驚愕のクライム・ノンフィクション!『ウルフ・ボーイズ 二人のアメリカ人少年とメキシコで最も危険な麻薬カルテル』

2018年4月18日 印刷向け表示
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ウルフ・ボーイズ ―二人のアメリカ人少年とメキシコで最も危険な麻薬カルテル―

作者:ダン・スレーター 翻訳:堀江里美
出版社:青土社
発売日:2018-02-23
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2006年、アメリカのテキサス州ラレドという国境の街で、メキシコ系アメリカ人のガブリエル・カルドナとバート・レタという二人の少年が逮捕された。アメリカで最も貧しい街のひとつで起きた不良少年の逮捕劇。ありふれた事件だが、この一件はアメリカ中を震撼させた。ガブリエル(逮捕当時19才)とバート(逮捕当時17才)はラレドの街の対岸にあるメキシコ側の街、ヌエボラレドを支配する麻薬カルテル、ロス・セタスの構成員で、シカリオ(殺し屋)として悪名を馳せていたのだ。わかっているだけでも二人合わせて50人以上の人間を殺していた。

ロス・セタスといえば、軍のGAFE、空挺特殊部隊出身者が組織したカルテルで、冷酷なメキシコの麻薬カルテルの中でも、最も危険とされる組織である。

世界一の麻薬消費国のアメリカでは、ギャングやマフィアがドラックの利権を求めて日々、抗争事件を起こしている。日本人からすれば、それだけでも恐ろしい話だ。だが、それでもアメリカ人の感覚からすれば、アメリカのギャングとメキシコのカルテルの間に明らかに暴力のレベルに差が存在する上、アメリカには法という秩序が存在し、凶悪犯罪がメキシコのように野放しにされる事はないという思いがある。カルテルの抗争は国境の向こう側の世界の出来事であり、自分達に直接降りかかる事はない、というアメリカ人の認識が二人の逮捕によって崩れ去ったのだ。

世間の関心が高まる中で、マスコミはカブリエルらをモンスターのように扱う。二人の少年は次第にマスコミを警戒し心を閉ざしてしまう。そのような状況下で著者は取材を開始する。君達をモンスターとして扱わない。著者の誠意はやがて認められ、二人は自分達の経験を語り始める。

当初、著者の関心は組織の末端の少年シカリオ達に向けられていたが、取材を重ねるうちに麻薬戦争そのものを俯瞰的に眺めるようになる。こうして本書では末端の少年シカリオの視点と交差する形で、彼らの逮捕に執念を燃やす警官、ロバート・ガルシアやDEA捜査官、検事の視点が巧みな形で織り込まれていくことになる。

ガブリエル・カルドナは全米屈指の貧困の街ラレドの中でも、特に貧困地区のラステカに生まれ育つ。学校の成績はトップクラス。アメフトのクォーターバックを務める花形選手。将来の夢は弁護士になること、という優等生だった。周囲の大人からは、若者特有のエネルギーが刑務所へと向かっていないラステカ唯一の少年に見えたという。だが、高校時代にアメフトのコーチと揉め事を起こし、練習に行かなくなってしまう。ギャングの蔓延る貧困地区でのただ一度の挫折。そこからは、留まる事のない転落人生が始まる。

本書ではシカリオ達の生活が如実に描かれている。シカリオになるためにはセタスの訓練キャンプで訓練を受ける必要がある。訓練ではコントラ(敵)の捕虜が使われる。生きた人間を使い、特殊部隊出身の教官から戦闘技術を学ぶ。つまり捕虜を毎日訓練の道具として殺していくのである。

こうしてシカリオになると週給500ドルが支払われる。また歩合制のミッションに成功すれば一件に着き1万ドル、ターゲットが大物ならさらに高額のボーナスが支払われる。コマンダンテと呼ばれる司令官らに働きを認められれば、メルゼデスやBMWのM3など日本円で1千万円を超える高級車の新車などが貰えるなどの得点もある。ガブリエルも10代にしてこのような高級車を乗り回している。貧困層の若者にとっては魅力的だろう。

メキシコでのミッションは容易で、買収された警察官が周囲を警戒する中で、ターゲットを殺し、立ち去る。死体は警官がギソに(シチュー)する。ドラム缶にガソリンを入れ、その中に死体を漬けて燃やす。骨が粉になるまで焼き、後は地面にぶちまけ、大地にしみこませる。こうしてキレイに一人の人間がこの世から消えてしまう。これが本書で度々、登場するギソと呼ばれる死体処理法だ。惨い話だが、現場の警官が特に悪徳というわけではない。カルテルの支配する街では市長や警察署長、さらには地元のメディアまで、全てがカルテルから賄賂を受けとっている。むしろ賄賂を拒否する事はカルテルの敵とみなされ、殺される事を意味するのである。

本書ではガブリエルとロバートの他にもう一人、影の主人公がいる。ガブリエルの上司でヌエボラレドの司令官ミゲル・トレビーニョだ。本書の時間軸では、彼はひとつのプラサ(シマ)の指揮官クラスなのだが、後にセタスの最高幹部にしてナンバー2のセタ・カトルセ(Z14)を暗殺し、彼の部下を粛清。下克上を果たしナンバー2に躍り出る。その後、ナンバー1のラスカーノが治安部隊との戦闘で死亡すると、ロス・セタスのナンバー1へと昇格するのである。つまりガブリエルは未来のセタスのボスに仕えていたのである。末端のシカリオの視点からミゲルという未来のセタスのボスを見ることができるのだ。

ミゲルは非常に勇敢な男で大きな襲撃の際には必ず陣頭指揮をとり、真っ先に敵陣に切り込む。彼は自分にできないような作戦を部下に押し付ける事がないため、多くの若手シカリオから尊敬を集めていた。部下が金に困っていれば何も聞かずに金を与え、部下の家族が病気で苦しんでいる時はセタスの運営する病院で治療を受けさせた。福利厚生を充実させ、戦闘員が生活や家族の心配をすることなく働けるように気を配ったという。ある若手シカリオが交通事故で大怪我を負った際には、3日間枕元に付き添い、彼をキューバの専門医の下に送り、治療を受けさせる。だが、下半身不随が治らないとわかると、毎週、多額の年金を与え、不自由なく生活できるようするなど、情誼の厚さを見せている。

一方で敵に対しては冷酷で「家族には手を出さない」というギャング達の不文律を無視し、カルテルの仕事に関わっていない敵の家族を容赦なく殺した。敵を処刑する時は度々、自分の手で行い、人を殺すのを楽しんでいる風にもみえる。人を殺さない日は落ち着かないという一面も持っていた。

その他にプラサの運営方法、例えばセキュリティ、福利厚生、賄賂、収益と資金洗浄、スパイの活用法、銀行業の運営なども丹念に記されている。セタスがただのギャングではなく、国際規模の「カンパニー(実際に仲間内ではカンパニーと呼ばれていた)」として機能している事がわかるようにもなっている。その点一つとっても本書を読む価値があることは間違いない。

ところで、ガブリエルはマスコミが報じたようにサイコパスのモンスターだったのだろうか。本書では、その問いの答えは出ていない。だだ、ラレド、ヌエボラレドの男達が恋人や妻に常態的に暴力を振るい、女性を支配しようとする中で、ガブリエルは恋人に一度も手を上げたことが無かった。このことをもって彼の本質が善良であったという事はできないが、ミゲルと同じように彼も身内には徹底して優しい人間であったのは事実だ。人間とは複雑な生き物である。

日本人はピンと来ないかもしれないが、トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を作るという構想が一部で支持されているのも、大局的には不法移民と経済の問題なのだろうが、カルテルの浸透がアメリカ人に与える精神的なインパクトも忘れてはならない。このように見ればカルテルの問題は多額の資金洗浄と相まって間違いなくグローバル規模の問題ともいえるのだ。
 

メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱

作者:ヨアン グリロ 翻訳:山本 昭代
出版社:現代企画室
発売日:2014-03-07
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