おすすめ本レビュー

『完璧なイメージ』情報弱者、脱却の1歩目に

山本 尚毅2013年1月4日
完璧なイメージ: 映像メディアはいかに社会を変えるか

作者:キク アダット
出版社:早川書房
発売日:2012-11-22
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カメラマンは我々に「チーズ」あるいは「スシ」と言わせるのだ。

『これからの正義の話をしよう』の著者マイケル・サンデルは前書きで、冗談かと思えるような一文を記している。正月早々、「スシ」はそこまでアメリカの日常に浸透しているのか!と笑い話のネタを仕入れることができた。それと同時に、「一足す一は?」「二(ni)」や、隣の韓国に倣って「キムチ(kimuchi)」など、イの母音で終える言葉で、カメラマンは意識的に被写体に笑顔の表情というポーズをとらせていることに、気づくことができる。

ちなみに、サンデルは本書の著者キク・アダットの夫である。共にハーバードで教鞭をとる、なんとも恐ろしい夫婦である。

しかしなぜ、写真には笑顔を求められるのだろうか、写真の魅力はあるがままの世界を記録することではないだろうか、それなのに、人はなぜポーズを取り、さらには写真を加工するのだろうか。

歴史をたどると、19世紀に写真が発明されたときには、それは「自然の鉛筆」と呼ばれたように、絵は本物に近づくことしか出来ないが、写真は正確に客観的に現実を捉えることができる、と考えられていた。しかし、発明後すぐに、撮影とそこで演じられるポーズに、作為性が潜んでいることが明らかになっていった。

その作為性が潜んだイメージをコントロールする争いを、最もはっきり繰り広げてきた舞台は、アメリカ大統領選挙である。かのマキアヴェッリが「外見は誰にでも見える」と書き残したように、政治家は外見を気にするよう、コンサルタントに仕向けられるようになった。

古くはリンカーンが、大量に現像された自身の写真をばらまいた。さらに「誰よりも立派に見えてほしい」という、支持者の熱意に負け、少しも生やしたことがなかったヒゲを生やし始めたのだ。

リンカーンはヒゲを生やすことが、気取ってばかばかしいと周囲から揶揄されることを恐れたが、現在のアメリカではそんな心配もなさそうだ。写真加工ソフトウェアの商品名であったフォトショップが、「フォトショップする」と動詞として使われている。写真の加工は、恥じらいのない当たり前の行為となり、見るものを欺いている。

よく見られたい、その欲望は本当に強い。他国では、フランスのサルコジ前大統領は、腹部の脂肪の塊をフォトショップで修正し、ほっそりした体型に変えた。出会い系サイトを利用する4,000万人向けに、プロフィール写真を撮影し、デジタル修正するサービスは、右肩上がりで成長している。本書には登場しないが、日本のプリクラもその一例だろう。男性陣はがんばって、疑って見はするが、よく騙される。

リンカーンの活躍した時代から、150年経過した今ではイメージの利用は更に加速し、アメリカ映画の中で、繰り返し賞賛されてきた英雄的なイメージを利用するといった巧妙なメディア戦略が実行されている。アメリカでは、1940年代から現在まで、映画の中で、繰り返し理想や神話が語られ、人々の持つ英雄のイメージが構築されていった。

ジョージ・W・ブッシュとそのメディアチームは、アメリカ人に根付いたイメージを利用した。イラク侵攻から2ヶ月もたたないうちに行われた勝利宣言は、トム・クルーズ主演の『トップガン』をなぞらえたかのようなシーンが演出された。”Mission Accomplished”と書かれた横断幕を大統領が通り過ぎる、というメディア向けに周到に準備されたシャッターチャンスが提供された。

wikipediaより引用

メディアはその演出された真剣な姿を『エアフォース・ワン』や『インデペンデンス・デイ』などの大ヒット映画になぞらえ、取り上げ、視聴者は映画でさりげなく作り上げられた世界に対する見方を持って、それに熱狂した。

しかし、この「史上最高のシャッターチャンス」と呼ばれたものが、一年後、イラクの事態が改善されないことを受け、”Mission not Accomplished”だったと批判された。言葉が写真を決定的なものにしてしまった。イメージを意識しすぎた政治報道の失敗である。

政治に代表されるようなイメージを重視する報道の裏側を、シニカルに焙り出す写真家や批評家は数知れずいる。一般市民もイメージの作為性に敏感になり、メディアに流れるイメージやフィクションの裏側にある本質を見抜き、情報を的確に捉える主体は、最後は自分でしかないことに気がつき始めている。少なくとも本書の舞台であるアメリカでは。

その一方で、現在、私たち自身誰もが写真を撮影し、パパラッチになる可能性もある一方で、芸能人や政治家のように、その被害にあう可能性がある。写真の加工でイメージを作り上げる力を持つと同時に、facebookのタグ付けに代表されるように、知らないところで写真が公開され、イメージのコントロールができなくなってしまっている。

視覚を取り巻くジレンマは、平凡な日常生活へと影響範囲を広げはじめている。その広がりを理解し、改めてイメージの影響を考えるタイミングなのかもしれない。

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ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)

作者:高木 徹
出版社:講談社
発売日:2005-06-15
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HONZが始まって間もない頃、成毛邸の地下の本棚にお邪魔した際に、さらっと成毛眞が紹介してくれた本。「民族浄化」を演出した米国PR会社、その舞台裏に迫っている。

0870706322
Public Relations

著者 : Garry Winogrand, Tod Papageorge

出版社 : Museum of Modern Art (2004/04)

発行日 : 2004/04

本書の中で、何度も登場するゲイリー・ウィノグランドの写真集。一冊のメディアと政治家の馴れ合いを捉え、シャッターチャンスの報道スタイルを暗示するシニカルな写真集。

作為性の低い映像記録を残したくて、個人的に購入したインターバル撮影専用のカメラ。KING JIMっぽい商品。