『大英帝国の歴史』イギリスの人気歴史家、ニーアル・ファーガソンの出世作がついに翻訳!

鰐部 祥平2018年08月28日 印刷向け表示
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大英帝国の歴史 上  -  膨張への軌跡 (単行本)
作者:ニーアル・ファーガソン 翻訳:山本 文史
出版社:中央公論新社
発売日:2018-06-07
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『憎悪の世紀』『マネーの進化史』『文明』などで有名なイギリスの歴史家、ニーアル・ファーガソンの新刊である。最も本書は本国イギリスで2003年に出版されていた作品だ。連動して制作されたテレビ・ドキュメンタリー『EMPIRE: How Britain Made the Modern World』ではニーアル・ファーガソン自身が番組の案内役として出演し英語圏各国で多くの視聴者を得た。まさに、ニーアル・ファーガソンの出世作といっていい作品なのである。

そのテーマも壮大で、400年に及んだイギリス帝国の発端から終焉までを政治、軍事、経済、宗教と縦横無尽に駆け巡り論じ、ミクロとマクロの視点を交互にしながら、なぜイギリスが大帝国を築くことができたのか、そして、イギリスが作り上げた帝国は歴史上どんな意義があったのかと、問いかけていく。

特に2点目の帝国の意義という問いかけは大変に難しいものであろう。現代社会では、基本的に植民地支配は悪だというコンセンサスが存在する。著者は植民地政策のネガティブな側面も見据えつつ、それでもイギリス帝国を「最初のグローバル帝国」として肯定的に捉えなおし、英語圏の人々に提示して見せたのである。

イギリスの視点で描かれた植民地支配の記述は、非英語圏の読者には反発をおぼえる箇所もあることは確かだ。特にイギリス以外の帝国を人道的に劣った帝国として描いているため、ドイツ、フランスなどはかなり辛辣に描かれているし、日本にいたっては「ボロクソ」という感がすらある。訳者の山本文史は、この点を分析しこう説明する。「紳士」「淑女」のイギリス人は、本音をむき出しにする事が少ないのだが、この日本への見方は「イギリス人の本音であろう」とし、「ファーガソンならではの挑発的な書き方」であり、本書の長所でもあり、短所でもあるとしている。

本書でファーガソンが何度も引用した「ブリトンの民は、絶対に、絶対に、絶対に、奴隷にはならない」という愛国歌『ルール・ブリタニカ』。ここで謳われていた精神が、シンガポール陥落により崩れ去り、捕虜は奴隷のような扱いを受けた。そして、この事がきっかけでイギリス帝国は崩壊へと向かう。山本文史は「イギリス人は、それを強く表に出すことはあまりしないが、日本人に対して敗戦意識を持っているのである。」と喝破する。

よって日本人の読者諸氏は、あまり沸点低く大日本帝国への辛辣な指摘に反応するのではなく、イギリス人がどのように近代史を捉えているかという視点を持って読むべきであろう。そうすることで、私たち自身が「日本」から見た近代史という視点のみにとらわれる事を防ぐきっかけとなるはずだ。

イギリス帝国へと続く物語の始まりに著者はヘンリー・モーガンというウェールズ出身のバッカニアー(海賊)のストーリーから始める。1663年12月、ニカラグア湖の北方にあるスペインの前哨基地グレン・グラナーダにヘンリー・モーガンが壮絶な攻撃を行う。海賊たちは300名以上の男を捕虜にしてスペインの船すべてを沈め16時間以上も略奪を続けた。この瞬間イギリス帝国がスタートする。バッカニアーたちは単なる泥棒で、植民地を得る目的も、大規模な移民を意図していたわけではないが、王室は宿敵スペインに対し安上がりな戦争遂行手段として海賊に着目する。

よくイギリス帝国は「意図することなしに」築かれたと言われるが、著者は当時のイギリスの戦略を様々な角度から分析し、帝国を巡るヨーロッパ各国の競争に出遅れたイギリスは、積極的に他の帝国を模倣しており「意図することなしに」とは言いがたいと結論する。無論、当初から地球の陸地の4分の1を占める大帝国を目指していたわけではないが、偶然の結果だけで、繁栄したわけではないことを見事に印象づける。

ヘンリー・モーガンには面白い続きがある。彼は海賊行為で巨万の富を築くのだが、故郷に凱旋し、紳士の仲間入りを果たすのではなく、その資金をジャマイカの不動産に投資し、サトウキビを大規模に栽培する。略奪によって富を蓄えた帝国は、砂糖によって更なる前進を遂げていく。

他にも面白いエピソードしては、1750年代に世界の覇権を巡って戦われた7年戦争でイギリスがフランスに勝利できたのは、イギリスの借金力であったとする分析などは、さすがは『マネーの進化史』の著者だと思わせる。イギリスは低金利の国債を市中の投資家に売り出し、戦費の3分の1以上を借り入れで賄っていたのに対し、フランスは戦費不足を寄付、増税、盗むといった手段でしか手にできなかった。まさに金融制度が戦争の勝敗を決定付けたのだ。これは1579年にスペインの頚木から解かれ、公的債務や中央銀行制度など急速に先進的な金融革命を行ったオランダの制度をウィリアム3世の時代に積極的に取り入れ、自国に根付かせ発展させる事に成功した結果だ。

また植民地への移民に家族を同伴させる事を推奨し、アメリカ大陸ではイギリスの文化を丸ごと移植する事に成功。さらに入植地での出生率の高さを維持する事も可能にした。こうした事が、先住民の人口が少なかったアメリカ大陸などで、イギリス帝国の反映に繋がる事になる。一方でスペインの入植者は独身の男性エンコメンデーロである傾向が強く、セックスパートナーを現地民の女性か奴隷女性に求めた。数世代後にはムラートメスティーソが人口に占める割合が高くなる。イギリスが新大陸で自国の法体系やヨーロッパ文化を維持できたのに対し、スペインの植民地ではそれができなかったのである。

と、ここまでは、「なぜイギリスだったのか?」という、イギリスの繁栄に対する分析である。本書の前半部分は繁栄にいたった道の分析に多くが割かれる。中盤では「白禍」、すなわちイギリス帝国の負の側面に紙数が割かれる。物理的な虐殺から、インドやアフリカで行われ文化の抹殺(劣った土着宗教や文化を矯正する事こそが使命と考えたヴィクトリア朝時代の宣教師たちが行った善意による負の遺産)など様々な観点からイギリス帝国の負の遺産を検証する。

後半はイギリス帝国が残した価値ある遺産を有形、無形に渡り具体的な数字を駆使しながら取り上げている。例えば奴隷制の廃止運動や、インド人官僚の育成、海底ケーブルの設置、グローバル経済の創出、法の支配、自由主義といった価値観の普及などが細かく検証されていく。が、この後半部は様々なイデオロギー論争を巻き起こす可能性がある。この後半をどう評価するべきだろうか?是非、一度本書を読んで皆さんも考えて欲しい箇所である。

良くも悪くもイギリス帝国の遺産の上に現代社会は成立している。イギリスは確かに優れた制度や思想を今日の私たちに提供している。だが歴史とは複雑なもので、現代社会の負の面もまたイギリスの統治下に撒かれたものが多い。どちらの面を強調するかで、イギリス帝国は善にも悪にも容易に転びうる。しかし、現実は様々に絡み合った諸要素が紡ぎだしたものである以上、対象国の一側面だけを強調していては、全体像を見失うし、誤った価値観や、一方的な像悪を助長し、社会をより不幸な方へと誘導してしまう事にもなる。しっかりしたデータとロジックを駆使した歴史書を、それも多角的視点から検証した本を多く読むことで、そのような自縛から自らの思考を守っていく必要があるだろう。
 

大英帝国の歴史 下  -  絶頂から凋落へ (単行本)
作者:ニーアル・ファーガソン 翻訳:山本 文史
出版社:中央公論新社
発売日:2018-06-07
マネーの進化史
作者:ニーアル ファーガソン 翻訳:仙名 紀
出版社:早川書房
発売日:2009-12-01
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憎悪の世紀 上巻―なぜ20世紀は世界的殺戮の場となったのか
作者:ニーアル・ファーガソン 翻訳:仙名 紀
出版社:早川書房
発売日:2007-12-20
憎悪の世紀 下巻―なぜ20世紀は世界的殺戮の場となったのか
作者:ニーアル・ファーガソン 翻訳:仙名 紀
出版社:早川書房
発売日:2007-12-20
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文明: 西洋が覇権をとれた6つの真因
作者:ニーアル・ファーガソン 翻訳:仙名紀
出版社:勁草書房
発売日:2012-07-06
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劣化国家
作者:ニーアル ファーガソン 翻訳:櫻井 祐子
出版社:東洋経済新報社
発売日:2013-09-20
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