新刊超速レビュー

『冥王星を殺したのは私です』新刊超速レビュー

久保 洋介2012年6月25日
冥王星を殺したのは私です (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)

冥王星を殺したのは私です (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)

  • 作者: マイク・ブラウン、梶山あゆみ
  • 出版社: 飛鳥新社
  • 発売日: 2012/5/16

カルフォルニア工科大学に、冥王星キラーの異名を持つ、マイケル(マイク)・ブラウンという天文学教授がいる。世界で初めて冥王星よりも大きな海王星以遠天体を発見し、「冥王星は惑星ではない」と天文学界で大論争を生んだ男である。2006年8月24日、遂に国際天文学連盟は、マイク・ブラウンの主張を受け入れ、冥王星を第9惑星から準惑星に降格することを余儀なくさせられた。本書はそんな冥王星を第9惑星から降格させた男の物語である。

1999年12月、マイク・ブラウンは同僚との雑談の中で、「冥王星の外側にもうひとつ惑星がある気がする」と漏らした。その頃の天文学界では、何十年にも渡る惑星探索の結果、冥王星以遠の惑星は存在しないという結論に至っていたにも関わらずだ。他の天文学者には笑われるようなコメントである。しかし自分の仮説には自信を持っていた彼は、5年以内に惑星が発見される、とその同僚と賭けをした。この賭けが本書の始まりである。

その後5年間、負けず嫌いな彼は冥王星の外側の惑星を探し続けた。そして遂に2005年1月5日、冥王星よりも遠い宇宙で冥王星よりも大きい天体を発見。その約半年後の2005年7月29日に研究成果と共に第10惑星を発見したと世間に公表した。飽くなき探究心と負けず嫌いが、世紀の大発見をもたらした瞬間である。

その後、彼は第10惑星を発見した天文学者としてメディアに引っ張りだこになり、遂に国際天文学連合は従来の「惑星」の定義を修正し、マイク・ブラウンが発見した天体エリス含め3つの天体を新たな「惑星」の分類に含めることを提案する。もしこの案が2006年に開催される国際天文学連合の総会で認められれば、彼は晴れて第10惑星の発見者としては歴史に名を残すことになるはずだった。

ところが一転、マイク・ブラウンは国際天文学連合の委員会が提案する新しい「惑星」の定義案は科学的に誤っており、「惑星」の定義は冥王星や新天体エリスを除いた8個だけにするのが理にかなっていると反論を始めたのである。惑星発見者の称号を得ようとしていた天文学者の口から新定義案へ猛烈な批判が出てきたことに記者たちは仰天した。結局、彼の主張は他の天文学者からも支持を得て、冥王星(及び新天体エリスなど)は惑星ではないとする案が総会で可決されることとなる。採決後に報道陣に取り囲まれた彼が放った「冥王星は死にました」という一言は連日メディアを賑わすこととなった。

以上が本書のあらすじであるが、これだけなら本書を読まなくても他にも面白い本はいっぱいある。本書を面白くしているのは、ハラハラドキドキするデータの盗難事件や、赤子を持つ天文学者の私生活と研究を行き来する人間味溢れる描写、星の命名はどのようになされるか(水星のクレーターには亡き芸術家の名前、天王星の衛星にはシェイクスピア作品の登場人物をつけるよう規則で決まっている)などの科学的情報の豊富さである。本書は、天文学に関する入門書であると同時に、人間味溢れる科学者の物語として仕上がっているのだ。読者はついつい天文学者のファンになってしまう。

奇しくも、「水金地火木土天海冥」の最後の「冥」として覚えられていた冥王星が惑星として認められなくなった2006年、NASAは無人探査機「ニューホライズン」を冥王星探査のために発射させた。2015年には地球から約50億km離れた冥王星に接近する予定である。本書は、3年後「ニューホライズン」ネタが世界が熱狂する際、「僕は以前から冥王星についてあれこれ知っている」と知ったかぶりするために絶好の本と言えよう。