おすすめ本レビュー

『わっ! ヘンな虫』(著者も?)

土屋 敦2012年7月3日
わっ! ヘンな虫~探検昆虫学者の珍虫ファイル

作者:西田賢司
出版社:徳間書店
発売日:2012-06-21
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探検昆虫学者ーーなんと心惹かれる響きだろう。もう今すぐにでも仕事を辞し、自分もなりたいぐらいだ。

このかっこよすぎる肩書きは、別に著者が勝手に自分でつけたわけではない。英語で、Exploratory Entomologistといい、「生物的防除」(生き物を使って増えすぎた他の生き物を制御する)のために天敵となる昆虫を探す昆虫学者を、そう呼ぶのだそうだ。

著者は、ハワイ諸島で「生物的防除」に関わっている。増えすぎ、繁茂しすぎた外来植物に対し、その植物がもともと生えていた地域に行き、その植物だけを食べる昆虫を探してハワイに導入して生態系のバランスを取るのである。

著者がフィールドとしているのは中米コスタリカ。つまりコスタリカの自然のなかで虫を探し、ハワイの自然のなかに放す。ますます、今の仕事を辞めたくなる蠱惑的な仕事である。

タイトルから想像できるように、本書は、小学校中高学年ぐらいから楽しめる本。カラー写真もたっぷりで、級数の大きな文字で、著者の仕事や、著者が見つけたり、飼育したりしている「ヘンな虫」について語られる。しかし子ども向けだからといって、内容が浅薄なわけではない。むしろ、著者の仕事や研究対象である虫、コスタリカの生態系について、そのエッセンスがシンプルに記述され、同時に、虫たちの驚くべき「ヘン」さ加減が語られるので、実に興味深く、楽しく読めるのだ。

最初に紹介されるのは、HONZファンにはおなじみ(?)のツノゼミ。だいたい体長1cm以下で、多様な形をしたツノのようなヘンな突起物があり、遠目からは、植物の新芽や棘、枝についた水滴、イモムシの糞のように見える。そうやって天敵から身を守っているわけだが、どう見ても奇妙すぎるツノを持った奴らもいっぱいいて、なんだか意味がわからない。

知らない方は、とりあえずカラパイアでその姿をチェック

で、興味深いのはその生態。「振動音」を出してお互いにコミュニケーションを取るのだが、空気中に伝えるわけではないので「音」としては聞こえない。植物を振動させて、仲間にだけ聞こえるようにしているのだ。コスタリカには約200種のツノゼミがいるが、種類によってその振動音は違い、またオスとメスで求愛の際のラブソング(ラブ振動?)も違う。オスたちが一緒にラブソングを合唱することもあるという。

ちなみに、特殊なマイクを植物に当てて聴いたツノゼミの声は、「ンーン、ンーン、ンーン」とか「ウァウァウァウァウァウァ、ウァ〜」「フ~ン〜ワパ、フ~ン~ワパ」という感じ、だと著者は書く。ツノゼミの鳴き声もなかなかヘンだが、まじめに「フ~ン~ワパ」と擬音語化する著者もヘンである。

続いて熱帯らしいド派手な虫たちや、体長5センチのハエやら翅をひろげると18cmあるゴキブリやらの巨大昆虫たち、ヘビやふくろうの顔、危険なハチやアリなどに擬態した虫たち(アリに擬態した蜘蛛は、8本ある足が6本に見えるよう、ご丁寧に2本の足が透明になっていたりする)、寄生バチに著者の研究対象である虫こぶ(植物の一部に虫が入り込んでヘンな形にふくらんだもの)を作る昆虫などの話に続くいてゆく。各所に虫への愛情が溢れた写真も掲載され、そちらもいい感じだ。

いずれも詳しく紹介したいのだが、また「レビューを読んだだけで満足した」と言われないようにここではぐっと我慢する。この本の本当の面白さは買わなければわからない。子どものいる人はもちろん、そうでない人にも、ぜひともぜひとも買ってもらいたいのだ。寄生バチの話など、もう本当に面白いし、逆に虫嫌いなら、相当戦慄の内容かもしれない(別に以下の記述は成毛代表を始めとするHONZ内ムシギライ派への嫌がらせではない)。ガの幼虫に植えつけられた一つの卵が分裂して増えて幼虫を覆い尽くし、100匹以上のハチが出てくるとか、クモに寄生して、そのクモを操って、さなぎになったときの「ゆりかご」になるような特殊な巣を作らせ、クモが「ゆりかご」を作り終わったらクモの養分を一気に吸い取って殺してまう話とか、もう最高である。ちなみに寄生ハチに寄生するハチもいて、その寄生ハチに寄生するハチがいて、さらにその寄生ハチに寄生するハチまでもがいて、調べていくうちにほんとうになんだかわからなくなるそうだ。

内容紹介をしないと書きながら、やっぱりもうちょっとだけ。

ハキリアリとともに、中南米のアリとして有名なグンタイアリ。ときに10m以上の幅に広がって行進し、そこにいる虫たちを根こそぎ食べてしまうこのアリたちは、巣を持たず、女王アリを中心にして、兵隊アリと働きアリが鎖のようにつながった固まりを作って「野営の巣」とし、そのなかで卵や幼虫の世話をする。そしてそこから隊列を組んで狩りに出ていくわけだが、狩りに行く方向は、前日の方向から113度ずれた方向である。そして翌日はまた113度ずれる。そうすると20日間はダブりなくすべての方向を網羅することができるのだ。そして全方位を網羅した3週間後、グンタイアリはこの野営の巣をほどき、別の場所に移動してゆく。素数ゼミの謎ではないが、「113度」みたいな話には本当ぐっと来てしまう。

いうまでもなく、グンタイアリは人間にとっても危険で、咬まれたり、毒針で刺されたりする。森近くの民家では、グンタイアリの隊列が入ってくると、もはや防御のすべなしと、隊列が通り過ぎるまで家から退散するそうだ。危険といえば、スズメバチより強い毒を持ったネッタイオオアリや集団で襲い掛かって毒を注入するアカカミアリというのもいる。後者は近年、硫黄島まで生息範囲を広げている。

トゥリアトマというサシガメ(動物を刺して血をするカメムシ)はさらに恐ろしい。刺されると、シャーガス病の原因となる原虫が体内に浸入する。シャーガス病にかかると、脳腫瘍や心筋障害を起こして高い確率で死に至り、現代医学は治すすべはない。ほかにサシチョウバエも寄生虫によるリーシュマニア症を媒介し、こちらも治療は困難だ。

実は私も中米には半年ぐらいいて、丸木舟にのって野宿しながら熱帯林の奥まで行ったりもしていた(タンニンに染まった河を悠然とわたるモルフォ蝶の息を呑むほどの美しさ!)が、寝室に住み着いたタランチュラやサソリをゴキブリのごとく叩き潰すことは何度もあったものの(実はぜんぜん危険ではなく、むしろゴキブリ感覚)、こんなに危険なムシたちがうようよしていたとは知らなかった。

なお、この下りを読んだあたりで私が「探検昆虫学者」になる夢を光の速さで諦め、今後も「「アームチェア昆虫本愛好者」を続けようと心に決めたこと秘密である。

そして最後に、危険ではないが、人間に寄生するヒトヒフバエの話をご紹介したい。ヒトヒフバエは蚊に卵を産みつける。そして蚊が人間の血を吸うとき、人間の皮膚のなかに小さな幼虫が入り込む。人間の免疫システムを巧みに利用し、皮膚内で人間のリンパ液を吸って育つのだ。

著者は、そのヒトヒフバエの成虫の標本が欲しいがために、ヒトヒフバエの幼虫を自分の体内で育てることにした。その先は私が説明しても面白く無いので、以下引用する(ちなみに著者の体から半分飛び出したヒトヒフバエの幼虫の素敵な写真も掲載している)。

火山のように膨らんだ皮膚の中央にある穴から呼吸をするためにお尻にある管を出したり引っ込めたりしています。穴からはときどき溶岩のような液も噴き出してきます。

(中略)幼虫が大きくなるにつれ、しばしば「ウーッ」となるくらいの痛みを感じるようになりました。痛みを我慢できなくて、患部をポンポンと叩いて、「そこは食べんといてくれー」と教えました。そうすると痛みは治まりました。

(中略)餌(評者注:著者のリンパ液のこと)の質が悪かったのか、数日後、サナギになる途中で、亡くなってしまいました(涙)。何かわが子を亡くしたようで、ぼくはがっかりでした。なんとなく「妊婦さん」の気持ちがわかるような気がします」

ムシのみならず、著者の生態も(予想通り)相当にヘン。もちろん、そのことが本の魅力をさらに高めていることは言うまでもない。

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ツノゼミ ありえない虫

作者:丸山宗利
出版社:幻冬舎
発売日:2011-06-23
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かつてHONZでも話題になったツノゼミ本。実は著者の研究対象は好蟻性昆虫。好蟻性昆虫、本当に最高なので、だれか好蟻性昆虫本を作って下さい!!

イモムシハンドブック

作者:安田 守
出版社:文一総合出版
発売日:2010-04-10
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安田守さんの写真と文章も、素直で、虫への愛情が溢れていてすごく好き。身近にもヘンなイモムシ、いっぱいいます。

日本のトンボ (ネイチャーガイド)

作者:尾園 暁
出版社:文一総合出版
発売日:2012-06-29
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高いけど、出版されたばかりのこの図鑑は素晴らしい。図鑑マニアのスーパー編集者、柳瀬博一氏が昨日深夜にフェスブックで紹介していて、先を越されて若干悔しい。

カブトムシとクワガタの最新科学 (メディアファクトリー新書)

作者:本郷儀人
出版社:メディアファクトリー
発売日:2012-06-29
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夏休み前に是非。子どもと一緒に今年は10匹以上のカブトムシを卵から育てた私としては、ちょうど30分前に本書を内藤順が紹介したことも、相当悔しい。