HONZ in APU① 立命館アジア太平洋大学、そこは天空のキャンパスだった!

首藤 淳哉2018年08月06日 印刷向け表示
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ふるさとに特別な思い入れを持つ人は多い。

以前、会社を辞めて雪深い新潟にUターンした先輩の家を訪ねたことがある。鈴木牧之の『北越雪譜』(岩波文庫)を読んで、いちど豪雪地帯の暮らしを見てみたかったのだ。先輩は満面の笑みでぼくを出迎えてくれ、その日の晩は、地元産の美味しい食材をふんだんに使った料理が次から次へと出てくるわ、地元の日本酒やワインがグラスの空く暇もないほどジャブジャブ注がれるわと、たいへんな歓待を受けた。

ところが、である。「食った、食った~」と大満足で腹をさすっていると、奥さんが「メインのお鍋の用意ができましたよ~」と土鍋両手にいそいそとやってくるではないか! メ、メイン!?「シメはおじやもできるし、麺もあるわよ。あ、あなたの体格じゃ足りないかしら。カレーもあるから遠慮なく言ってね、うふふ」

(うっぷ…さすがに、もう無理!)
トイレに行っているふりをして、廊下の途中で見つけた座敷に逃げ込み、ゴロンと横になってウンウン唸っていると、ガラッとふすまが開き、鬼の形相の先輩が仁王立ちしていた。その時、先輩の放った一言が忘れられない。

「立てっ!おめーのそのデカい図体は、見せかけか――っ!!」
その後、暖炉の前で、地元の名水で割ったご自慢のウィスキーを飲まされている時は、ほとんど意識朦朧となっていた……。

だが、いまとなってはあの時の先輩の気持ちが痛いほどわかるのだ! 客人が来たとなれば、とことんふるさとの素晴らしさを知って帰ってもらわなければなるまい。あれも見せたい、これも食べさせたい、指折り数えているうちに、むくむくと強い使命感がわきあがってくるのだった。

このたびHONZ一行で別府を訪れることになった。何を隠そう、ぼくは大分県出身。しかも別府は、小学生時代を過ごした思い出深い場所だ。立ち込める湯煙の中、ランドセルを背負って元気に駆けていく可愛らしい少年を思い浮かべていただきたい。別府での日々は、ぼくの心の奥のいちばん柔らかい場所にしまわれた宝物のような思い出なのだ。

美しい別府の夕景

そんなふるさとにHONZの仲間たちが客人としてやって来るというのだ。その話が持ち上がった時に、ぼくの胸にわきあがった使命感を一言で表現すれば、こうなるだろう。「ふるさとの良さがわかってもらえるまで、絶対に帰すものか!!」。

そんなわけで、鬼教官としては新兵…じゃなかったHONZメンバーが来る前に入念に下見をしておかなければならないということで、前日入りで彼らを待ち受ける。油断しきったメンバーたちは、フェリーさんふらわあで瀬戸内の船旅を満喫しながら来る者、国東半島の大分空港に降り立つ者など、三々五々集まって来ることになっていた。

さて、彼らを待っている間に、少し別府の説明をしておこう。別府はいうまでもなく日本一の温泉地である(異論は受け付けない)。湧出量は毎分8万7360リットルと膨大で、全国に2万数千ある源泉のうち、約1割にあたる2,291もの源泉がこの別府にある。

市内の公衆浴場「竹瓦温泉」

「別府八湯(はっとう)」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれない。ひとくちに別府と言っても、主に八つの温泉で構成されており、なんとそれぞれの泉質が違うのだ(専門的にはさらに細かく43種類もの泉質に分けられるという。ちなみに温泉の泉質というのはトータルで100種類ほどあるそうだ)。

別府は緩やかな坂の町で、街を挟んで両側に断層が走っており、その上に各温泉が位置している。別府湾を背に山に向かって右側に並ぶのは、山側から明礬(みょうばん)、鉄輪(かんなわ)、柴石(しばせき)、亀川(かめがわ)温泉である。一方、左側に並ぶのは、山側から堀田(ほりた)、観海寺(かんかいじ)、別府、浜脇温泉だ。

これだけバリエーションに富んだ温泉地は、世界的にもみても珍しいらしい。なぜそんな温泉地が誕生したかといえば、先ほどの断層も含めた別府特有の地形がおおいに関係している。以前、『ブラタモリ』で別府が取り上げられた際、タモリさんのテンションがいつになく高かったのを思い出す。たしかにマニアにとっては垂涎の地形だろう。詳しくは『ブラタモリ12 別府 神戸 奄美』(角川書店)をお読みいただきたい。

そんなユニークな温泉地に、これまたユニークな大学が誕生したのは、2000年のことだ。その名は立命館アジア太平洋大学(通称:APU)である。今回のHONZ一行の旅の主たる目的は、このAPUを訪問することにあった。APUの現在の学長は、HONZの客員レビュアーでもある出口治明氏である。 

どんな方か、もはや説明は不要かもしれないが、詳しく知りたいという人はぜひ、出口さんの著書『全世界史』文庫版に収録されている、東えりかのリスペクトの思いにあふれた解説を読んでほしい。そのお人柄といい、教養といい、大人(たいじん)というのはまさにこういう人のことを言うのだろうなと思わされる人物だ。

そんなわけで、HONZメンバーはこぞって出口さんを尊敬しているため、当初の我々のノリは、ごく単純に、「わーい、出口さんに会える♪」という雰囲気であったと思う。もちろん出口さんにお目にかかれるのは大変に嬉しい。だが、やがて我々HONZ一行は知ることになるのだ。APUという大学の凄さを……。

さて、そんなことを知る由もないHONZメンバーは、APU訪問当日、各自現地集合ということになっていたのだが、初めて訪れるメンバーたちはきっと驚いたに違いない。バスでもタクシーでもいいが、とにかくグングン山の上へと登っていくからだ。

たとえば別府市内の中心部からのルートだと、途中に明礬という温泉がある。ここは天然の入浴剤である湯の花をとるための小屋が並んでいて、なかなかの秘湯風情を醸し出しているところなのだが、運転手はおかまいなくここを通過する。やがて何もない草原が現れ、いい加減不安をおぼえはじめたところで、いきなり美しいキャンパスが出現するのだ。

海抜は300メートルを超え、ここより上にはもう、十文字原展望台という恋人たちが夜景を観にくることで有名なスポットしかない。まさに天空のキャンパスである。 

ここで現在、5963名の学生たちが学んでいる。その内訳は、世界88カ国・地域からの国際学生3008名と国内学生2955名(2018年5月1日現在)。国際学生はいわゆる留学生で、国内学生には在日外国人も含まれる。国際学生の比率は実に50%を超えるが、これで驚いていてはいけない。学生の比率だけでなく、APUでは教員も約半数が外国籍の教員である。授業は日本語と英語の二本立てだ。

ところで、今回の訪問前、HONZのメンバー間を、フェイクニュースが飛び交っていた。そもそもの発信源は塩田春香である。

塩田がさる筋から入手した情報によれば、APUのキャンパスにある噴水は、訪問客の“格”によって、高さが変わるのだという。つまりVIPでは高々と吹き上がるということである。しかもそのスイッチは学長室にあり、出口学長自ら高さを微調整しているというのだ!!

正直に告白しよう。この情報を目にした時、ものすごく動揺した。日頃、報道記者経験があるとか言っているクセに、である。それはメンバーも同様で、すかさず内藤編集長が動いた。「ほぼ日」がAPUを訪問した際の噴水の写真をすぐさま共有して「これを基準にしよう」と呼びかけたのである。さすがHONZの編集長!冷静である。

そんなわけで、当初はメンバーと顔を合わせた途端に、「ほら、あれが野生のニホンザルの餌付けで有名な高崎山、あっちに見えるのが国東半島で……」などとガイドしまくってやろうとやる気満々だったのだが、それどころではなくなってしまった。噴水の勢いがすごく気になる。てか、そもそも水は上がっているのだろうか?料金を支払う間ももどかしく、タクシーから転げ出ると真っ先に噴水のもとへと駆け寄った!そして、我々を待ち受けていた光景とはーー!? 

び、びみょーーー!!!

この高さをどう判断すればいいのか。笑顔にたとえるなら満面の笑みでなく“半笑い”のような高さである。学長室の光景が頭に浮かぶ。隠し扉が開くと、そこには金庫ではなく噴水制御盤があり、出口学長がつまみをいじりながら水勢を微妙にコントロールしている光景である。その時、出口さんはこんなセリフを口にしたに違いない。
「ま、HONZの連中やったら、この程度でええやろ」

これは、はたして歓迎のメッセージなのだろうか? のっけから動揺がおさまらないまま、学食へと向かった。きょうの予定は、学食でランチをいただいた後、学生たちのガイドのもとキャンパス内を見学し、その後、読書に関するワークショップにのぞむことになっている。

学食のメニューでまず目につくのは、ムスリム(イスラム教徒)の学生に向けたメニューである。

ハラールは食材だけでなく、専用食器もあるなんて知らなかった。しかもメニューには洋食から和食まである。さすがスーパーグローバル大学である。せっかくなので、ムスリムフレンドリーメニューの中からタイカレーをいただいてみたが、すごく美味しい。恵比寿あたりのカフェで出されていてもおかしくないレベルである。かつて自分が通っていた大学の、味はいまいちだが、安くてボリュームだけはある学食を思い出した。いま、あんなレベルのものを出していたら、学生にそっぽを向かれてしまうだろう。

美味しいランチをいただいて、ようやく平静を取り戻した。さあ、次はキャンパスツアーだ。その模様は、次回!! 

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