本書はジャイロモノレールについての概説書である。ジャイロモノレールとはレールが一本の鉄道の名称である「モノレール」にジャイロスコープを利用し、無支持で走行できる安定性を付与したものになるが、この技術は20世紀のはじめ頃(1900〜1910年)に開発され、その後大戦に突入したことで開発は中断。そのまま、それを成立させる技術も失われてしまっていた。
もともとモノレールが1レールで移動できるので、鉄道と比べれば2倍の輸送効率となり、ジャイロモノレールは既存の鉄道レールの上に乗っかってバランスをとることもできれば、それ以外の場所でもレールを一本置くだけで走行できるなど、敷設費が安くおさえられる利点がある。ジャイロスコープを用いた車体の構築など、本体費用は多額という難点もあり、一長一短ではあるものの、使い所はあるとみられていた。だが、一度開発が中断した後、再度この技術を再現しようとする人は長らく現れなかったようだ。そのため、失われた技術どころか、記録には残っているもののあれは演出用のトリックであり、実現は不可能と噂されるレベルだったらしい。
では、本書は失われた技術に対する懐古的な解説書なのかといえばそうではない。これは、普段は作家として知られる森博嗣氏が、個人研究としてジャイロモノレールに興味を示し、機構について調べてみると理屈上はそれが成立することがわかり、実際に試してみたらジャイロモノレールを再現できました──という、失われた技術の再現過程について綴られた一冊なのである。また、別に森氏はこれを企業に所属して潤沢な予算を与えられてやったわけでもなく、あくまでも個人の工作・研究の範囲で挑戦しており、個人研究としての観点のおもしろさも語られてゆく。
森氏がジャイロモノレール研究をはじめたのは2009年頃のこと。たびたび日記やエッセイなどで言及があったのでその活動自体は知っていたのだが、今回一冊の本を通して、ジャイロモノレールを成立させる理屈ついて、個人での工作の過程、試作機についてひとつひとつ詳細に語られていく様はワクワクさせられるものがあった。理屈をみて「これはいけるのでは」と判断してGoの判断をくだすところなど、未知の領域に踏み出す”研究”のおもしろさに満ち溢れている。
ネットでは世界中の文献を調べることができる。便利な時代になったものである。まずは、イギリスのBrennanという人物が作った模型を見にいった。ヨークの国立鉄道博物館にある。当時の写真も数枚残っている。また、特許を取得しているので、その図面も入手することができた。一部だが、運動方程式から導いた原理の数式もあった。これらを展開してみると、どこにも「トリック」はない。
こうして、理論的な方面からトレースした結果、「これは可能なのではないか」という確信を持った。「トリック」だと疑われているし、今まで誰も再現できていない。しかし、少なくとも理屈は正しい。
理屈が正しいのであれば、それを試す価値はある。たとえ仮にうまくいかなかったとしても、それはそれで別の知見に繋がるだろう。本書では前半50%ぐらいを、ジャイロモノレールを成立させる機構について──それは、電子回路などが存在する以前の時代なので、純粋にモータや歯車といった機構によって成立しており、個人で十分再現可能なものだ──の解説を行い、後半ではそれを受けて、森氏が挑戦したジャイロモノレール試作機たちの挑戦の歴史が解説されていく。
そこで描かれていくのは現代に生きるものにとってはほぼ未知の領域へと突き進んでいくおもしろさである。『研究は、学ぶことではない。学ぶことは既に誰かが知っている情報にすぎないが、研究して求める情報は、まだ世界のどこにもない、誰も知らないものなのである。』僕はそもそも「ジャイロ効果」ってなんなんだ? コマはなぜ倒れないのか? をろくに理解していないところから読み始めたのだが、特に複雑な数式があるわけでもなく、シンプルな表現の積み重ねでその理屈が解説されていくので、すっと全体を理解することができた。仮に一度読んでよくわからなくても、繰り返し読めばその意味するところが理解できるように書かれている。
ジャイロモノレールは今となってはより早く、より実用的な技術が出てきた関係上商用で積極的に用いられるような技術ではなくなってしまったが、その機構を理解することは今でも十分楽しい経験となるだろう。森氏のホームページにはジャイロモノレール関連の資料も揃っているから、動画などをみてみるといい。機構が珍しいのもあるが、作っている姿がとても楽しそうだ。
www.ne.jp/asahi/beat/non/loco/gyro/gyroindex.html