『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』記事を書くことではなく、犯人を追うこと

麻木 久仁子2018年04月24日 印刷向け表示
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記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実
作者:樋田 毅
出版社:岩波書店
発売日:2018-02-22
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1987年5月3日憲法記念日。朝日新聞阪神支局が襲撃され、記者2人が殺傷された。目出し帽をかぶった何者かは、一言も発することなく問答無用で散弾銃を発射し、当時29歳だった小尻知博記者は死亡、当時42歳の犬飼兵衛記者は危ういところで命はとりとめたものの重傷を負ったのである。

「赤報隊」と名乗った犯人は、この事件を含め、約3年にわたり襲撃事件や脅迫事件を実行した。朝日新聞本社銃撃、静岡支局爆破未遂、名古屋にある単身者寮での発砲、そして中曽根康弘や竹下登への「処刑予告」を含んだ脅迫事件など8件。だがそれらは全て、2003年3月に時効となった。記者が日本国内で政治的テロによって殺された唯一の事件の犯人は、闇に消えてしまったのである。

事件発生当初から、朝日新聞は特別取材チームを編成し、犯人を追い続けてきた。仲間の命を奪われた記者たちは、必死の取材活動に身を投じることとなった。ただただ情報を追い、犯人に迫り、その全てを報告書に書く。記事を書くことではなく、犯人を追うこと。それが彼らに与えられた使命であった。記者でありながら記事を書かない。記者として辛く苦しい作業でありながら、記者でなければできないことでもある。著者の樋田毅氏は、なくなった小尻記者の先輩にあたり、この取材チームの一員だった。時効成立により取材チームが解散した後も取材を続けてきた。その厖大な取材ノートをもとに、この本は書かれた。

「誰が犯人だったのか」はわからずじまいである。警察当局が延べ124万人もの捜査員を投入しても、結局事件は迷宮入りとなった。したがって本書も安易に犯人像を推理しほのめかすようなことは一切していない。犯人は「わからない」と述べている。だが、それでも、事件から30年以上にわたって取材され記録されてきた事実の重みはかわらない。あの事件がなぜ、どんな背景をもとに起こったのか。記録し残していくことの重みは、むしろ迫力を持って迫ってくる。

事件当初から関連を疑われたのは大きく分けて二つ。「右翼」と「宗教団体」である。本書の第2部は右翼への取材の核心部分をまとめたものである。

警察が絞り込んだ「9人の右翼関係者」のみならず、著者は様々な伝をたどり、30年間で全国各地300人の右翼関係者に取材してきた。時には膝詰めで一晩中議論しながら、彼らの思想や行動を取材していく。そもそも右翼団体の多くは朝日新聞に反感を持っている中で、丹念に足を運んで話を聞く作業は困難も多かっただろう。右翼と言っても思想や政治的背景にも、行動様式にもそれぞれ違いがあるが、こうした日本の右翼を俯瞰し図式化することで、赤報隊が右翼のどこに位置するのか分析しようとしたのである。

過去に町長襲撃事件を起こして服役したことがある男、右翼とは一見関係なさそうな名画盗難事件から浮かび上がった意外な人物、国士を養成する私塾を主宰する人物、などなど多くの人間が登場する。彼らが著者の取材に対して語る「思想」は、彼らが事件の実行行為に直接関係していなくても、精神的には事件と無縁ではないと思わされる。

実際、彼らも赤報隊への共感を隠さない。最近、右翼的な考え方がクローズアップされることが増えたが、こうした思想の水脈は、昨日今日のものではなく、あの敗戦を超えてなお、一度たりとも途切れることなく流れ続けているのだということが浮かび上がってくる。

第3部は、ある宗教団体への取材の核心部分である。31年前、朝日新聞はこの団体を強く非難する論陣を張っており、激しい抗議を受けていた。また、この団体の信者の中には銃砲店を経営するものが複数おり、いわゆる「秘密軍事部隊」の存在も囁かれていた。

この団体に対しては警察も捜査に力を入れていたが、特定の人物を事情聴取するには至らず、この団体が組織として赤報隊事件に関与したという証拠はない。朝日が団体を非難する連載を終えたあとも赤報隊の犯行が続いたことは、団体と赤報隊が無関係の証拠とも言える。が、それでも、著者の取材により見えてきた団体の一面は、この国に存在する様々な思想の中でも重要視するべき流れを考える上で、示唆に富んでいると思う。

本書の刮目すべきところは、朝日新聞の暗部もまた、隠さずに書いているところである。取材対象である団体から金銭を受け取っていた編集委員が存在したことを書き、また部外秘の朝日新聞社長の回想録の一部を明らかにしつつ朝日の組織としての判断についても批判している。

書き残すべきことを、すべて書く。

読み終えても決して読後感は「すっきり」しない。だが、真実を追い求めるということは、このすっきりしない、もやもやした思いに耐え続けることなのだと思わされる。「真実」は分かりやすく、すっきりと溜飲を下げてくれるほど親切ではないのだ。未だ犯人は闇の中だが、諦めることを知らずもがき続ける精神の強靭さを、本書に見た。

著者の他にも、記者や元記者たちの何人もが、それぞれの視点でいまなお事件を追い続けているという。あの赤報隊を「義挙」と呼び言論を暴力で封じることへの正当化が、街中で堂々と叫ばれる世の中である。自由な社会はけっして頑丈なものではなく、忘却や知的怠惰によっていとも簡単に崩れてしまう。そのことをよく知る人々が、いるのである。

先ごろ放送された『NHKスペシャル・未解決事件File.06「赤報隊事件」』では、本書の著者・樋田記者役を草彅剛さんが演じた。ドラマの放映に際して草彅さんが寄せたコメントが、帯に書かれていた。

阪神支局事件が起きた時、僕は中学生でした。事件について知らなかったのですが、知れば知るほど、自由にモノが言える、自由な社会とは何か、考えるようになりました。

朝日新聞では毎年、新入社員の研修で「赤報隊事件」について学ぶ時間を設け、著者も講師役を務めてきたという。新聞記者としての覚悟と矜持。あの言論の自由に向けて放たれた、あの銃弾の意味。あれから30年以上経ち、著者も退職する年齢となった。次の世代へ、どう伝えていけばいいのか。どう残していけばいいのか。この本が一つの答えである。

若い世代はこの本をどう読むのだろう。そして私は。5年後に、あるいは10年後に、もう一度この本を読んだら、その時に何を感じるだろう。その時、時代はどうなっているのだろう…。

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浜太郎2018.5.30 00:48

「記者襲撃」が発売された直後に購入して読みました。 「赤報隊事件30年目の真実」との触れ込みに期待したものの、見事に裏切られました。 麻木久仁子さんが、読後感が「すっきり」しないと指摘された通りです。 なぜそうなのかを考えましよう。 当該事件の警察も、朝日新聞社も犯人を特定出来ずに時効を迎えました。 警察は延べ100万人以上も捜査員を投入して、対象者も50万人を越えたこの事件。 警察による見込み捜査や、朝日新聞記者による思い込み取材の姿勢に問題がなかったのか? 以外な所に犯人は隠れているのではないか。犯人以外は、警察も朝日も、そして一般人も犯人が早く逮捕される事を願っているに違いない。 更には、重大な盲点に警察も朝日も気づいてないのではないか。 朝日は被害者と決めつけているが、もしかして加害者なのかも知れない。 阪神支局事件から二年後に、あの悪名高い事件、自分で故意に珊瑚礁に傷つけておきながら傷つけたのは誰だとして写真入りの記事で大問題になって朝日の信頼が地に落ちた「珊瑚礁事件」の犯人は、あろうことか、朝日新聞社のカメラマンだった。 たった一枚の写真で社長の首が飛んだのです。 この著書では、結局怪しい右翼と不気味な宗教団体に焦点を当てて追及はしても、確証も証拠も何一つ示してはいない。 だから、取材の副産物である朝日新聞社自体の上層部の闇を暴いて著者は鬼の首をとったつもりになっているのではないか。 著者が朝日在職中に書いた「新聞社襲撃」の本(同じ岩波書店から2002年に発刊)では書かずに、昨年末に退社した途端に自分の古巣をつつくのも潔くない。 30十年も記者でありながら記事も書けずに犯人探しに奔走した挙句に何の成果も上げらずに、事件と直接関わりのない朝日批判や警察批判をしていたのでは、腹いせで八つ当たりした本と指摘されてもしかたないてしよう。 四月には、第三刷りが発売されたようですが、訂正や削除部分もあるみたいですから、鵜呑みに読むと消化不良を起こしそうです。

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