新刊超速レビュー

『「地球のからくり」に挑む』 新刊超速レビュー

成毛 眞2012年6月20日
「地球のからくり」に挑む (新潮新書)

作者:大河内 直彦
出版社:新潮社
発売日:2012-06-15
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「成毛眞(いまのところ)オールタイムベスト10」において、少なくともあと5年間はTOP10から落ちないであろう科学読み物の名著、『チェンジングブルー』の著者の第2作だ。

本書は月刊誌「新潮45」に連載されていた4本の記事を改稿したものだ。元記事のタイトルは「石油はどこから来たのか」「石炭が輝いていた昭和」などで、本書はそれらを改編して11章建ての科学エッセイ集のような趣に仕上がっている。章が独立しているため読みやすく、トリビアにも満ちていて、期待通りおおいに楽しめる一冊だ。

第1章ではエネルギーと生物界を概観する。エネルギーから生物界を見てみると、植物が固定した太陽エネルギーは300京㌔ジュール。そのうちの10%・30京㌔ジュール分の植物をを草食動物が食べる。肉食動物はさらに10%・3京㌔ジュール分の草食動物を食べる。いっぽうで、人間は2京㌔ジュールの動植物を食べているという。

人間がこのように生態圏に悪影響を与えるほどに増殖することができたのは、紀元前の農業の発明であり、今世紀の窒素肥料の発明である。もし「ハーバー・ボッシュ法」の発明がなければ、窒素肥料を作ることができず、現在の世界人口は30億人ほど少なかったと考えられるのだという。

本書はつづいて「化石燃料と文明」「石油の起源である太古の赤潮現象」「炭素の大サイクルと小サイクル」など、前の章で明らかにした科学的事実を補強しながら、次なる話題をどんどん提示する。たとえば、石油は1億年前の赤潮現象の結果だという。赤潮といっても規模的にも巨大だが、期間的にも数十万年にわたるものだったという。この巨大赤潮の原因であるシアノバクテリアの死骸は海底に降り積もり、黒色頁岩やオイル・シェールに変化した。地底でそれらに熱が加わると石油に変化するのだという。

ほかにも、三井三池炭鉱紛争と原辰徳監督の関係、江戸後期には日本独自の精油技術が生まれていた、第2次世界大戦でドイツが使っていた航空燃料の90%は石炭からの合成燃料、オナラにはメタンが含まれるアメリカ人・含まれない日本人などなど、理系にも文系にも楽しめるトリビアが満載だ。

太平洋戦争のターニングポイントは間違いなくミッドウェー海戦での惨敗だ。当時の航空機は引火しやすいガソリンを使っていた。急降下爆撃機による爆弾1発で搭載航空機のガソリンに火が付き、搭載爆弾が誘爆し日本軍は一気に4隻の航空母艦を失った。しかし、いまではガソリンではなくケロシンが使われている。ずっとケロシンは石油の分留で作られると思っていたのだが、もともとは黒色頁岩を乾留したものだとは、本書を読むまで知らなかった。

著者は現役の研究者であり、海洋研究開発機構において石油の起源の研究をリードしている。日本の科学読み物書き手業界(そんな業界があるのかという声も聞こえてくるが)において、文芸系・アート系の福岡伸一氏、映像系・エッセイ系の竹内薫氏、そしてもっとも理系の大河内直彦氏の本は外せない。