おすすめ本レビュー

『閃け!棋士に挑むコンピューター』田中徹,難波美帆

久保 洋介2011年2月23日
閃け!棋士に挑むコンピュータ

作者:田中 徹
出版社:梧桐書院
発売日:2011-02-10
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チェスの世界ではコンピューターは既に世界チャンピオンに勝っている。将棋の世界でもコンピューターが一流棋士に勝つのは時間の問題だと思っていたが、ついに2010年10月にコンピューター「あから2010」が清水女流王将に勝利した。本書評を書く数日前にもコンピューターが人間クイズ王2人を破ったニュースが飛び込んできた(http://bit.ly/gpo7wa)。それも数年内に医療向けに実用化し、人間の診断を開始するという。最近の人工知能の進化は凄まじく、私たちは人工知能が人間を超える瞬間「Singularity」に立ち合っているのかもしれない。

清水女流王将に勝利した「あから2010」は、現在、コンピューター将棋で最強といわれている四つのソフト「激指」「GPS将棋」「Bonanza」「YSS」を合わせたシステムで、ハードウェアは東京大学にあるコンピューター169台を接続。各ソフトが提案する最善手を多数決を通して一手に集約させていく合議システムを採用した。将棋におけるゲームの始まりから終わりまで、現れるすべての局面は10の226乗。10手先を読もうとすると局面の数は1073京7418兆2400億である。コンピューターが1分に1億局面読んだとして、すべて読みきるのに20万年以上かかってしまい、事実上全局面を読み込むのは不可能だ。これが将棋の世界でなかなかコンピューターが人間に勝てなかった理由だが、コンピューターは先の局面を読む「探索」と局面局面の形勢を判断する「評価関数」の速度・効率を上げることによって最善の一手を読めるようになってきた。

本書は「あから2010」と清水女流王将の対決を中心に、「あから2010」プロジェクトチームや、受けてたつ人間棋士の姿についての書き下ろしだ。将棋・人工知能に詳しくない人でも基本的なところからよく分かる内容になっている。第五章は「あから2010」と清水女流王将の対局についてのルポタージュであり、読者は手に汗握りながら人工知能と人間の勝負を追いかけることができる。第七章と第八章では人工知能の可能性や限界も言及されている。

それにしても「あから2010」は一情報処理の学会によって設計・開発されており、お金に困っているようだ。名人羽生善治や竜王渡辺明と対決するためには数千万円はかかるので超一流とは対極すらできない。一方、世界一のコンピューターチェス「Deep Blue」やクイズ王を破ったコンピューター「Watson」は民間企業(IBM)が開発・プロモーションしている。人工知能に投資する勇気と戦略を持った企業がもっと出てくることに期待したい。