『東西ベルリン動物園大戦争』きわめて人間くさい動物園の物語

西野 智紀2018年11月06日 印刷向け表示
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東西ベルリン動物園大戦争
作者:ヤン・モーンハウプト 翻訳:赤坂桃子
出版社:CCCメディアハウス
発売日:2018-09-01
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動物園業界には、「動物園人」という言葉があるらしい。動物や動物園のことを心から愛し、常に探究心と誇りを持って一生懸命動物園のために取り組む人のことを指し、時として人よりも動物相手のほうがうまくやっていける人間でもある。

本書はこの動物園人たちを主人公とする骨太ノンフィクションだ。舞台は東西に分断されていた時代のドイツ・ベルリン。この都市には、壁を挟んで、二つの動物園が存在していた――西のベルリン動物園と、東のティアパルク。両動物園は、娯楽施設というだけでなく、2つの異なる社会体制のシンボルでもあった。そして興味深いことに、この二つの動物園の園長は、お互い反感を抱き合い、ライバル視していたのだ。

まずは東側の園長、ハインリヒ・ダーテから紹介しよう。子どものころから故郷で鳥類観察に精を出していた彼は、ライプツィヒ大学で動物学を研究する熱心な動物学者であり、その一方でライプツィヒ動物園にて助手として働き、20年近くかけてライプツィヒ動物園園長代理の地位までのぼりつめた動物一筋の男である。

転機が訪れたのは1954年、首都に新しい動物園をつくるという計画が浮上したときだ。園長代理としてベルリンに差し向けられた43歳のダーテは、候補地の一つであるフリードリヒスフェルデをいたく気に入り、自ら園長となって、翌1955年、新動物園・ティアパルクをオープンさせる。「動物園は専門家のためではなく、入園者のために建設しなければならない」という独自の動物園哲学のもと、大規模な工事を行い、その広さは最終的に西のベルリン動物園の5倍以上となった。

さてベルリン動物園であるが、こちらはティアパルクとは違い、1844年に創設された、ドイツで最も歴史ある動物園で、戦火で焼けてしまうまでは、1400種4000頭を展示する、世界で最も多様な種を誇る動物園でもあった。

再建後のベルリン動物園で、1956年に園長の座に就いたのが、ハインツ=ゲオルク・クレースだ。獣医である彼は30歳前にしてドイツ西部のオスナブリュック動物園園長となっていた新進気鋭の若者で、そこでの手腕が評価されたのであった。

しかし、110年の歴史があり、飼育員の中には戦前から働く者もいる中で、若いクレースが指導力を発揮するのは容易ではない。それでも彼は、監査役会に取り入って、伝統を重んじつつも組織の若返りのための改革を推進した。すでにベルリン動物園は、ティアパルクの開園一年で、入園者数が前年比で8万5000人も減少していた。

同じ街にある、もう一つの動物園。お互い意識しないはずがない。ティアパルクのダーテが「世紀の動物」パンダを呼び名声を高めたと思えば、ベルリン動物園のクレースは新しい類人猿館の建設計画をスタートさせる、といった具合だ。二人とも動物の収集にかける情熱は凄まじく、動物舎の心配は二の次だった。1961年8月13日に東西ベルリンの境界が封鎖され、壁が築かれると、ダーテとクレースは二つに分かれた縄張りのボスジカとして、政治と時代の渦に飲み込まれていく……。

冒頭でも書いたが、本書は言うなれば病的なほどに動物と動物園のことしか考えていない業界人の話である。ダーテとクレースはお互い不快感を持っていたが、動物園の益を最優先に考える点では共通していた。例えば、二人とも朝起きてから夜寝るまで動物園経営に釘付けであるため、家族を顧みることがほとんどなかった。

また、彼らは厳しい階級構造の支配者であるがゆえに、いかなる非難も聞き入れないという面があったが、一方で政治には無頓着でもあった。ダーテは東ドイツ終焉まで自分が秘密警察シュタージの監視対象であるとはそれほど感じていなかったし、クレースは1970年にヘルマン・ゲーリングの親友でナチでもある元ベルリン動物園園長をドイツ動物園園長連盟の名誉会員に推薦したことがある。

そもそも、国だけでなく首都までも分断され、下手すれば軍事衝突もあり得る政治的緊張の最中の時代にもかかわらず、本書に登場する人々はあっけからんとしていて可笑しみがある。ティアパルクの若い監視員がシカ科最大の動物ヘラジカの輸送箱に隠れて西ベルリンに逃げるという切迫しているのにどこか滑稽な脱出劇や、ライン川に現れたシロイルカ「モビィ・ディック」を捕獲しようと奮闘する狩猟家園長のエピソードなどがそうだ。それらを描く著者の筆致も静かで恬淡としていて、さながら群像劇小説のようだ。

著者は1983年ドイツのルール地方生まれのフリージャーナリストで、この本の執筆のためにドイツ各地の動物園と関係者を取材し、公文書館を虱潰しに調べて回ったそうだ。本書について彼は謝辞でこう述べる。

真実というものはつねに一つではない。話題性が高く、今日にいたるまでさまざまな感情が渦巻いているベルリンの二つの動物園の話となれば、なおさらだ。そこで私がめざしたのは、両動物園の関係と主要人物を、できるだけ多面的で多彩なモザイクとして描き出すことだった。

本稿ではダーテとクレースしか名前を挙げていないが、本書は動物の魅力ではなく動物園内の人間ドラマに力点が置かれているため、人名が頻出する。おまけに聞き慣れない地名も出てくるので、読み進めるのがなかなかに大変だ。しかし、巻頭には地図や主要人物表が備えられ、章のはじめにもその章の時代と登場人物表も載せられているので、時間はかかるが理解が困難ではない。

加えて、監修の黒鳥英俊さんによる「動物園の歩き方」というガイドが各章末に添えられているのだが、これが日本とドイツの動物園事情の架け橋となって、読者との距離を大きく縮めてくれている。翻訳ノンフィクション入門として最適なうえに、動物園の物語なのに終始人間くさいという、きわめてユニークな一冊だ。 

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