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『コモディティ戦争』ニクソン大統領の壮大な野望

久保 洋介2012年7月5日
コモディティ戦争 〔ニクソン・ショックから40年〕

コモディティ戦争 〔ニクソン・ショックから40年〕

  • 作者: 阿部直哉
  • 出版社: 藤原書店
  • 発売日: 2012/5/23

私たちの生活基盤となる食料やエネルギーなどのコモディティ価格はどこで決められているか?

答えは米国のニューヨークやシカゴ。

大豆などの穀物は、世界最大の取引が米国を通じて行われるので、シカゴで価格が決められるのは当然だ。しかし、金の世界最大の現物取引場は英国であるし、原油の世界最大の現物取引は中東であるにも関わらず、米国で価格が決定されている。それは何故か。本書によると、答えは1970年代の米国の政策に隠されているそうだ。

1971年8月15日、リチャード・ニクソン米国大統領は、ドルと金との交換停止を一方的に宣言し、固定相場制という国際通貨体制を変動相場制に移行させた。いわゆるニクソン・ショックである。金融政策の独立性が高い変動相場制に移行させた後、ニクソン大統領率いる米国は原油や穀物などのコモディティ商品が米国内で米ドルで決済されるよう世界市場での価格決定権の奪取に乗り出していく。コモディティ商品の価格決定権を押さえておくことが国際政治上の「武器」となることをしっかりと認識していたがためにできた行動だ。

1972年、コモディティ商品である穀物が国際政治・経済上の大きな「武器」となることを米国に知らしめる事件が起こった。その年、ソ連の穀物生産が歴史的な大凶作となったため、ソ連は穀物メジャーと秘密裏に契約を締結し、米国から1900万トンもの穀物(当時米国穀物総輸出量の54%)を輸入することとなる。この大量の穀物買い付けは、米国内での穀物相場の暴騰を引き起こし、米国の消費者は高い食料品を買わされる羽目になった。翌年の1973年6月、ニクソン大統領は大豆その他油糧種子製品の輸出を禁止する禁輸措置に踏み切る。これに困ったソ連は、これまで敵対していた米国に歩み寄るデタント政策をとらざるを得なくなり、米国はコモディティ商品を支配下に納めることの重要性を認識したのだ。同じ時期、ニクソン政権は食糧援助の政策決定権を農務省から国務省に移している。

以降、米国はあらゆるコモディティ商品の価格決定権を手中におさめることで、超大国として世界市場でのプレゼンスを確固たるものにしようとしていく。その際に価格決定権奪取のツールとして最大限に活用したのが、先物(フューチャーズ)市場だった。

例えば、米国は、金の現物取引量が多かったロンドンから価格決定権を奪うためにペーパー取引ができる先物市場を1974年ニューヨークに開設。そして米政府の狙い通り、米ニューヨーク市場は英ロンドン市場の現物取引高を凌駕するだけの取引高を達成し(主にペーパー取引で)、世界の金価格を支配する力を有するようになる。又、原油においても、OPECの市場支配力に対抗すべく、1983年に原油先物(WTI原油)をニューヨークで上場させる。金の場合と同じく、原油のペーパー取引高はうなぎのぼりに上昇していき、世界全体の石油生産量の1%も満たないWTI原油が世界の指標価格になったのだ。

このように、本書は1970年代の米国の政策を丁寧に紐解いていき、米国がどのようにして原油や穀物などの価格決定権を奪取してきたかを解説する良書である。その他にも、日本の江戸時代の米先物取引や鉱山開発など日本コモディティ関連史も綴っている。世界初の先物取引制度であった帳合米取引市場の構造や、江戸幕府による米の支配を恐れた百万石の加賀藩が大阪の堂島米市場を後押ししている歴史など、どれも興味深い内容である。

筆者がまえがきで書くように、本書に儲け話の指南書を期待すると失望することになるだろう。本書が書くのは、小手先のマーケット情報ではなく、コモディティが経済や政治にどのような影響を与えてきたのかという歴史である。マーケットの根源を知りたい人や先物市場が経済を牛耳る世界で生きていかないといけない若いビジネスマンにオススメする本だ。

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ちなみに1973年の大豆禁輸措置は、ソ連だけでなく、食料を海外に頼る日本をも震撼させた。翌年には田中角栄総理大臣はブラジルへ飛び、ブラジル内陸部に位置する広大な熱帯サバンナ地帯(日本の国土の5.5倍)をブラジル政府と協力して穀物生産地とする開発プランを結んでいる。いわゆる「セラード開発」である。詳しくは『ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡』を読んでもらいたい(実は7月の朝会でHONZ村上浩に教えてもらったばかりの本だ)。

ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡 (地球選書 5)

ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡 (地球選書 5)

  • 作者: 本郷 豊、細野 昭雄
  • 出版社: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012/6/29