『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪! ?』世界は好きなように生きられるところだということ

版元の編集者の皆様2018年07月28日 印刷向け表示
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トレバー・ノア 生まれたことが犯罪! ?
作者:トレバー・ノア 翻訳:齋藤慎子
出版社:英治出版
発売日:2018-05-09
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どこにでも行けるし、なんでもできる、そんなふうに育ててもらった。
この世界は好きなように生きられるところだということ。自分のために声をあげるべきだということ。自分の意見や思いや決心は尊重されるべきものであること。そう思えるようにしてくれた。 

本の編集をすると、校正で繰り返し同じ内容を読むことになるわけですが、何度読んでもこの部分にはぐっときてしまいます。それはたぶん、世の中そう思えない人がたくさんいるのだろうなと思うし、自分だってそう思えなかったことがあるからです。そして、この著者の言葉とストーリーがあれば、そう思えるようになるかもしれないという希望を感じたからです。

壮絶な状況を生き抜く母と子の物語

『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』は、トレバー・ノアというコメディアンのエッセイ集です。2018年にはグラミー賞のプレゼンターをつとめ、アメリカでは知らない人はいないくらい大人気の彼ですが、本のなかで描かれるのは、コメディアンとしての躍進ではなく、彼が生まれ育った南アフリカでの日々です。

そして、その日々のなかで圧倒的な存在感を放つのが、彼のおかあさん。世界は好きなように生きられる。自分のために声をあげていい。人と違うかもしれない自分の気持ちを尊重していい。彼がそう思えるようにしてくれた人です。しかもそれをアパルトヘイトの真っ只中、黒人としてありとあらゆる権利をはく奪されたなかで。

なにしろ異人種間で性的関係を結ぶことが禁じられていたアパルトヘイト時代、父親が白人だったトレバー・ノアは、タイトルにあるとおり「生まれたことが犯罪」でした。
「好きなように生きられる」どころか、存在自体を隠して生きていかなくてはいけない状況。家は貧しいし、母の再婚相手の義父はDV男だし、学校では同じ属性の人のいない超のつくマイノリティ。

そんなハードな状況で、あるときはガラの悪い運転手に脅されて暴走するバスから飛び降り、あるときは他の部族の言葉を使いこなし(今のコメディアンとしてのモノマネ芸にもつながっている)、生き抜く母子の姿は圧巻です。

「体制に歯向かうな、からかえ」

彼らの人生の背後には、アパルトヘイトによる差別や偏見、暴力といった暗いものが、常に感じられます。差別されるとはどういうことか。差別をするとはどういうことか。権利を奪われるとはどういうことか。権利を奪うとはどういうことか。そういうことが、浮き彫りにされている本でもあります。

ただ不思議と悲壮感はありません。コメディアンだけあって、5行に1回くらいのペースで、ボケたりつっこんだりしているというのもあるのですが、なによりこの本を読んだあとに浮かぶのは、どこかきらきらした情景なのです。

おかあさんと行ったピクニックで食べた安い黒パンのサンドイッチ、いたずらに一喜一憂するおばあちゃん、スラムの友人と仕掛けたDJパーティー、無口な父との再会の時間、恋した女の子との別れ際。辛いはずの病室の場面でさえ、光が射しているかんじがします。

それはトレバー・ノアとおかあさんが、そういうふうに世界を見ていたからなのだと思います。「体制に歯向かうな、からかえ」。どんな状況でも、二人は筋の通らないルールを笑い飛ばして、一緒に抜け道を見つけていた。お互いを笑わせあって、お互いの世界に光をあてていた。この二人の生き方は、アパルトヘイト下の南アフリカでなくたって、いまの日本を生きるうえでも、ヒントになるのではないかと感じます。

世界は好きなように生きられる

今の出版の仕事につく前、少し海外で働いていたことがありました。海外の日本人コミュニティというのはとても狭くて、広い世界に出たつもりだったのに、出てみた世界はとても狭かった。東京で暮らしていたときには、避けていたような人やことと向き合わざるをえなかったし、かといってここでくじけて帰ったら、もう生きていけないような気もしていました。

そんなときに、悶々と悩む日々から私をひょいとひっぱりあげてくれた、二つの言葉があります。ひとつは、仕事で一緒になったとても偉い人の言葉。
「楽しくないなら、やめちゃえばいいんだよ。ここじゃなくたって、世界はいっぱいあるから。僕はこのとおり好きなことしかしてないから、健康そのものだよ」

もうひとつは、現地の同僚がかけてくれた言葉。
「きみは自分のために声をあげるべきだよ。僕らの宗教では、理不尽なことをされていると感じた人自身も、声をあげる義務があるんだよ」

とても個人的な話ですが、冒頭に挙げた箇所にぐっとくるのは、彼らの言葉に背中をおされたときの自分を思い出すからなのかもしれません。

でもこういう個人的な話は多くの人が持っている気がしていて、今いる世界以外のところがあることを想像できなくなったり、自分のために声をあげることを思いつけなくなったりしたときに、この本が「どこにでも行けるし、なんでもできる」、そう思えるきっかけになるといいなと考えています。

安村 侑希子 英治出版プロデューサー。コンサルタントを経て現職。
これまで担当した本は、『なぜこの人はわかってくれないのか』『アフリカ 希望の大陸』『夢とスランプを乗りこなせ』など。 

 

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