『蜂と蟻に刺されてみた 「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』 訳者あとがき

白揚社2018年07月08日 印刷向け表示
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蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ
作者:ジャスティン・O・シュミット 翻訳:今西康子
出版社:白揚社
発売日:2018-06-07
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ハチやアリの毒針は、そのライフスタイルを映し出す鏡らしい。ひとくちにハチ・アリ類と言っても、じつに多彩で、みな独特の生き方をしている。しかし、その毒針の機能は、見事なくらいその生存戦略にぴったり合っているのだ。毒針の痛さとライフスタイルの、切っても切れない関係について語ったのが本書である。

本書の著者は、虫刺されの痛みのスケール(尺度)を作った功績で2015年にイグ・ノーベル賞を受賞した、ジャスティン・シュミット博士である。1947年生まれ。昆虫毒の化学的性質の専門家だ。2006年まで、米国農務省のカール・ヘイデン ミツバチ研究センターに勤務し、現在は、アリゾナ大学でハチ・アリ類やクモ形類の化学的および行動的防御機構の研究を行なっている。

シュミット博士によると、虫刺されという現象の基本特性は2つ、痛みと、生体に対する毒性だという。そのうち、生体毒性のほうは数値化しやすいが、痛みは主観的なものなので数値化するのがむずかしい。そこを何とか工夫して作成したのが、この痛みのスケールなのだ。

さて、毒針の痛さとライフスタイルの関係だが、たとえば、獲物に卵を産み付ける寄生バチの場合、わが子の餌になる獲物に毒成分は注入したくないし、痛みという無用なストレスも与えたくない。むしろ、わが子がそれを食い尽くすまでの間、じっと動かずに生き続けていてほしい。となると、刺針で注入すべきは、毒性の低い麻酔薬だ。小さなハチ1匹で生活を営んでいるかぎり、大型捕食者たちに狙われることもない。

それとは対照的なのが、大きな集団を作って社会生活を営むハチやアリの場合である。コロニーの中にいる多数の卵や幼虫や蛹は、さまざまな大型捕食者たちの垂涎の的だ。襲ってきたら、敵の体に痛い毒針を打ち込んで、何としても撃退しなければならない。社会性のハチやアリのなかには、毒針を敵の体に残したまま切り捨てて、自殺してまでも毒液を全量注入しようとする種もいる。とにかく徹底的に防御する必要があるのだ。

このような比較からわかるのは、強烈な痛みを伴うのは防御用に使われる毒針だということ。そして、集団として守るべきものをたくさん抱えている種ほど、その刺針は痛く、毒液の毒性も高いということだ。たとえ近縁種同士であっても、単独性の種より、コロニーを形成する社会性の種のほうが、刺されると痛いと著者は言う。そして、実際に刺されてみて、自らその仮説を検証するのだ。シュミット博士は、刺される苦痛をいとわずに刺針や毒液の研究を続けてきた、ちょっと物好きな昆虫博士なのである。

原書のタイトルは『ザ・スティング・オブ・ザ・ワイルド』(自然界における毒針)。刺針と毒液の進化があったからこそ、強力な捕食者が立ちはだかるなかでも、ハチ・アリ類は社会性を進化させることができたのだと著者は主張する。

ペンシルベニアの田舎に生まれ育った著者は、近所のちびっ子軍団の仲間とともに、昆虫たちにちょっかいを出したり、そのしっぺ返しを食らって痛い目に遭ったりと、自然の中でのびのびと幼年時代を過ごす。大学の学部時代と修士課程の6年間は、化学を専攻するが、幼い日々の記憶に刻まれた昆虫たちに誘われるように、博士課程でイチから昆虫学を学び始め、アリの毒液の化学的性質の研究をスタートさせた。少年時代そのままの冒険心や好奇心と、専門家としての緻密な分析から生まれた本書は、愉快で、躍動感にあふれ、なおかつ奥が深い。

社会性の種にしても、単独性の種にしても、昆虫たちはみなそれぞれ、過酷な自然界で生きていく上でのっぴきならない事情を抱えている。刺針昆虫をこよなく愛するシュミット博士は、各々の種が抱える事情を、「本人」目線に立って、まるで友人や隣人のことのように詳しく語って聞かせてくれる。みな生きることに一途で、文字通り必死なのだ。

とにもかくにも、ハチやアリのメスたちがすごい。そもそも、刺針を装備していて相手を刺すことができるのはメスだけ。なぜなら、刺針は産卵管から進化したものだからだ。また、メスは交尾を終えたあと、体内に精子を蓄えておけるので、オスが死んでからも、小出しにしながらずっとその精子を使い続ける。オス・メスの産み分けも意のまま。受精卵からメスが、未受精卵からオスが生まれるからだ。そして、オスに頼らずに、何から何までやってのける。単独性のハチやアリのメスは、わが子のために、自分の体重の何倍もある獲物を捕り押さえて、巣の中に運び込んでいく。また、社会性のハチやアリの新女王は、交尾を終えたあと、自分の体の脂肪やタンパク質を分解しながら、巣を作り、卵を産み、餌を集め、働きバチを育てあげるまでの間、たった1匹でコロニーの礎を築き上げる。生命にとっての究極の課題──未来に生きる自分の子孫を残すという任務──を全うする、ハチやアリのメスたちの逞しさ、健気さには、ただただ圧倒される。

本書には、私たち日本人にはなじみのない毒針昆虫も多数登場する。北米や中南米に生息するオオベッコウバチやサシハリアリなど、まさに綺羅、星の如しである。それぞれに異彩を放つ防御手段を進化させており、威厳を感じさせるものさえいるが、そんななかに混じって、どちらかと言うと嫌われ者として紹介されているのが、昨年、日本にも上陸して話題になったヒアリの仲間だ。著者によると、ヒアリ類は、殺虫剤などで生態系が乱された土地に隙あらば蔓延ろうとする、いわば「脚が6本生えた雑草のようなもの」だという。人間を刺すので怖がられる「真っ当なヒアリ」のほかに、その巣の脇に自分の巣を掘ってお隣から巧妙に搾取して生きる、目に留まらないほど小さな「盗っ人ヒアリ」もいるというから、昆虫の世界ははかりしれない。

ちなみに、ヒアリに刺されたときの痛みは、この痛みスケール(レベル1〜4)でレベル1。普通のミツバチよりも軽い痛みだという。ヒアリの毒の主成分は、ピペリジンというアルカロイド。古代ギリシャの哲学者、ソクラテスが飲まされたドクニンジンの毒の主成分によく似た化学物質らしい。同じヒアリでも、種によってピペリジンの構造に微妙な違いがあり、化学的性質がかなり違ってくる。その解明は「どんな推理小説にも引けをとらない謎解きミステリー」だという。

刺針昆虫の魅力を知り尽くしたシュミット博士が、その生活の裏側にまで踏み込んでヒミツを明かす本書は、小さな昆虫の体のなかに、自然界の不思議がいっぱい詰まっていることを教えてくれるかけがえのない1冊である。

2018年4月 今西康子

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