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『演歌よ今夜も有難う』

東 えりか2011年7月28日
演歌よ今夜も有難うー知られざるインディーズ演歌の世界 演歌よ今夜も有難うー知られざるインディーズ演歌の世界

(2011/06/25)

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スナックのカラオケは演歌に限る。

舌が回りきらないような歌詞や「ヘイ!ヨー!」とラップでカッコつけても水割りには似合わない。ロックンローラーを気取っていても、日本人なら演歌の一曲や二曲は歌えるはずだ。セクハラと言われようが会社の部長と「銀恋」を歌えればOLとして一人前なのだ。

「日本人の心」にも例えられる演歌だが、メジャーで活躍している人は一握りに過ぎない。ヒット曲が一曲でもあれば一生暮らしていけるといわれる演歌歌手だが、どのレコード会社にも所属せず、自費でCDを出して歌い続けている人たちがいる。

『演歌よ今夜も有難う』は、カラオケ喫茶や健康ランド、お祭りの舞台、果ては路上で歌い続けている歌手たちへのインタビューである。著者はいつも斬新な切り口で今の日本をルポルタージュする都築響一。まったく、こういう試みをさせたら今日本一面白いライターである。

取り上げた歌手は17名。表紙を飾るド派手なオバちゃんはみどり○みき。足立区の団地裏にあるカラオケ喫茶&居酒屋「桂ちゃん」のママにして専属歌手である。しかし侮ってはいけない。2000年にリリースした『神様は泣いた』はすでに40万枚を売り上げ、通信カラオケで配信されている曲は13曲。そんじょそこらの歌手が逆立ちしたって勝てないビッグ・アーティストなのだ。

演歌歌手の枕詞には「売れない」「ドサまわり」と同じくらい「苦労」とか「貧乏」がよく似合う。みどり○みきの人生もまた演歌さながらであることを都築響一は聞きだす。

普通のサラリーマンが定年まで勤め上げたあと歌手になった内藤やすお。昭和風俗を体現するような、歌なら何でもござれというベテラン、ケニー池田。建築士と歌手の二束の草鞋を履くまつざき幸介。巣鴨駅前の路上で歌うブルースシンガー裕力也。作家・団鬼六の妻にして靖国神社で反戦を歌う黒岩安紀子など一人で一冊のノンフィクションが書けるような人たちのオンパレードである。

このあずさ愛という歌手は、秋田と東京を往復しながら地道な活動を続けている。天性の歌心からメジャーからの誘いもたくさんあるなか、自分のスタイルを貫いている。正直、イロモノの多い本書の歌手のなかで、あずさ愛の歌声はダントツである。ユーチューブを何度も繰り返し聞いてしまった。

港町には演歌が似合う。東日本大震災で津波の被害が大きかったのは、まさにそんな港町だった。震災直後からミュージシャンやお笑い芸人たちがボランティアや慰問に訪れたが、被災者の人たちの笑顔が一番多かったのは、演歌歌手のステージではなかっただろうか。北島三郎率いる歌手たちの歌は、漁師やその家族にとってはつい昨日までの普通の暮らしだったのだ。

テレビやラジオで活躍する歌手は手の届かない憧れだが、地元のスナックで一生懸命歌う「オラが村の歌うたい」をもっと気に留めてもいいのではないか。今をときめくAKB48は秋葉原の密着アイドルだったのだ。なんだかカラオケスナックに行きたくなった。

日本人は歌が好きだ。それは今も昔も変わらない。後白河法皇が編纂した『梁塵秘抄』も鎌倉幕府が作られる直前、民衆が歌い広げていた今様、つまり流行歌を集めたものだ。今回、その中から文芸評論家の川村湊が100曲を選曲し現代語訳したものが面白い。

梁塵秘抄 (光文社古典新訳文庫) 梁塵秘抄 (光文社古典新訳文庫)

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『梁塵秘抄』で一番有名な歌といえばこれだ。

♪遊びをせんとや生まれけん

戯れせんとや生まれけん

遊ぶ子どもの声聞けば

わが身さえこそゆるがるれ♪

この歌を川村湊は大胆に異訳する。

♪オトコのオモチャと生まれてきたわ

さわられ なでられ 抱かれるために

たまにゃ ひとりで生きたくもなるが

こみあげる悲しみ なんとしょう♪

歌い手を遊女に見立て、その罪業の深さを歌ったものと解釈したのだそうだ。まさに演歌の歌詞そのものである。全編この調子で訳される本書は、古典の時間に習っただけの『梁塵秘抄』を身近な存在にしてくれる。

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