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『寄り添う 銀座「クラブ麻衣子」四十年の証』八百比丘尼は存在する。

東 えりか2013年1月26日
寄り添う―銀座「クラブ麻衣子」四十年の証

作者:雨宮 由未子
出版社:講談社ビジネスパートナーズ
発売日:2012-12
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  • 丸善&ジュンク堂

27歳のとき、人生の転機がきた。それまでは大学の専攻を生かした、動物医療機器の開発をしていたのだが、結婚とともに見事に仕事を干された。まあ、その当時、結婚したら会社を辞めるのは当たり前だったから、いま思えば仕方のないことだったのかもしれない。違う仕事に就きたいと探している時に、まるで天から降ってきたように舞い込んだのが作家の秘書という仕事だった。

私が奉職した北方謙三氏は、当時38歳の新鋭。ハードボイルド小説を量産し、テレビやメディアに出始めたころである。男臭い小説は「顔文一致」と言われ、そのわりに人懐こいので、多くの諸先輩に可愛がられていた。右も左もわからない田舎者の女秘書は、人前に出ることもなく、スケジュール管理や次の小説の資料調べをしていればよかった。

しかし数年が経ち、編集者に知り合いも出来てくると「一緒に食事でも」という話になる。人と話すことが嫌いではない私は、ありがたく宴席にお邪魔をするようになった。そしてバブル時代がくる。

個人的にバブルの恩恵は何も受けなかったと思っていたんだが、事務所をやめてフリーになると、そのときに見知ったことが大きく自分の財産になっていることに気づかされる。そのひとつに銀座の高級クラブがある。普通の女性なら、あるいはそこで働かかなければ知ることの決してない殿方のための秘密の花園。そこに私のような冴えない普通の女性が行くものではない、というくらいの常識は持ち合わせていたのだが、イケイケどんどんの時代の編集者は「いいじゃないですか、社会勉強ですよ」と惜しげもなく連れて行ってくれたのだ。

銀座のクラブと言っても、小さなカウンターだけのお店から大箱で女性がたくさん在籍しているところまで様々ある。ありがたいことに、どこのお店でも私は暖かく迎え入れてもらった。もちろん北方の秘書だからだろうが、嫌な思いは一度もしたことがない。それ以上に色々な情報や、冠婚葬祭などの対処の仕方を丁寧に教えていただいた。

「数寄屋橋」「小眉」「エル」「ザボン」、少し経ってからは「早苗」「月のしずく」「ドレス」など編集者に連れていってもらったり、ときには女性割引で飲ませてもらったりしながら、今でも友達付き合いをしているママもいる。

その中で「麻衣子」はちょっと別格である。いわば、銀座の中の“The銀座”という高級クラブでありながら、40年間、その一流の評価を守り続けた本当に稀有な店なのだ。『寄り添う 銀座「クラブ麻衣子」四十年の証』はクラブ麻衣子を、そしてママの雨宮由未子さんを愛し続けた顧客62人からのメッセージが並んでいる。そのメンバーがすごい。経済界からは㈱丸井名誉会長、伊藤忠食品相談役、コーセー社長、サントリーホールディングス社長、オムロン名誉会長など。文壇からは北方謙三はもちろんのこと、大沢在昌、伊集院静、なかにし礼、阿刀田高、井沢元彦。法律家、医者、大学教授。そして歌舞伎俳優。七代目尾上菊五郎、片岡仁左衛門、坂東三津五郎、そして中村勘三郎。

昨年末、夭逝した中村勘三郎の絶筆にも近いだろう文章を少し引く。

この四十周年の記念本に寄稿することになり、ぼくはうれしかった。こういう依頼は、忙しいので、「やだよ」と思ったりするものですが、好きなママの本となれば別。「おれも書けるのか」とむしろ喜んだ。これはママの人徳によるものです。

上品なお客さんばかりで、そこに行儀がよくて素敵な女性たちがいる。そして、完璧で、ふしぎな魔力を持っているママがいる。(中略)麻衣子がそのような店であるのは、ひとえにママが頑張っているからです。歌舞伎では中村小山三という人が九十三歳で舞台に立っています。ママは九十までまだまだたくさん時間がある。麻衣子はママあっての店。ママはこれから何十年も、それこそ死ぬまでやめちゃだめです。

年に一度ぐらい、麻衣子に連れて行ってもらった。お店にとっては私のようなお付の女性は迷惑だったかもしれない。しかし一度として邪見にされたり、放っておかれたりしたことはない。若くてきれいな女性たちは作家や編集者と気楽に話している。初めて行ったときは、途方に暮れた。本当に場違いなところに来てしまったと身をすくめていたら、すっと隣に座ってくれたのがママだった。他愛のない話なのに聞き上手で受け止め上手。何かの小説のように、よその席から高価なワインや日本で手に入らない葉巻のセットが届けられたときのお返しはどうしたらいいもんか、と相談したのも懐かしい。それにしてもママの変わらなさはどういう魔法を使っているのだろう。誤って人魚を食べてしまった八百比丘尼なのではないだろうか。

年に一度ぐらい、大きな文学賞のパーティでお会いすると、つい最近別れたように「元気にしてる?」と声をかけてくれる。いつの日か、ひとりで飲みに行ってみたい。実は密かな望みなのだ。

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ここで紹介されているママの何人かにもお世話になった。すごい人たちである。

文壇バー―君の名は「数寄屋橋」

作者:
出版社:財界研究所
発売日:2005-03
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  • 丸善&ジュンク堂

今はどうかわからないが、かつては直木賞の選考が終わった後、選考委員はこの店に集まり、受賞者は挨拶に出向いた。私は園田静香ママに、出版業界、文壇のイロハから教えていただいた。