『幸福とは何か -思考実験で学ぶ倫理学入門』快楽説、欲求実現説、客観リスト説

山本 尚毅2018年10月26日 印刷向け表示
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幸福とは何か (ちくまプリマー新書)
作者:森村 進
出版社:筑摩書房
発売日:2018-09-06
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「幸福とは何か」と思い耽ったときに、まっさきに読みたい本である。幸せの数値化にこだわる社会科学や幸せのメカニズムを科学するポジティブ心理学は、どういうときに幸福になるか、何が幸せの実例かは説明してくれるが、幸福の概念を過不足なく解明してくれるわけではない。本書の特徴は幸福の概略、そもそも論に取り組んでいることだ。そう、哲学しているのである。

幸福は、古今東西で哲学されてきた重要な問題だった。プラトン、アリストテレス、ベンサム、ミルとこのテーマに取り組んだ哲学者は数多い。そして、近年では、「快楽説」「欲求実現説」「客観的リスト説」の3つの陣営に分けられ、哲学者や倫理学者によって活発に論じられている。それぞれの説について短く紹介すると、以下のようになる。

快楽説:幸福とは快い心理状態のことだ。だから、ー人がどれだけ幸福であるかは、その人がどれだけの快楽を経験しているかで決まる。
欲求実現説:欲求が満たされれば幸福になれる。だから、われわれの幸福は自分が望んでいることに依存する
客観リスト説:幸福を構成する要素が複数存在する。幸福の内容は人々の信念や欲求とは独立している。

アカデミアの仲間内では、この3つが暗黙の前提として共有されているのだが、一般向けに平明に解説された書籍は本書がはじめてである。

実際には、生き方を3つの陣営のどれかに当てはめることは難しい。どの説も長所と短所があり、簡単に分類しできない。そのため、いいとこ取りをした折衷案も登場しており、本書では1章を割いて紹介される。

さらに、時間というものさしをあてると、思考がさらに深まる。今の幸せが大切なのか、ある時期の幸せが大切なのか、生きてきた今までの人生全体か、それとも死ぬまでの人生全体か、どの尺で、幸福を想定するかによっても考えは違ってくる。また、平均的な幸福が続く人生と山あり谷ありでも人生を通じた総幸せ量を追求する生涯、はたしてどちらがいいのだろうか。

そして、なんといっても目玉は思考実験である。普遍的でテーマ(一度は脳裏をよぎったことがありそうなものばかり)で親しみがありつつも、深い思考実験に誘う。「もし◯◯◯だったら…」と実際に自分の人生に起こった事柄とは別の幸福の可能性を想像することである。長くなるが、その一つを紹介しよう。

同い年の寺井さんと富山さんはともにリスクを恐れない起業家であり、同じ程度の努力と投資を行った寺井さんの事業は多年にわかる失敗にもかかわらず最終的には大成功し、寺井さんは若くして事業を退いた後その利益によって悠々自適の生活を送っている。一方富山さんの事業は結局成功を見なかったが、たまたま拾った宝くじが一等に当せんしたため、予想もしなかった大金を手に入れた。おかげで富山さんも寺井さんも同程度に豊かな生活を送っている。

富山さんの起承転結のはっきりとした一つの作品のような人生を望ましいと考える場合、物語的統一性に価値をおいている。いっぽうで、「明日は明日の風が吹く」とその日その日を大切に過ごす人にとっては寺井さん、富山さん、それぞれの人生にどう優劣をつけるのだろうか。

本書では答えは提示されていないが、物語的統一性は外側からの客観的な価値であり、そもそもそのような価値があるのかは、論者や文化によって意見が別れるとされる。人生の物語に対して、批判的な眼差しが向けられている。

いっぽう、この物語統一性が、経済学でいうサンクコスト(埋没費用)を説明し、さらに正当化する可能性さえ持っているという指摘がされる。なぜ、我々がサンクコストにとらわれるのかというと、生き方の一貫性を保つためである。そのために、サンクコストを許容することは、決して不合理ではないのかもしれないと。

議論の道筋がわかりやすく、考えることが苦手な人でもついていける入門書である。寝っ転がりながら読める気軽な本だ。わかっていなかったことが言語化できることで、思考がアップデートされる。また、読んでいる最中に、知らぬ間に抱いていた暗黙の前提と思考の癖に気づかされる。さらに、ついつい人と自分を比較してしまうときに、本書で紹介される幸福の考え方の違いを思い出せば、嫉妬心や劣等感にさいなまれる前に冷静さを取り戻せる、かもしれない。

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幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)
作者:青山拓央
出版社:太田出版
発売日:2016-09-14
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 より詳しく、考えたい人にはこちらの本がおすすめ
 

幸福の研究―ハーバード元学長が教える幸福な社会
作者:デレック・ボック 翻訳:土屋 直樹
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幸福度をはかる経済学
作者:ブルーノ・S・フライ 翻訳:白石 小百合
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