『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ヒップでポップで、最高にかっこいいパンクなかあちゃんにインタビューしてきた!(その2)

2019年6月29日 印刷向け表示
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

作者:ブレイディ みかこ
出版社:新潮社
発売日:2019-06-21
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 ブレイディみかこさんのインタビュー第2回は、住んでいる場所の環境、そしてブレイディさんを育んだ音楽のことをお聞きする。 (第1回) (第3回)

 

ブライトンのこと 

ー私はブライトンという町について全く知らなかったので、地図から探してみたのですがロンドンの南なんですね。

ブレイディ:そう、繁華街は海の近くにありますが、うちは海からバスで2・30分くらい離れたところの高台です。海辺はもともとリゾートで、ゲイカルチャーがさかん。ヒップで、おしゃれな店がたくさんある場所です。芸能人が別荘を持っていたり、芸術家たちなどが移住してきたりして、高級住宅地であり、リベラルで意識の高い人が住んでいるところになります。

でもうちのまわりは普通の人たちが住んでいる場所です。とても住みやすい街だと思いますよ。ロンドンから快速に乗ってしまえば1時間で着くし、適当に都会で海があって山があって、公園も多いし緑も多いし。まあ、イギリスの電車ですから遅れることは多いですけど。

ー前作の『子供たちの階級闘争』を読んでいたイメージだと、ちょっと荒くれた雰囲気のところだと思ってました。

ブレイディ:昔は大きな工場があるような地域だったようですが、いまその跡地は広大なスーパーマーケットになっています。産業が廃ってしまい。跡地は商業施設になったり駐車場になったりしてますね。

ウチは戦後開発され整備された元公営住宅地で、後のサッチャー政権のときに売りに出され、いまでは個人で土地を買った人もいるし、もともとの公営住宅のまま家賃を払っている人もいます。

その元公営住宅地より高台に行くと、高層住宅が何棟か建っていて、ここは今でも公営団地です。いわゆるシングルマザーや、生活保護を受けて住宅補助をもらっている貧困層がそこに閉じ込められている感じです。何代にもわたってそこに住んでいる人もいて、みなそこは貧困層の人が住んでいると知っている、階層化されているんですね。各自治体にそういう建物が点在してます。

階級化される住宅事情の歴史

ブレイディ:ブレア政権下でそういう公営住宅が建設されなくなり、最近では貧困層が住む場所が足りなくなって、民営のアパートなどを自治体が借り上げて住まわせたりしています。でもそういう場所は問題の多い家族だとまわりから文句が出たり排除されたりするので、近年は役所が選別して住まわせているのではないかな、と思います。

生活保護を受けなきゃならない、あるいは失業保険をもらわないと生きていけない人は、役所にいって「とにかく金がない」と預金残高証明書をみせて、それが認められると住むところがあてがわれるのです。与える側が相手を見て、場所を選ぶので、そこに住む人たちへの差別がソーシャル・アパルトヘイトになっていくわけですよ。

私が住んでいる元公営住宅地は、セミディタッチドハウスと言って、もともと二階建ての家がふたつくっついているような形で、奥は庭が繋がっている、よく映画などでロンドンの郊外を映したときに見る家が連なっているところです。ただ民間と少し違うのは、レンガ造りがではあるんですが装飾性がまったくなくて、立方体を真ん中から切ったような建物なんです。安く作るために見た目は箱なんですよ。曲線的な出窓なんかがない。

こういう街は第二次世界大戦後の選挙で、チャーチルが負けて、労働党政権が樹立されたときに、戦争が終わって戻ってきた人に住宅と医療、教育はきちんと提供しようという政策から始まっています。社会主義的な政策で、イギリスの政治を「ゆりかごから墓場まで」って習いませんでした?あれをつくったのがこの政権です。医療も国民保健サービス(NHS)を作ったし教育も無償化に向けて進みだし、公営住宅もバンバン建てているのです。

時の保険大臣アナイリン・ベヴァンは炭鉱の生まれで貧しく、奨学金をもらって勉強した人で、貧困層の生活がひどいことをよく知っており、国民保健サービス(NHS)の父とも呼ばれています。彼が言うのは「なんでもいいから家を建てて住まわせればいいわけじゃない。ちゃんと文化的な暮らしができるような家にすべきだ」ということで、1950年60年代には文化的な公営住宅がたくさん建てられたようです。今でも、そこに学校があって、商店街があり、郵便局があるコミュニティになっています。

高層住宅は、そのあとの70年代80年代に建てられて、そこに貧しい人たちは入れておけ、という思想ですね。

ーチャヴと呼ばれる人は高層住宅にいる人ですか?

ブレイディ:いえ、どちらにもいるんですよ。2000年代、入ってすぐくらいから言葉は言われていますが、ジュリー・バーチルという一世を風靡した女性ライターが言い出して広めたと思います。

セックス・ピストルズと音楽の原風景

ブレイディ:ジュリー・バーチルは17歳でNME(New Musical Express)のパンクミュージック担当ライター募集で発見され、学校をやめて名物ライターになりました。(セックスピストルズ『Never Mind The Bollocks』(邦題・勝手にしやがれ)の伝説の新譜レヴューを書いた)

Holidays In The Sun(収録曲:さらばベルリンの陽)(youtube)

その後、彼女は19歳で音楽ライターを辞め、数々のガーディアンやインディペンデントなど高級紙・雑誌で政治、文化、ファッションなど広範な分野でコラムを書き続け、2000年代当初は英国の女性ライターで最高の原稿料を誇る書き手になった人です。

チャヴの語源はいろいろあるようですが、有力なのはルーマニアのジプシー「ロマ」のことばで子供、ガキ、品がなくて貧しくて犯罪ばかり行う若者の意味だったようです。

みんながチャヴをバカにしていたなかで、ジュリー・バーチルは「それは差別だ」ときちんと反論したんです。人種差別のことはみなうるさく言うけど、チャヴだって、一つの人種みたいに仕立て上げて差別しているじゃないか、と。彼女は自分も労働者階級の出身なので、チャヴの子たちのほうが中流の子よりおしゃれじゃないか、と言い出したのです。「私はチャヴになりたい」という名言を残しました。

そのころ、リリー・アレンという女性人気ミュージシャンが、女性5人組の「ガールズ・アラウド」というアイドルグループのメンバー、シェリル・コールをチャヴぽいとバカにしたら、ジュリー・バーチルがそれこそが差別なのだと非常に怒ったんですね。そのへんのことは私は音楽サイトなどでかなり書いていました。

ーブレイディさんはもともと福岡の出身でパンクミュージックに影響を受けたと聞いています。

ブレイディ:いまやイギリスでも日本でも、バンドのメンバーはミドルクラスのひとたちです。パンクが労働者階級の音楽だと言われても、出身はミドルクラスの人が多いんですよ。でもセックス・ピストルズというバンドはジョニー・ロットンという天才を、マルコム・マクラーレンというマネージャーが操ろうとしたのだけど、そうはされない姿をみて、労働者階級の若者たちが狂喜したわけですよ。セックス・ピストルズのメンバーは、例外的に労働者階級ワーキングクラスの若者ばかりだったんですね。

だから彼らの曲は政治がどうの、社会主義がどうの、という内容ではなく「生き方」アナキズムみたいな歌詞で文学的。だからワーキングクラスの若者に理解され熱狂されたんです。セックス・ピストルズはミドルクラスもワーキングクラスも一緒にスパークした、珍しい例なんです。

私が生まれた福岡もそれに似たところがあって、当時人気で、のちにめんたいバンドなんて言われていたのは、ヤンキーとパンクが一緒になったカルチャーでしたね。石井聰亙監督の「爆裂都市」なんかみると、もうごっちゃなんですよ。

当時、すごい人気のルースターズの一枚目のアルバム(official channel より)なんかヤンキーだかパンクだかわかんないですよね。でもすごく勢いがあって楽しかったですね。(その1) (その3)

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 保育士として最底辺の託児所で働いていた経験から、イギリスの現状を報告。第16回新潮ドキュメント賞受賞作。

チャヴ 弱者を敵視する社会

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 HONZ 仲野徹の書評はこちら

 

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