おすすめ本レビュー

小麦畑のバイキング 『地球最後の日のための種子』 スーザン・ドウォーキン

村上 浩2010年9月8日

採点:★★★★★

「食べる人」つまり、全ての人におススメ。科学的な面はもちろん、1人の男の冒険譚としても面白い。

成毛眞さんが激賞しているのもうなずける。プロローグを読んだときのワクワク感は、小学校のときにファイナルファンタジーの新作をプレイしているときに感じたものにも匹敵する。世の中には想像もつかないことが沢山あるなぁ。

地球最後の日のための種子 地球最後の日のための種子
(2010/08/26)
スーザン・ドウォーキン

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■あらすじ

プロローグは1998年ウガンダで発生したUg98の発見からスタートする。Ug98は小麦を襲う伝染病であり、防御遺伝子を具えているはずの小麦の標本をも圧倒し、その壊死率は80%にも達していた。

農家は「最大収穫量」を目指して、最も収穫量の大きくなる品種を品種改良によって開発し、栽培する。最も優れた品種のみが農家によって育てられるのだが、当然あらゆる農家がその品種に殺到することとなる。そのように広く使われている品種が持っている抵抗性を凌駕する病原菌が現れれば、途端に我々の食料は不足してしまうのだ。

そのような病害が発生したときに我々にできることは、「遺伝資源」にアクセスしその病害に対する抵抗性を持つ遺伝子を探すこと。そして、その遺伝子から新たな病原菌への耐性を持つ品種を作り上げることだ。リスクを減らすためにはより多くの遺伝子を、よりアクセスし易いカタチで保存しておく必要がある。

本書はその「遺伝資源」の中身となる小麦遺伝子を世界中から集め、整理した男についての物語である。

■感想

最後の日のための倉庫

こんなものがあるなんて。。。doomsday vaultで検索すれば、様々な写真が出てくる。これをつくるために、本書の主人公であるベント・スコウマンはチベットの山奥、南米、アフリカと世界中を飛び回った。こんなにワクワクする人生も中々ないだろう。

およそ一万年前に作物の栽培をはじめて以来、農業はずっと、生物の多様性を広めようとする自然の力と、ますます集約的になる生産システムのもとで食糧を生み出す必要性とのせめぎ合いだった

スコウマンの言葉だが、「農業=自然との調和」と考えている人はびっくりするかもしれない。近年「生物多様性」に関する話題が多く聞こえてくるが、農業は本来「多様性」と相容れないものなのかもしれない。だからこそ、「最後の日を迎えないための」保険としての遺伝子資源が必要なのだ。

スコウマンやその師匠格であるノーベル賞受賞者ノーマン・ボーローグの仕事ぶりにはただただ驚かさせる。大胆に世界中を飛び回っているかと思えば、徹底的に細やかな種子の整理分類を気の遠くなるような回数こなしているのだ。望ましい形質をもつすべて持つ小麦を得るためには、何度も何度も繰り返す必要がある。彼らはそのプロセスを1シーズン6000~10000回繰り返すらしい。うーん、俺には絶対できない・・・

食の安全と環境 (書評)にもあったが、「なんとなく」の気分で肥料や遺伝子組み換え食品を拒絶している人には是非読んでほしい。多様性を守るために皆がチベットの農家のような農業を行っていたのでは、これだけの人口を食べさせることは絶対にできない。また、これだけの人口を食べさせるために犠牲となっている「多様性」はこのような「公共の場」で守らなければならない。

スコウマンのジョークが現実のものとならないために。

もし種が消えたら、食べ物が消える。そして君もね