おすすめ本レビュー

美しき山下清 『マリー・アントワネットの宮廷画家』 石井美樹子

村上 浩2011年2月20日

★★★★☆

フランス革命前後の貴族生活に興味がある人はもちろん、逆境にも負けない強い女性の人生に触れたい人にもオススメ

マリー・アントワネットの宮廷画家---ルイーズ・ヴィジェ・ルブランの生涯 マリー・アントワネットの宮廷画家—ルイーズ・ヴィジェ・ルブランの生涯
(2011/02/04)
石井 美樹子

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表紙の絵は本書の主人公であるルイーズ・ヴィジェ・ルブランの自画像である。この絵を見ての通り、ルイーズはパステル画家の父ルイ・ヴィジェから絵の才能を受け継いだだけでなく、結髪師の母ジャンヌ・メサンから美貌も受け継いだ。マリーアントワネットの宮廷画家であったルイーズはフランス革命の混乱を逃れるため、12年ほど娘とヨーロッパを彷徨うことになる。本書は行く先々で様々な困難にぶつかりながらも、持てる才能を活かして、「美しいもの」への情熱を絶やすことなく懸命に生き抜いた女性の人生に迫る一冊となっている。

ルイーズは1741年のパリに生まれたが、当時の子どもに対する見方、育て方は現代のそれとは大きく異なっている。子どもは貪欲で勝手気ままな欠陥を持った大人であり、子育ては召使いの仕事であった。ルイーズも6歳から12歳までは修道院で育てられている。子どもに対する見方だけでなく、女性への見方も当時と今では大きく異なっている。女性には創造的な仕事をする能力が欠如していると考えられており、王立アカデミーできる女性会員の数もたった4人に限定されていた。そのような時代背景においても、初子の出産を前日に控えても制作の手を緩めない姿を友人にたしなめられる程の情熱で、傑作を生み出し続けたルイーズは、1783年に王立アカデミー会員となる。

「絵」の果たしている役割もまた異なっていたようだ。特に、宮廷画は王室が民衆へメッセージを発信する大事なメディアとして機能していた。マリーアントワネット王妃は、「首飾り事件」によって浪費家、赤字夫人の汚名を着せられて、その名誉は大きく傷ついてしまった。イメージ回復を図った王室は、スウェーデンの画家に「マリー・アントワネット王妃と子どもたち」を制作させたが、うまくいかなかった。そこで白羽の矢が立てられたのがルイーズであり、ルイーズの制作した「マリーアントワネット王妃と子どもたち」の中の王妃は豪華な衣装を脱ぎ、国母に相応しい優しさを携えていた。展覧会で高い評価を受けたこの作品が後に革命軍側のナポレオン・ボナパルトの私室に飾られることになるとは、皮肉なものである。

フランス革命の混乱から逃れてヨーロッパを彷徨うことになるルイーズだが、美の追求は決してやめることはなかった。自分の使命を、美しい人(上流階級の人々)を自らの創造力を持って、より美しく表現することであると信じて疑うことはなかった。パリから逃れてイタリアを放浪するルイーズが娘や従者と馬車で移動しているときのシーンが象徴的である。

ローマ南東のポンティノ湿原を通り過ぎるとき、羊たちが草花であふれる平原のかなたの岬が目にはいったとき、ルイーズは感嘆の声をあげた。「なんと素敵な光景なのでしょう!」。晴れた日の平原を、光が変化しながらさっとかすめ過ぎるように感じた。従者の顔に軽蔑の色が浮かんだ。「羊も羊飼いも野っぱらを転げまわるだけさ。羊はみな汚い」。

ローマやロシアを転々とする際にパリの友人の悲しいニュースを聞きながらも、懸命に生きていくルイーズだが、脇の甘いところもあり、度々大金を失う羽目にあってしまう。一流の絵の才能で毎回何とかピンチを切り抜けるのだが、見ていてハラハラするので、頁をめくる手をなかなかとめることができない。ルイーズが行く先々での貴族たちの生活も垣間見ることができて非常に興味深い。3月1日から丸の内の三菱一号美術館でヴィジェ・ルブラン展が行われるので、美術館に行く前に是非本書で彼女の人生に触れて欲しい。