おすすめ本レビュー

『世界を変えた素人発明家』 -無名のインフラ

高村 和久2012年2月29日
世界を変えた素人発明家 (日経プレミアシリーズ)

作者:志村 幸雄
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2012-02-16
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「世界を変えた発明」、と言うからにはそれまで世の中に無かったものを作り出したわけで、考えてみれば、それを発明した人は素人であるより他ない。「初恋ダイエットスリッパ」とか「めちゃかけラウンドハンガー」の話が書かれているのかと思ったけれど(それはそれで大変興味深い)、そうではなかった。本書が取りあげる人は、たとえば「グーテンベルグ」だ。確かに世界を変えた。まちがいない。私が言うのもかなりおこがましい。「素人」ってどういうことだろう。

本書では、「専門教育を受けなかった」とか、「他の職業をしていた」という事をもって素人とする。たとえば、蒸気機関を産業化したワットはもともと「数学器械」の職人だったが、たまたま働いていた大学で蒸気機関の修理の仕事がまわってきたのが発明のきっかけになった。ファラデーは小学校を中退して製本屋に弟子入りし、本の配達などをしていたが、そこで科学の本を製本することになり、その内容に詳しくなった。そこから紆余曲折を経て最終的に発見するのが「電磁誘導」で、発明したものが「発電機」と「モーター」なのだから尋常ではないが、総じて本書に書かれているのは、最初は「素人」と呼ばれる状態だった人が、持っているスキルを利用して、今となっては偉大な発明と言える何かを作った話である。たとえて言うなら名探偵か怪盗みたいなもので、他の人が思いつかないようなことを思いつき、それを自分で検証していくストーリーである。一見普通のおじさんに見えたけど実は刑事だった、みたいなことだ。

筆者は「なぜ、今、素人発明家なのか」の理由を下記のように書いている。

第一には、現代はデジタル家電や携帯端末ひとつとっても、形態や機能が激変する「再発明の時代」であり、素人のアイデアがいかされる余地はきわめて多い。

第二に、これからの社会では、人間の顔をもった技術、身の丈にあった技術が特別な意味を持ち、「大衆による生産体制」が築かれる。当然のことながら、素人の目線や発想が貴重な役割を果たす。

第三に、今日の技術状況は、異種技術の融合が進む「技術融合時代」のさなかにあり、中核技術の専門家にとどまらず、異分野からの非専門家からの支援が重要な役割を果たす。

なんだかわかったようなわからないような、まるで素粒子の入門本を読んでいるような気分だが、これが全部わかるようでは素人じゃないので、きっと、このまま「ビバ、俺!」と思っていればOKなのだろう。そんな、わけもわからずやる気に満ちたシロウトという意味では、紡績機械を発明したアークライトの話が素敵だ。貧しい労働者の13番目の子供として生まれ、まずは床屋さんになり、そこから「かつら師」になった。そのころは「かつら」がファッションだった。みんなバッハみたいだった。さらに、かつら用の毛髪が儲かるとわかると転身し、農村の女性の髪を値切って歩いた。そして、遂に、馬力のかわりに水力で動く紡績機を作った。先人の発明家トーマス・ハイズの助手を脅して作った。後に特許裁判に負け、マルクスをして「他人の発明の最大の盗人であり、もっとも俗悪」と言わしめる。しかし、イギリスに大紡績産業を興し、その功績によってナイトの称号を獲得し、18人の子供と数千億の資産を残した。ヘンリー・フォードも、ライト兄弟も、発明の前後に妨害にあったり厄介者扱いされたりしている。よくよく考えれば、世界を変える大発明は世界を変えてしまうので、それによって迷惑を被る人が必ず存在する。それでもやる気を維持するのが発明家なのだろう。厄介だ(ちがうか)。

本書は、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』を参考文献として挙げる。

政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。

これはもちろん政治家に関する記述だが、 “アメリカ建国の父” ベンジャミン・フランクリンが、独立宣言の起草・合衆国憲法の制定のいっぽうで避雷針や遠近両用メガネを発明していることなどを挙げ、発明家にも同じことが言えるとする。ちなみに、ベンジャミン・フランクリンも、10歳で学校を辞めて印刷工になった「素人」だ。

とはいっても、帰宅後深夜に本のレビューを書いている人とか、世の中には努力している「素人」がそれこそたくさんいるはずだ。私が思うに、その膨大な数のチャレンジの中から「新しいインフラ」になるものが出てきた時、それが「世界を変えた素人発明」になるのだろう。印刷、自動車、飛行機、電気、古くは農業、最近ではインターネット、インフラというものは何かを自動化したり高速化したりするが、その発明の結果、「インフラ自体のメンテナンス」と「インフラを利用する新サービス」という大きな産業が新たに出来上がる。それは、発明の後の世界ではあたりまえであり、発明の前の世界では想像がつかないものだ。次に新しいインフラを作るのは、どんな「素人」さんなのだろうか?それが出てきた時、私は、それについての本を読みます。


グラハム・ベル空白の12日間の謎

作者:セス・シュルマン
出版社:日経BP社
発売日:2010-09-23
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