生まれ変わりができるなら、一度くらいこんな神に愛された人生を送ってみたいものだ。

村上 浩 今年最も「我が身を顧みた」一冊

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

作者:J.D.ヴァンス 翻訳:関根 光宏
出版社:光文社
発売日:2017-03-15
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良い映画を観賞した後は、この映画は自分のためにつくられたのではないかという感覚を覚える。その時に自分が考えていたこと、感じていながら言語化できていなかった何かが、具体的なイメージとして提示されるからだ。

トランプ誕生を支えた貧困白人層の実態を生々しく描いた『ヒルビリー・エレジー』は、自分のために書かれた本という感覚を越えて、自分のことが書かれた本だと思わせる強度があった。日本に生まれた私は、銃の恐怖やドラッグの誘惑からはもちろん無縁だった。平凡で安定していた家庭環境も、母親に殺されかけた経験を持つ著者のそれとは全く異なる。

それでも、アメリカの繁栄から取り残されながら、絶望することもできずもがく著者の姿を自分に重ねられずにはいられなかった。娯楽らしい娯楽もなく、もともと少なかったお店や学校が次々と姿を消していくような田舎で、都会に憧れるほどの知識もなく、言いようのない居心地の悪さを感じていた少年時代が強烈に思い出された。

地方から都会に出てきた人は是非、本書を手にとってみて欲しい。遠いアメリカの物語に、忘れていた自分の過去を見つけられるはずだ。

鰐部 祥平 今年最も「エキサイティング」した一冊
+絶対に併せて読むべき2冊

ブラック・フラッグス(上):「イスラム国」台頭の軌跡

作者:ジョビー・ウォリック 翻訳:伊藤 真
出版社:白水社
発売日:2017-07-26
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HONZメンバーが自由に、今年のベストだった本を一冊選び紹介する恒例のこのコーナー。実は以前に、ベストな一冊を選ぶという趣旨を無視して「併読すべき2冊」と銘打って2冊の本を紹介したことがある。HONZを取り仕切る「鬼編集長」こと内藤編集長からは「二冊かよ!オラオラっ!」という怒号を浴びたのだが、人間とは懲りないものである。今年は三冊紹介しよう!

一冊目は、最もエキサイティングだった『ブラック・フラックス』だ。IS実質上の創設者ザルカウィの人生を丹念な取材を通して追う事で、史上稀に見る残虐で有能なテロ集団がいかに生まれ成長して行ったかを世界に知らしめた一冊。物語を追う中で、関係者が発した言葉を実に印象的に配置しているのも、著者の文筆家としての実力だ。「目だけで人を動かす男」「これは我々の9・11だ!」という言葉は、その言葉が発せられた場所に自分も居合わせたかのように記憶に焼きつく。

ではISはどのような統治を行っていたのか?その疑問に答えるのが二冊目『「イスラム国」の内部へ:悪夢の10日間』だ。あるドイツ人ジャーナリストが「イスラム国」から正式に取材許可を与えられた。欧米人ジャーナリストが正式にISの占領地を取材した貴重な作品である。

ではテロリストと闘った米兵は戦地で何を見て、何を体験したのか?それを知るためにベストな本は『兵士は戦場で何を見たのか』だ。ザルカウィ率いるテロ組織に翻弄され次第に崩壊していく米兵たちの姿が見事に描かれている。

新井 文月 今年最も「仕事増えるかもと思った」一冊

経営戦略のコンサルティング業界で10年間働いた著者によれば、現在に蔓延するサイエンスベースのコンサルティングは限界を迎たそうだ。そして、その打開策は「アート型思考」にあると主張する。

近年、ビジネスにおいてもアートやデザインの必要性が非常に高まっているのは肌で感じていた。グローバルな視点でも実際ビジネスにアート教育を導入する企業は増え、今年はデザイン視点からのビジネス書も多数出版された。

本書は抽象度の高くなりがちなアートとデザインが、ビジネスにおいてどう影響をもたらすのかを具体的なエビデンスでもって明文化されている。さらに、他のどの関連本よりもコンパクトで本質をついている。

これまで組織においては、私のような直感型の意見は理論派に負けるという構図であった。それでも皆が同じ方向を向けば、経営は行き詰まっていくのが現実の結果だ。著者のいう、アート(クリエイティブ)型人間を決定権のあるポジションに立たせ、クラフト・サイエンス型の人間で両脇で固める組織づくりは、手詰まりになったサービス全体を見直すヒントになりそうだ。

仲野 徹 今年最も「むっちゃおもろいけど、どう薦めたらええかがようわからん」一冊

たまたまザイール、またコンゴ

作者:田中 真知
出版社:偕成社
発売日:2015-06-17
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ただ面白そうというだけで、目的は何もないザイール川の川下り記録である。以前に舟の経験はあった。ただし、公園のボートで一時間…。そんな著者について行った奥さんが偉すぎる。電気も水道もない貧しい集落でキャンプしながら丸木舟で一ヶ月。蚊やアリに襲われたり、マラリアに罹ったりという命がけの旅に、最後には大げんかして奥さんが号泣。そら泣くわ。その1991年の旅で二度と行くまいと固く誓っていた著者だが、成り行きで21年後に今度は現地の日本人シンゴ君と川下り。目的のなさは二回目も同じ。現地の人たちと交流しながら、あてもなく船便を待ち続け、しょっちゅう賄賂を要求され、旅していく。

ちょっとした事件はあったりするが、それほどたいしたことはなく、淡々と旅の過程が記録されている。カラー写真がいっぱいあって、まるで気分は同行者だ。なんとも面白くて、ワクワクしながら一気に読んでしまった。とはいうものの、冒険譚があるわけでもなし、こうして紹介していても、どうしてそんなにワクワクしたのかがようわからん。けど、なんせ読んでいると楽しい、という不思議な本なのである。ひょっとしたら、ある意味で旅の理想型がここにあるからかもしれん。

澤畑 塁 今年最も「文章を書くうえで勉強になった」一冊

大人のための国語ゼミ

作者:野矢 茂樹
出版社:山川出版社
発売日:2017-08-01
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大学1年生のときに最も興奮させられた講義のひとつが、この著者の「論理学」であった。論理学の知識を上から教えるのではない。そうではなく、学生と一緒になって、その考え方をゼロから身につけていく。学生は学生で、途中で自由に質問してよい。ただ、うかつな質問をすれば、先生から質問が返ってきたりもする。当時、空調もろくに利かない初夏の大講堂で、多くの学生が額に汗を浮かべながら、それでも熱心に先生の話に耳を傾けていたのが、いまでも忘れられない。

そんな先生が「大人のための国語ゼミ」を開講したという。これはもう受講しないわけにはいかないだろう。

本書が目指すのは、「生活や仕事で必要な普段使いの日本語を学ぶ」こと、すなわち、「きちんと伝えられる文章を書き、話す力、そしてそれを的確に理解する力」を鍛えることだ。「だけど国語なんて、何をいまさら」と思う人も少なくないだろう。しかし実際に本書を読んでみると、これがじつに勉強になる。とくにわたしにとっては、分かりやすい文章を書くためのレッスンが非常に勉強になった。「明確で分かりやすい文章を書くのであれば、一つひとつの文はなるべく簡潔なものにした方がよい。そしてそれを的確な接続表現でつなぐ」。そんな教えに、ダメを出された気になったり、自信とやる気を与えられたりして。

国語力を鍛えることは、誰にとっても「遅すぎる」ことはないだろうし、誰にとっても価値あることだろう。未読の方はぜひ本書をゆっくりじっくり読んでほしい。

麻木 久仁子 今年最も「勉強する気になった」一冊

身の丈にあった勉強法

作者:菅 広文
出版社:幻冬舎
発売日:2017-11-02
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「薬膳」を学ぶために学校に通い始めたのが3年前。自分から進んでやる勉強は学生時代の勉強より断然楽しいと初めて知った。その一方で、おのれの記憶力の低下にはまいった。白髪よりも顔のシワよりも、自分の歳を痛感させられる。いまも学校に通って中医学の勉強をしているのだが、何度やっても忘れてしまうので、なにかよい勉強法はないものかと常々思っていたところ、出会ったのがこの本である。

著者は芸人コンビ「ロザン」のひとり。クイズに強い宇治原じゃないほう、である。京大卒芸人・宇治原クンを「高性能勉強ロボ」と呼ぶ菅ちゃんは、いままでも宇治原の勉強法などを題材にした『京大芸人』や、『爆笑しながら一気に頭に入る日本史』などがベストセラーになっていて、受験生に大人気だ。今回の本にも、どうやって楽しく勉強するかのエッセンスが詰まっている。

たとえば暗記術。菅ちゃんによると「変な場所で覚えるべし」。日常的な場所ではなく、変な場所で覚えることで、「あ、これはあそこで覚えた」と記憶を呼び起こすとっかかりができるらしい。たとえば机とベッドの隙間に潜る。出窓に入る。机の上に仁王立する。そこで「叫ぶ!」。やってみたい!ほんとにそれで、わたしの暗記力は蘇るだろうか。まだやってないですが、正月休みに思い切ってやってみます。

ほかにも「偏差値30アップの勉強法は、ほとんどの人にとって意味がない」ことや、「時間がない中で予習と復習のどちらをするべきか」、など受験生はもちろん、その親にとっても役に立つこと間違いない勉強法が、ユーモアたっぷりで書かれている。

中学生・高校生のお子さんがいる方は、お年玉と一緒にこの本を与えてください。とにかくゲラゲラ笑いながら、「よしやるぞ」という気にさせてくれます。もちろん50の手習いで勉強中のおじさん・おばさんにもオススメです。

最後のページは自由枠の人たちです。僕が自由枠の人たちに言いたいのは、一言だけです。「そこ、道じゃないかも〜」

久保 洋介 今年最も「年末年始の台所で活躍しそうな」一冊

カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの? 食べ物・飲み物にまつわるカガクのギモン

作者:Andy Brunning 翻訳:高橋 秀依
出版社:化学同人
発売日:2016-12-20
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年末年始の料理をしている時、野菜やら肉やらをザクザク切るときは無心に料理に集中できるが、具材を鍋やフライパンに入れて煮たり焼いたりしているとき、ついつい手持ちぶたさになってしまう人は多いのではなかろうか。そんな時に手にとってもらいたいのが本書だ。食べ物・飲み物にまつわるトリビアがこれでもかと詰まっている。

「アスパラガスを食べると、どうしておしっこがにおうの?」「歯磨き後のオレンジジュースはどうして苦いの?」「バナナと一緒に置いた果物はどうして早く熟すの?」などなど、ちょっとした化学トリビアが各章2ページの読み切り型になっている。

1つのトリビアを読むのに3〜5分で、ちょっとした合間にすぐ読みきれるのが台所にぴったりだ。年末年始、家族や子どもと一緒に料理しながら、本書で化学を学ぶのもなかなか乙な時間だろう。

え、カリカリベーコンはどうして美味しいにおいがするかって? それは本書を読んでのお楽しみ。おせち料理の味に飽きたら、本書読みながらカリカリベーコンを作ってみてください。

古幡 瑞穂 今年最も「HONZ読者に読んで欲しい」小説

火定

作者:澤田 瞳子
出版社:PHP研究所
発売日:2017-11-21
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本当は、この企画が発表になった瞬間から『漫画 君たちはどう生きるか』を1冊に掲げるつもりでいた。本の所有欲がない私ですら(だいたい読み終わると人にあげちゃうのよね)「これは子どものために残してあげたい」と思ったくらいの名著漫画化だったし、たぶん来年の出版業界は漫画×名著が一つのムーブメントになるだろう。ところがあれよあれよというまにベストセラーになったため、今さら推すのも恥ずかしくなってしまった。

ということで、路線変更。これで行きます。

この小説で描かれるのは天平時代、平城京。都にはびこる天然痘と医師との戦いが壮絶なまでの表現で描かれている。現代が舞台であればパンデミック小説と分類される小説だが、時代が違えども病気流行への気付きも、病と闘う人々や医師の知恵や努力は同じ。逆に医療技術や知識がない分、際立つのが「人」だ。老境にさしかかった中、自分の無理を省みず患者を救おうとする医師。災いに乗じ、贋の神を作りだした者、逃げた者。医師は免許によって作られるわけではなく、人を救う強い思いと、そのための知識と技術を身につける努力によってつくられるのだろう。そんなことを強く感じた1冊だった。

「天然痘の流行で都が乱れ、それを沈めるために奈良に大仏が建立された…」教科書で覚えたその1行の裏にあったであろう、名もない人たちの歴史に触れてみて欲しい。直木賞にもノミネートされ、来年のブレイクの可能性もばっちり。ぜひこの年末年始にオススメしたい。

吉村 博光 今年最も「スキャッティーな」一冊

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?

作者:戸部田誠 (てれびのスキマ)
出版社:イースト・プレス
発売日:2014-03-26
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本書が刊行された2014年3月は「笑っていいとも!」の放送が終了した頃だ。当時、我も我もと関連書が出ていた。へそまがりの私は、この本をスルーしてしまった。しかし今年、「家族に乾杯」が終わるわけでもないのに新潮社から『笑福亭鶴瓶論』という本が出た。私はその本を読み終え、著者に好感を覚え、本書を手に取った。

読んでみたら、メチャクチャ面白かった。この本のタイトルが『ハナモゲラ学』だったら、もっと早く読んでいただろうに、とたいへん残念に思った。でも商業的にみれば、書名に「タモリ」という当時大きな意味をもつ記号を入れたのは、当たり前田のクラッカーなことだ。私が、自分のことを「へそまがり」というのは、この「意味」を嫌うからである。

私がこの世に生を受けて、一番苦手だったのは儀式だった。不謹慎なことに、笑いがこみあげてきて堪らない。卒業式でも笑いがとまらず先生に怒られたが、一番ヤバかったのはお葬式だった。本書を読んだからには、もう笑うまい。傍から眺めると大体のことは、可笑しくて、愛すべきで、素晴らしいことだ。What a wonderful world!あ~、私もスキャットができたら良いのに。

アーヤ藍 今年最も「泣きながら読んだ」一冊

家出ファミリー

作者:田村 真菜
出版社:晶文社
発売日:2017-04-22
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「日本一周の旅に出るけど、一緒に来る?」貧困と暴力が常に隣り合わせだった家族から逃れるように、母と娘二人が日本一周の旅へ。

筆者・田村真菜氏が当時10歳だったときの出来事をもとに、小説仕立てでまとめられている一冊。章ごとに、母、長女(筆者)、次女のそれぞれの視点から「旅」の記録が綴られていくため、「家族」や「親子」の関係性、感情のすれ違い、ぶつかり合い、愛憎の切なさやもどかしさ、苦しさや愛おしさが、一層浮き上がってくる。

家族であろうと他人は他人。でも、自分の子供は自分の「もの」のように思え、ゆえに、子供の不完全さが自分の不完全さに思えて苛立ってしまう感情。

親の「機嫌スイッチ」に怯え、次第に感覚を麻痺させていく。笑顔は生き延びるための精一杯の手段。「ありえない」と言われた時の突き放されるような感覚と、受け止めて欲しいという祈り。そして、「生きたい」「生きてやる」という強い意志。

リアルな経験から紡ぎ出される力強い言葉の数々が、普段は閉じている心の奥まで染み込んできて、最後にはぎゅっと抱きしめてくれるような感覚に、気づけば嗚咽するレベルで号泣していた一冊。

田中大輔 今年最も「自社本で面白かった」一冊
(ただしちょっと難あり)

外人女性交際マニュアル (I LOVE YOU BUT FUCK YOU)

作者:ジーコ藤壺
出版社:トランスワールドジャパン
発売日:2017-08-25
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HONZでは自社本を紹介しない決まりになっているので、面白かったけれど紹介できなかった本がある。『I LOVE YOU BUT FUCK YOU』という本だ。邦題を『外人女性交際マニュアル』という。邦題が好きではないので紹介しなかったというのもある。外人という言葉がよくない。外の人って失礼だろ!せめて『外国人女性交際マニュアル』というタイトルであればよかったのに。

タイトルは問題あるが、中身はとても真っ当である。日本人よりも外国人のことが好きな男性が、外国人と付き合うにはどうしたらいいのか?また外国人と結婚をするにはなにが必要か?ということをマジメに書いた本なのだ。ただ外国人女性とヤリたいだけの男はこの本を読まなくていい。そんなやつらは、「ソープに行け!」よろしく、海外の風俗に行け!

日本人女性と外国人女性の文化や考え方の違いについては考えさせられることがたくさんあった。外国人女性と仲良くなりたい男性諸氏には、ぜひ読んでほしい1冊だ。リレーションシップの大切さを説いているなど、この本は決して女性を軽視したものではないということだけは強調しておきたい。(でも女性にはあまりお勧めできない。)

山本 尚毅 今年最も「誰かに話したくなった」一冊

時間の言語学: メタファーから読みとく (ちくま新書1246)

作者:瀬戸 賢一
出版社:筑摩書房
発売日:2017-03-06
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「時間」という言葉、ふだんはなんとなく意味を意識せずに気軽に使っている。そんな日常に飛び交う時間という言葉の使用を分析して、頭の中で時間をどのように考えているかを暴き出した一冊である。広辞苑と新明解の辞典での定義に攻め入り、やまとことばの「とき」と漢語の「時間」を比較したかと思えば、夏目漱石の小説を分析する。とにかく縦横無尽である。

なかでも「時は金なり(Time is Money)」については、世界を牛耳る(悪しき)メタファーとして分析し、そのさきにポスト資本主義のあり方までを考える。壮大である。時間のメタファーを変えることがテコとなり、世界が変わるのかもと思わせる。他にも時間は未来から過去に流れるのか、過去から未来に流れるのか、当たり前のように後者だと思われているが、言葉を分析することで見えてくるものは、常識を軽々と覆していく。

これまで時間は天文や物理が幅を効かせ、哲学が横槍をいれて、ときどき心理や経済が顔を見せていたが、そのスキマから出てきた時間の言語学。語りたかったけれど、語れなかった時間のウンチクを賢く語れるようになる一冊である。

東 えりか 今年最も「タイトルを変えないでよぉと嘆いた」一冊

皇室の祭祀と生きて: 内掌典57年の日々 (河出文庫)

作者:高谷 朝子
出版社:河出書房新社
発売日:2017-03-07
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11月の頭は、書評家が一年でいちばん本を読む時期である。読み逃した本を黙々と読み年間ベストを選ぶ。そこでとんでもない傑作にあたり「あちゃー」と頭を抱えることも多い。

とくに大変なのは文庫を選ぶこと。過去に読んで傑作だと記憶した本があればいいが、書き下ろしの本などに漏れのないように気を付ける。今回も時間をかけて選び、校了となった日のことだ。いつもの書店を巡回中、棚差しの本書が目についた。巻末を見て飛び上がった。

これ、『宮中賢所物語―五十七年皇居に暮らして』じゃないか! 10年以上も前、空前絶後の名著として何度も紹介した本だ。

開かれた皇室と言われながら、未だに皇居の生活は庶民には伺うことができない。その皇居の奥深く、天照大神霊代の神鏡を祭る賢所に、内掌典として起居し、57年間勤め上げた女性の貴重な記録が本書である。その驚くべき日常は、21世紀の世界とは掛け離れたものであった。平安時代から続くしきたりを重んじ、天皇が祭祀を執り行うための場所を、心身かけて守り続ける姿は神々しくもある。生活は穢れの意味を持つ「次」と清浄の「清」とに厳然と分かれ、代々に受け継がれてきた伝統に身も心も捧げる。造り酒屋の娘として生まれながら、運命のようにこの職に就いて半世紀以上。日本の根幹はこのような人に支えられているのかもしれない。

ああ、タイトルを変えるなら、せめて原題を添え書きしてほしい。この本を紹介できなかったことがあまりにも悔しい。というわけで、傑作です。天皇退位が近い今、この特殊な仕事がつい最近まであったということを、ぜひ知ってほしいのだ。

刀根 明日香 今年最も『歳をとっても忘れたくない』一冊

五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後 (集英社文庫)

作者:三浦 英之
出版社:集英社
発売日:2017-11-17
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社会人3年目の年が終わろうとしている。周りの友達が転職云々でざわついてきた。今年の就活は「売り手市場」らしい。良好な人間関係やスキルアップを求めて、ベンチャー企業や外資系企業で挑戦するべき時期なのかもしれない。

力強い波が背中を押す。焦る。説得力のある波だと思う。ただ気持ちをちゃんと落ち着かせることができたのは、『五色の虹』を読んだからだろう。満州国の最高学府である満州建国大学の卒業生の人生を追った作品だ。日本、朝鮮、中国、モンゴル、ソ連と様々な国の出身者は、母国で歴史の波に翻弄され、決して彼らの能力や人格に対して適切な人生ではなかった。

読んでいて心に残るのは、彼らの勤勉さだ。捕虜収容所で人生に絶望しそうになっても、大学で学んだ教養が目の前の道を示してくれる。いつか会えるかもしれない卒業生との会話のために、語学習得を怠らない。時代に翻弄されながらも、教養を信じ、時には救いを求め、生き抜いた人々がいた。

何が大切なのか。職業か環境かそれとも人間関係か。幾通りもの生き方と考え方がある世の中で、本書から見える卒業生たちの日常は、一本の道しるべを私に与えてくれた気がする。これからも本とたくさん付き合っていきたいと思う。

峰尾 健一 今年最も「空回りした」一冊

映画にまつわるXについて2

作者:西川 美和
出版社:実業之日本社
発売日:2017-04-14
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レビュー原稿を途中まで書き、行き詰まり、そのまま放置し、結局なかったことに。そんな本がたまにある。 2通りのパターンがある。書きながら「やっぱり違った…」と気持ちが冷める時と、逆に面白すぎて空回りしてしまう時。後者の筆頭が本書である。

『夢売るふたり』『ゆれる』などの映画作品で知られる西川美和監督が、制作に打ち込むかたわら不定期で連載していたエッセイの書籍化だ。構想から完成まで5年を費やした2016年の作品『永い言い訳』ができるまでの歩みを中心に綴る。

細かすぎる人間観察や自虐エピソードにクスクス笑い、作品に関わる映画人たちの本気の仕事に胸を熱くし、緊張感の土台の上に築かれた本物の絆にジーンとさせられる。そして底にあるのは、究極的には孤独である映画監督の悲しい性と、苦悩を凌駕するような作品づくりの醍醐味だ。加えて文章もテンポ抜群で最高。そもそもひとつのエッセイとしてめちゃくちゃ面白い。極論、映画に興味がなくても面白いはず。西川節を堪能するだけでも読む価値あり。とりあえず、読めば分かる。読まなきゃわからない!

こんな風に収集がつかなくなったらもうダメだ。つまるところ「すごい」「読め」しか言っていない文章。かと言って冷静に伝えようすると、言い足りてない感じがして消化不良になる。ああ悩ましい……と考え込むうちに時が過ぎ、結局ボツに。

こうしたボツ本が原因で今年はたびたび締切を飛ばし、編集長には色々と「長い言い訳」をすることになった。その裏に埋もれた良書から1冊だけ光を当てることができるならば、迷いなく本書を選びたい。

仲尾 夏樹 今年最も「涙を流した」一冊

我がおっぱいに未練なし

作者:川崎貴子
出版社:大和書房
発売日:2017-09-23
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電車の中で読んでいた時、涙がこぼれた。本書は、ウートピの連載『女社長の乳がん日記』をまとめたものだが、幸いにも著者は健在だ。彼女の家族を思う気持ちに心打たれたのだ。

著者の川崎貴子さんは、女性のキャリア支援から婚活のようなプライベートのサポートまでする経営者だ。また、2人の娘を持つ母としても、忙しい日々を送っていた川崎さんは、2016年10月に乳ガンの告知を受ける。そして、告知を受けたその日に、自らの闘病を「乳ガンプロジェクト」と命名し、病気に立ち向かっていった。

闘病記でありながら、彼女の軽妙な筆致は、読んでいて決して暗い気持ちにならない。川崎さんは起業して、結婚して、子どもを産み、離婚してシングルマザーになり、再婚してまた子どもを産み、乳がんになって治療中と、これでもかと困難な目に遭っている。それでも常に気丈で前向きな姿に、こちらが勇気づけられた。

いつか私も自分の子供を持った時、彼女のように強く、たくましい母親になれたらと思う。本書は女性だけではなく、男性にもぜひ読んでほしい。川崎貴子という、実にカッコいい姉御の生き様を知れる一冊だ。

2018年も読者の皆様にとって、素晴らしい本と出会える年でありますように!