『 別冊100分de名著 読書の学校『西遊記』』生きるのが難しい世の中をどう生きていったらいいのか?

麻木 久仁子2018年05月24日 印刷向け表示
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NHKに「100分de名著」という長寿番組がある。「趣味は読書です」などというからには、古今東西の名著も一通り知っておかなくては格好がつかない。とはいえ名著、とくに古典などは10代にでも読んでおかないと、大人になってしまえばなかなか手を伸ばせないものだ。かくして心密かに「あれも、これも読んでいない」というちっぽけなコンプレックスを抱いたりして…と、そんな心の隙間を100分で埋めてくれるのだから人気があるのも肯けるというものだ。

さて、そんな人気番組から発展的に生まれたのが「別冊100分de名著 読書の学校シリーズ」である。こちらは“そんな大人”になる前に。中高生の若い人たちに、古典をはじめとした名著を“楽しく!”読んでもらう機会を作るべく、各界の識者があちこちの中学校に実際に赴いて「100分de名著の特別授業」を行うという趣向なのである(放送はなく、授業をまとめた本となっている)。読書好きの著名人が、年の離れた中学生に、それぞれの表現で熱い思いを伝えていくライブ感も面白いシリーズとなっている。池上彰さんが大ブーム真っ只中の『君たちはどう生きるか』について語る授業を皮切りに、中野京子さんの『シンデレラ』、齋藤孝さんの『銀の匙』と続き、今回が出口治明さんの語る『西遊記』である。

出口さんといえば保険会社の創業者として著名な企業家であるときから博覧強記の読書家として知られていたが、同時に若い人材を育てることに熱心であることも知られていた。実際、若い後継者にあっさりと会社の後を譲り、現在は大学の学長に就かれた。若者が大好きで、若者へ多くのことを伝えていきたいという思いを大いに抱いている出口さんが中学生に何を語るのか。また、ファクトやロジックを重んじる出口さんが選んだ課題書が、荒唐無稽が真骨頂の『西遊記』であることも面白く、どんな意図があるのだろうと興味をそそられた。

出口さんの『西遊記』の授業は、まず、古典を読むことの意義を解くことから始まる。というとちょっと語弊があるかもしれない。出口さん曰く「読書から教訓を得るべきなどという考えは捨てなさい」というところから始まるのだ。読書の“意義”などということ自体が野暮なんだよ、ということか。

読書をしたら出世の役に立つとか、教訓を得られるとか、そのような考え方はどうか捨ててください。本を何冊か読んだくらいで仕事ができるようになれるとか思っている人に、僕はいつも「人生なめていませんか?」と言っています。そんなことあるはずがないのです

僕は、本には二種類しかないと思っています。面白いか、面白くないか

こうしてまず、「面白いものを、ただ面白く読む」ことこそが大事なのだと、出口さんは繰り返し語る。たぶん今の子供達が受けている授業も相変わらずだと思うのだが、本を読んで、なにかしら「ためになったこと」を書かされる「感想文教育」は、本を、特に小説を遠ざける一因なのではないかなどとひとりごちる。

そしてなぜ「古典」なのか。それは時代を超えて多くの人々が「ただ面白い」と読み継いできたものだから。その面白さは本来「折り紙つき」なのだ。文明は変わっても、人間は所詮、そんなに変わらない。怒ったり笑ったり、悩んだり。普遍的な人間の感情に触れることは時代を超えて面白いことなのだ。だから、安心して読んでいいのだという。

ときに「古典」が読みづらいと思うなら、それはほんのちょっと知識が足りないから。その作品が書かれた時代の背景や知識が少し不足しているからで、それを知ったらあとは「人間」が物語のなかで縦横無尽に駆け回るというわけだ。

日本では明治維新以降、主に欧米の文明を吸収しようと考えたので、古典の翻訳もそちらが中心となったが、人口でははるかに多いアジアやイスラム圏に、まだまだ日本人が知らない面白い古典がたくさん存在するという。西遊記は日本や中国はもちろん、世界中で親しまれ、どこへ行っても話題にできるくらいのアジアのスーパー古典物語なのだ。

授業では、作品の元となった、玄奘三蔵という高僧が17年に及ぶ旅をした唐の時代から、約400年後に荒唐無稽な物語『西遊記』になるまでの中国の歴史や社会背景をわかりやすく紐解いていく。農業の生産力が上がり、コークスなどの強い火力を手に入れ、夜の街には灯りがともり、政治が安定した時代に、庶民の娯楽として発展した「講談」として、西遊記は発展していく。物語はどんどん面白く、大げさに、スケールも大きくなっていくのだ。もっと面白く!もっと刺激的に!講談師の語りと、観客のリアクションが共犯関係となって物語を膨らませ、やがてそれがノベライズされて後世へ伝わっていく。西遊記ひとつにも、多くの人々の息遣いが吹き込まれて成立していたのだなあと、ワクワクしてくる。

西遊記では三蔵とともに孫悟空や猪八戒・沙悟浄が仏教の経典を求めて天竺へ向かうが、中国の王朝の中で、仏教を重んじるのはどんな王朝の時なのか。次々に登場する妖怪とポケモンの共通点。あるいは孫悟空が石から生まれるのはなぜなのか。そもそもなぜ主人公はなぜ猿なのか。なぜお供は3人なのかなどなど、意外な観点が次々に飛び出してきて、目から鱗である。まさに「知識が物語を面白くする」のを実感出来る授業が展開する。中学生たちのグループディスカッションから飛び出してくる彼らの感性もとても素直で新鮮だ。

白眉は最終章。ここでは『西遊記』の世界をステップに、生きるのが難しい世の中をどう生きていったらいいのか、悩める人たちへの考えるヒントや生きるための知恵が、詰まっている。学ぶことで人生の選択肢を増やし、それが人生の楽しみを増やしてくれる。それ人生を豊かにする。中学生たちに語りかける出口さんの言葉には、若者や子供たちへ「君たちには未来があるんだ!」というメッセージが込められている。彼らの未来への信頼が溢れている。と同時に、この本を読んだ大人には「あなたたちは、若者の未来を切り開く手伝いをせなあかんで。彼らを信じないとあかんで」と言っているようである。

小難しくて敬遠していた世界史の本も読んでみようかな。色々な古典も読んでみようかな。
素直にそんな気持ちになってくる。

大人が読んでも面白いが、ぜひ、10代のお子さんがいる方にお勧めする。一緒に読むと、きっと、いつもと一味違う親子の会話が生まれるだろう。

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