『マネーの代理人たち ウォール街から見た日本株』生活者としての金融プロフェッショナルたち

堀内 勉2018年02月28日 印刷向け表示
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マネーの代理人たち ウォール街から見た日本株 (ディスカヴァー携書)
作者:小出・フィッシャー・美奈
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日:2018-01-26
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「マネーの代理人」という言葉から何を連想するだろうか。恐らく、ウォール街を跋扈するハゲタカファンドのような肉食系の投資家を思い浮かべるのではないだろうか。

ところが、本書に映画の『ハゲタカ』や『ウォール街』に見られるような劇的なストーリーを期待すると、肩透かしをくらうことになる。本書は、巨大機関投資家の中で働くサラリーマンは、何を考え、どのような行動原理に従って、どのように投資の意思決定をしているのかといった、現場の素の姿を著者の経験に照らして丁寧に記述した、至極真っ当な本である。

同時に、投資の基本であるアルファ値とベータ値の違いや、ヘッジファンドの典型的な投資手法であるロングショート戦略など、理論的な事柄についても極めて分かりやすく解説してあり、金融に精通していない人でも楽しめる内容になっている。

本書の紹介文には、「投資機関で働く金融プロフェッショナルの多くは、他人の資産を運用するために雇われた「マネーの代理人」に過ぎず、勤勉に働き、懸命に自分の家族を支えようとする生活者なのだ」と書かれているが、著者のようなバイサイド(運用会社)ではないものの、セルサイド(証券会社)で働いた経験のある私の実感もこれに近い。

機関投資家に限らず、事業会社でも何処でもそうだと思うが、ウォール街で働く大多数の人々は、勤勉なサラリーマンとして、自分に与えられた環境の中で法令と社内ルールを遵守して、淡々と仕事をしてサラリーをもらっている。

でもそれだけで世界は予定調和的にうまく回るのか、正当な手段でカネ儲けをしているとは言え、世界の上位1%の人達が富の大半を独占してしまうような経済の仕組みは本当に正しいのか、このような世界に持続可能性はあるのか、本書はこうした真っ当な問題意識からスタートしている。

こうした根源的な疑問は、金融機関で働いた経験がある者なら、誰でも持つのではないか。信じられないような巨大な資金を動かすことで、最初はアドレナリンが止めどもなく出るのだが、暫くすると本当にこれで良いのかという疑念が生じてくる。「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな」(芭蕉)という感じなのである。

本書を補足する意味で二点コメントすると、ひとつは、勤勉に働けばそれで良いのかという個人レベルの問題がある。

ハンナ・アーレントが『イエルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』で指摘した凡人の狂気、与えられた仕事を真面目にこなすことで、何百万人のユダヤ人を淡々と殺してしまうような凡庸さが許されて良いのかという個人の自覚の問題である。

もうひとつが、個人の行動を正しい方向に導くための社会システムの設計である。投資家にとっての与えられた尺度がROE(自己資本利益率)やアルファ値といった経済的価値しかないのであれば、サラリーマンファンドマネジャーはそれを最大化するために真面目に働いてしまう。

でもそれが却って社会正義や社会の持続性に反するような場合、人々の行動をあるべき方向に導く制度設計が必要なのではないかということである。

そうした制度設計のひとつとして著者が提示しているのがESG投資である。これは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の三つの言葉の頭文字をとったもので、これらの要素に着目して企業に投資するのがESG投資である。

投資の世界において、ESG投資は既に世界的潮流となっているが、このきっかけは、国連が2006年に大手機関投資家に対し投資判断にESGの観点を組み込むことを求める「責任投資原則(PRI)」というルールを提唱したことである。

ESG投資の考え方は、確かに大きな進歩だと思う。只、個人的には、そこに止まるのではなく、もっと先まで行く必要があると考えている。

いわゆるESG投資はpassiveな投資行動であり、ESGにそぐわないものを投資対象から落としていくのが基本である。そして、本書で指摘されているように、この根底にあるのは、「長期的に見れば、ESG投資が一番儲かる」という発想である。つまり、短期的な利益を追い求めると社会に持続可能性がなくなってしまい、長期的には金銭的に損をするので、本当にお金を儲けようと思ったら、長期的にモノを考える必要があるという発想である。

これに対して、今、じわじわと広がりつつあるのが、社会的インパクト投資の考え方である。これは経済的価値の追求だけでなく、同時に社会的価値もactiveに追求しようというもので、必ずしも社会的価値は経済的価値に還元されないという前提である。つまり、社会的インパクト投資が社会的価値を追求するのは、短期的にせよ長期的にせよ、経済的価値につながるからではなく、社会的価値の実現それ自体が目的なのである。

去る2月19-20日、笹川平和財団などの主催で「社会的インパクト投資フォーラム2018」が開催されたが、その中で最も印象的だったのは、ニュートラルな投資というものは存在しないという登壇者のコメントだった。

投資には必ず、ポジティブな社会的インパクトかネガティブな社会的インパクトが伴うのであり、投資家は常にそれを意識しなければならない、自分達はただお金を運用しているだけなんだというニュートラルな態度はそもそも許されないというのである。

これは正に、アーレントが語った「悪の陳腐さ」につながる問題だと思う。

世界の実体経済に比べて金融の力が大きくなり過ぎたことで、リーマンショックに見られるように、「尻尾が胴体を振り回す」ような状況になっており、確かに行き過ぎた金融経済をどこかで制御しなければならないと思う。只、逆説的ではあるが、世界的な金融緩和によってマネーが溢れ過ぎていて、それで却ってお金の価値が下がっているのは、ある意味では良いことだと思う。

お金を持っている人間が偉い、お金の力にモノを言わせる、というのが逆にやりにくくなっており、投資家は、良いお金の使い方をしないと世の中から相手にされなくなりつつある。ただ「金ならあるぜ」と言ってみても、誰にも相手されなくなっているということである。

我々は資本主義という経済の仕組みに100%ビルトインされてしまっており、もはやその枠組みを俯瞰して見ることが難しくなっている。

しかしながら、そこから一歩踏み出して、資本の無限の自己増殖運動に100%身を委ねることのない、新しい投資のあり方を、自らの意志の力で構想するタイミングに来ているのではないだろうか。

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