おすすめ本レビュー

『機械との競争』テクノロジー失業の時代が迫っている

田中 大輔2013年2月19日
機械との競争

作者:エリク・ブリニョルフソン
出版社:日経BP社
発売日:2013-02-07
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2013年のベスト装丁賞はこの本で決まり!表紙やデザインも美しいけれど、この本は写真で見るよりも、実際に手にとってもらったほうが、より素晴らしさがわかるだろう。写真ではわからないと思うが、カバーと本体の両方に凹凸があるのだ。カバーの一部に凹凸がある本はよくみかける。しかしカバーを外したとき、本体にまで凹凸がある本はあまりみたことがない。

この本にいたっては、背表紙にまで凹凸があって驚いた。ぜひ店頭で手にとって造本の素晴らしさを体感してほしい。これが本棚にあったらかっこいいと思う。それだけでも買う価値あるのではないだろうか?家の本棚では面陳(表紙をみせて陳列する方法)にして置いておきたい。と、つい装丁の素晴らしさを力説してしまった。

装丁も素晴らしいが、内容もまた刺激的なのである。この本では情報技術が雇用、技能、賃金、経済に及ぼす影響が論じられている。中心となるトピックは景気が回復しても、失業者が職を見つけられないという問題である。新規の雇用がいくら発生しても、それでは人口の増加に追いつかないというのだ。現在の倍以上のペースで雇用が生まれたとしても、雇用のギャップが埋まるのは2033年になるという。

アメリカの景気は回復基調にあり、GDPも増加傾向にある。企業の設備投資も堅調に増えレイオフも減った。しかし企業の新規雇用は手控えられたままだ。新しい機械は買ったけれど、新しい人間は雇おうとしていない。これがアメリカの現状である。

ではいったい仕事はどこへいってしまったのだろう?この問題に対して専門家は、景気循環説、停滯説、雇用の喪失説の3つの説をあげている。

まず景気循環説。これは単に景気の回復はまだ不十分で、新規雇用に至っていないだけだという説である。クルーグマンはこの説の支持者で「あらゆるデータは、アメリカの失業率が高いのは需要が不十分だからだということを示している」と言っている。景気循環の過程に過ぎず、雇用がまだ生まれる状況になっていないというのだ。

次に停滞説。これは現在の苦境は循環の一局面ではなく、停滞が原因だとする説である。この説でいう「停滞」とはイノベーションを生みだす能力や、生産性を高める能力の長期的な低迷を意味する。タイラー・コーエンの『大停滞』に詳しい。大不況の影響が主因ではなく、経済を進歩させるような新しい発想の生まれるペースが鈍化したことが根本的な原因であるというのだ。

最期は雇用の喪失説である。これは停滞説とは逆で、技術の進歩が滞っているのではなく、速すぎることが原因であるという説である。この本の主題はこれである。この説の元になっているのはジェレミー・リフキンが1995年に発表した『大失業時代』という本だ。この本の中に書かれていた憂鬱な仮説を引用する。

「私たちは世界の歴史における新しい時代に突入している。それは、世界中の人にモノやサービスを供給するために必要とされる労働者の数が、どんどん減っていく時代である。(中略)いずれは高度なソフトウェア技術によって、文明は労働者がほとんどいない世界に近づいていくだろう。」

リフキンだけに限らず、雇用の喪失説を唱えてきたのはジョン・メイナード・ケインズ、ピーター・ドラッカー。そしてノーベル経済学賞を受賞しているワシーリー・レオンチェフなどがいる。テクノロジーが雇用を奪っていくというのだ。これによる経済的な影響は計り知れないが、現状ではこの事実はあまり認識されていないという。それで大丈夫なのだろうか?

テクノロジーの進化は今後、加速度的に進んでいくことが予想される。しかもそれは私たちが想像しているものを、はるかに凌駕するスピードになるだろう。その根拠となるのがムーアの法則とチェス盤の法則である。

ムーアの法則は最も安価な集積回路(IC)のトランジスタの数は12ヶ月ごとに倍になるという法則である。(現在では18ヶ月ごとに倍増するという法則が受け入れられている)

チェス盤の法則はチェスのマス目に1マス目は1粒、2マス目は2粒、3マス目は4粒と、前のマス目の倍の数の米粒を置いていくと、最終的には米粒の数は2の64乗マイナス1粒になるという話から来ており、指数関数的な増え方は人を欺くという法則である。

チェス盤の半分くらいまでは、米の山はそう多くはならない。しかし半分を過ぎたあたりから直感的にも狼狽するような増え方に転じるのだ。これをコンピューターの産業利用にあてはめてみるとおもしろい結果になる。

アメリカが設備投資の対象に情報技術を加えたのが1958年。これをIT元年とする。そこからムーアの法則で18ヶ月ごとに集積回路の密度が倍増していくとすると、ちょうどチェス盤の半分にくるのが2006年。IT元年から数えるとすでに40億倍になっている計算になる。2012年にはなんと640億倍になっている!それだけテクノロジーは進歩しているということだ。

指数関数的な進化が私たちを驚愕させるのはこれからである。テクノロジーの進化がコンピューターでは不可能だと思われていたことを、どんどん可能にしていく。それにより人間にしかできないということは減っている。それにより仕事をコンピューターに奪われるという事態が今後は増えていくかもしれない。こうして仕事がどんどんなくなっていく時代がすぐそこまでせまっている。そのときにどうしたらいいのか。その解決策がこの本を読むことでみつかるかもしれないので、ぜひ読んでみてほしい。

追伸 この本の原題はRace against the machineという。これって確実にRage against the machineから取っているよね。ということでまったく関係ないが、最後にRage against the machineの曲のリンクを貼り付けてレビューを締めたいとおもう。

Rage against the machine : killing in the name