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『IKEAモデル』 – それはモデル演繹型の経営。

深津 晋一郎2012年12月7日

IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか

IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか

  • 作者: アンダッシュ・ダルヴィッグ, 志村 未帆
  • 出版社: 集英社クリエイティブ

  • 発売日: 2012/11/26

低価格の北欧風デザイン家具販売店として、グローバルで成功を続けるIKEA。本書『IKEAモデル』は、2009年までCEOを務めた著者が、その経営モデルを網羅的に綴ったものだが、読んでみて非常によく分かった。「IKEAモデル」とは、要するにコスト削減の王道を極めることなのだと。

王道は、極論すればつまらない。でも、王道の完遂は決して容易ではない。IKEAはそれを、一切ぶれることなく完遂してみせた。そして、いまやその王道は「IKEAモデル」というイノベーションにまで昇華した。それこそがきっと、IKEAの真の凄みなのだ。

具体的にみていこう。

出発点はIKEAの理念だ。それはシンプルなワンフレーズに、見事に集約されている。

「より快適な毎日を、より多くの方々に」

この短いフレーズから、IKEAを特徴づける多くのポイントが導かれる。

まず、目指すのは「快適な毎日」だ。それゆえに、商品ラインアップは生活家具を原則とする。キッチン、寝室、リビングといった日常の時間を支える空間を心地よくするための製品だけが、IKEAの売り場に並ぶ。そして快適を支えるのは、デザインと機能だ。IKEAは小売業なので、ここでの差別化には徹底的にこだわる。

「より多くの方々に」届けるために、IKEAはなによりも価格競争力を優先する。そのために、バリューチェーンのあらゆる局面において、徹底的なコスト削減を目指す。ただし、商品の品質劣化を招くコスト削減ではなく、あくまで合理的に、ムダを排除していく。コスト削減の結果は、販売価格を下げることで顧客に還元する。その上で、あくまで多くの人にリーチするために、まずは顧客の目線にあった価格設定から入り、そこから商品開発を進めるという通常とは逆のアプローチを採用する。

ここで、時として2つの理念がバッティングする。例えば、ローカライズだ。アメリカ人のために、ベッドのサイズを多少カスタマイズすれば、商品規格の違いによって、バリューチェーンの修正が必要になる。それは結局コストの増加を招き、商品価格に跳ね返っていく。こうしたケースにおいて、IKEAは常にぶれることなく、「モデル」に回帰していく。商品には自信を持っている。コストはいつだって最優先だ。そこから演繹的に、IKEAは「カスタマイズしない」という選択をする。ただし、例えば市民が狭い住環境を強いられている国の場合、サイズを調整しなければ「快適」が実現されないため、理念のためのローカライズを許容する。

あるいは、上述した商品ラインアップだ。小売業における差別化要素は、価格だけではない。IKEAは「充実した買い物体験」を重要なポイントと捉えて、1箇所で必要なものが全て揃うように商品を充実させている。(ちなみにこれは、本当に素晴らしいレベルだ。)しかし同時に、商品数の増大は物流効率の悪化を招く。ここでもIKEAは、モデルに立ち戻る。つまり原則として、理念のためにコストが優先される。

こうした判断の分岐に、IKEAのIKEA性を感じるのだ。いつも理念に戻って、モデルから演繹する。必ず、「常に」そうするのが非常にIKEAらしい。

ビジネスモデルの話になると、「集中か、分散か」といった議論が展開されることも多いが、こういった問題もモデル演繹方式のIKEAには無縁だ。IKEAのスタンスは非常に明快で、要するに「理念のために集中が必要であれば集中し、分散が必要であれば分散する」ということになる。IKEAは現在、世界26ヵ国で290のIKEAストアを展開しているが、生産体制は地域(リージョナル)拠点へのシフトを進めているそうだ。長期的にみた輸送コストの上昇、生産リードタイムの短縮、為替変動リスクの回避といった要素を加味して、低価格商品を提供しつづけるには拠点分散の方がベターだと考えているようだ。

IKEAを考える際には、その企業形態も重要だ。IKEAは非公開企業であり、より正確に言えば、創業者イングヴァル・カンプラードによって1982年に設立されたオランダの財団なのだ。本書の著者アンダッシュ・ダルヴィッグは、1999年から2009年までの10年間、CEOとしてIKEAの経営を担ったのだが、就任直後に「10年で10の取り組み(10/10)」という戦略を打ち立て、「IKEAモデル」の確立に向けた施策を10年かけてきちんと実行していった。これは素晴らしいことだが、常に株主のプレッシャーを負いながら経営せざるを得ない多くの株式会社にとって、10年計画の実行は難しいだろう。もちろん、それは公開/非公開という形態の違いであって、必ずしも価値の優劣を意味しない。株式会社にもメリットはあり、財団のリスクも当然あるはずだ。しかし、10年スパンの実行力こそが生み出せるモデルが存在するのは、間違いないだろう。

本書はこうした「IKEAモデル」の本質を、極めて冷静に分析している。さすがに元CEOの著者による整理には深みがあり、読み応えも十分だ。ただ、そのスタンスはあくまでクールだ。時にはIKEAの失敗もオープンに書いており、ただの成功譚ではないのも非常に興味深い。全体を通低する淡々とした筆致は、いかにも王道の「IKEAモデル」にふさわしい感じがする。

 

ちなみに余談だが、コスト削減のためのIKEAの工夫を紹介しておきたい。

通常の組み立て家具だと、ネジのような部品はスペアが付いているが、IKEAでは必要数しか付いていない。その代わり、IKEAストアのレジ前にパーツコーナーがあり、カタログから必要なパーツ番号を調べれば、いくつでも持ち帰ることができる仕組みになっている。うまい工夫だ。99.9%の顧客にとっては、きちんと組み立てればスペアパーツは必要ない。そういう小さなムダの削減も、全世界290のIKEAショップに並ぶ全商品から削減されれば、期待効果は十分に見込めるはずだ。

ただ、これで終わらないのが面白いところだ。実はIKEAの店舗は、顧客を一方通行で、順路に沿って移動させるレイアウトになっている。多少歩かされるが、そうすることで、充実した商品レンジをアピールする仕組みなのだが、パーツコーナーが併設されたレジは、常にその終点だ。そう、ただスペアをもらうだけのつもりが、思わず購買意欲を掻き立てられるといった副次効果も見据えている。コスト削減を進める一方で、年間6億人が訪れる「店舗」を、重要なマーケティング拠点として有効活用するのも忘れない。そのしたたかさも、IKEAモデルから演繹される必然ということかもしれない。

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イケアの挑戦 創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る

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  • 作者: バッティル トーレクル, Bertil Torekull, 楠野 透子
  • 出版社: ノルディック出版 (2008/07)

  • 発売日: 2008/07

IKEAの創業者イングヴァル・カンプラードを正面から扱った1冊。IKEAという企業を考えるには、やはりこの創業者の思いを外すことはできないのだろう。オーナー企業というのは、すべからくそういうものかもしれないけれど。

スターバックス再生物語 つながりを育む経営

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  • 作者: ハワード・シュルツ, ジョアンヌ・ゴードン, 月沢 李歌子
  • 出版社: 徳間書店

  • 発売日: 2011/4/19

IKEAとスターバックスはどこか似ているような気が、ずっとしていた。今、その理由は少し分かったような気がする。つまり、どちらも「経営においては理念を、現場においては顧客の快適を」重視しているということなのではないか。シュルツの著作はより人間味があり、具体的なエピソードに溢れた名著だが、著作のスタイルは違えども、行き着く先は、やはりどこか似ている。