HONZ今年の1冊

2013年 HONZ 今年の1冊

土屋 敦2013年12月30日

各レビュアーが今年の一冊をご紹介する、恒例の「HONZ 今年の一冊」、いよいよ発表。というか、やっと出揃いました(某ノーレビュー師匠がなかなか書かないのはレビューだけではなかったのだ)。毎度のことながらみんなバラバラですが、それぞれの個性がいっそう際立つ一方、意外な選択もあり、偶然にもメルヘン栗下と高村和久の微妙かつ絶妙なバトルが発生したりと、なかなか楽しめます。なかには初版1971年の本とかを持ち出す輩もいて、相変わらずHONZは自由だな、とわれながら呆れている次第。

 

ではでは、今年はいきなり代表からスタート! 相変わらずの成毛節です。

成毛眞 2013年最大の衝撃作

精神医療ダークサイド (講談社現代新書)

作者:佐藤 光展
出版社:講談社
発売日:2013-12-18
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2013年最大の衝撃作だ。表紙の7割以上を覆い尽くす、13センチもの幅の真っ黒な帯が巻かれていて、そこには「警告!これはフィクションではありません ブラック精神科医たちの衝撃の実態」と本のタイトルよりも大きな白抜き文字で書かれている。異様な風体を持つ新書だ。

 

さらに畳み掛けるように

「通院歴もないのに突然精神科病院に拉致・監禁」
「医師の勧められた睡眠薬で極度の薬物依存に」
「自殺願望に悩む患者に首吊り自殺の方法を教える」
「性行為でイクかどうかと問診して治療方針を決定」
「大量の薬物投与と電気ショックで26歳男性の言葉を失わせる」

などと、本書からの抜粋が並んでいる。これは読まずにはいられないという雰囲気を持つ、異様な医師たちをレポートした異様な本だ。

 

いやはや本当にヤバイ。そして怖い。まわりに精神科に通っている人や、これから精神科に行こうとしている人がいたら、是非ともおススメして欲しい本だ。

 

ところで「2013年最大の衝撃作」とした理由は、その帯の裏表紙に真っ赤な文字で「2013年最大の衝撃作」だと書いているからだ。素直に信じて、本書を「2013年最大の衝撃作」とする。

東えりか 「今年一番ノスタルジーを感じた」一冊

新・神戸の残り香

作者:成田 一徹
出版社:神戸新聞総合出版センター
発売日:2013-08
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神戸元町の海文堂書店が無くなる、というニュースを聞いたのはいつだったか。神戸が故郷の男と結婚することになり、帰省するたびに行くのがこの本屋だった。港町神戸にふさわしく、海に関する本が揃っているということで有名だ。見方も分からないのに海図や文献を手に取り、海に関する自然や経済、船に関する薀蓄本をたくさん買ってきた。

 

9月の閉店直前、これが最後か、と店内を回っていた時に見つけたのが、成田一徹『新・神戸の残り香』(神戸新聞総合出版センター)。昨年急逝された版画家である著者が、お洒落な町・神戸の伝統を訪ね歩き、それを切り絵にして短いエッセイをつけた神戸新聞の人気コーナーをまとめたものだ。ミステリマガジンのイラストといえば思い出す人も多いだろう。ここで出会ったのも何かの縁を感じる。

 

神戸で生まれ育ち、東京で仕事をするようになっていた成田が、あの震災の後、変わってしまう街並みを惜しんだ。古き良き時代の面影を前作『神戸の残り香』で残したが、少し間を置いて2010年にこの『新・神戸の残り香』の連載が再開されたが2012年10月に急逝され、この連載も終了となってしまった。

 

切り取られた風景は海文堂書店の2階の海事書コーナーを始めとした57+α。これぞ神戸といったモダンなパン屋やカフェ、下町の駄菓子屋さん、洋服の職人、何気ない電柱の絵もなぜかおしゃれに見えるから不思議だ。

 

母に見せると本当に懐かしそうに1ページ1ページめくりながら「絵描きさんが描くと、ちごうとるもんやなあ」と感心し、馴染みのある場所を丁寧に解説してくれた。

村上浩 「今年読むのをもっとも我慢した」一冊

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 上

作者:シッダールタ・ムカジー
出版社:早川書房
発売日:2013-08-23
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病の皇帝「がん」に挑む ―  人類4000年の苦闘 下

作者:シッダールタ・ムカジー
出版社:早川書房
発売日:2013-08-23
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この本の存在を初めて知ったのは2011年。原書の『The Emperor of All Maladies』がピュリッツァー賞を受賞したときだ。人類最大の敵ともいえる「がん」のすべてを描き切るような内容とワシントンポストなどの絶賛レビューから、すぐにでも読みたいと思ったのだが、英語で500頁以上の医学に関する本を読みこなす自信などあるはずもなく、邦訳を待つことにした。

 

待ちに待った邦訳が出るというので、「誰よりも早く読んでレビューしよう!」と息巻いていたのも束の間、仲野徹が解説を書いているという。しかも、その解説をHONZに掲載するという。HONZには「他のメンバーが紹介した本のレビューを書いてはいけない」というルールはない。しかし、いくら図々しい私でもあれだけ骨太でかつ面白い解説の後にレビューを書く勇気はない。勇んで買ってきた上下巻を、そっと積読の山に置くのが精いっぱいだった。本を置く手は震え、目からはアツイものがこぼれ落ちていたような気もする。

 

HONZメンバーとして一番つらいのは、他のメンバーが紹介した本を読む時間を確保するのが難しいことである。なにしろ、月に何冊もオススメ新刊本を発掘しなければならないのだ。『量子革命』のように我慢しきれず読んだ本は何冊もあるのだが、大ボリュームのこの本だけは、年末にゆっくり読もうと心に決めていた。積読本の中にはレビューを読んでついポチった本が他にも数多くあり、年末の出版ラッシュで面白そうな新刊が立て続けに出てはいるのだが、先ずは2年分の思いを込めてじっくりこの本を楽しみたい。面白いに決まっている本を読み始めるときほどワクワクする瞬間はない。

仲野徹 今年「とっても会津だった日本人必読の」一冊

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

作者:
出版社:中央公論新社
発売日:1971-05
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スペンサー銃をぶっぱなす予告編で期待感をあおりまくった大河ドラマ『八重の桜』。えらく楽しみにしていたのに、はじまってみたら、明治維新夜明け前の話が延々と続くばかり。ようやく舞台が会津に移ったと思ったら、凄惨な戦争シーンばかり。で、ほぼ挫折。

 

しかし、そのブームにあやかろうと平積みにされている本の中から、櫻井よしこの『日本人の魂と新島八重』を読んだ。内容的には会津藩における生活や教育が主であって、新島八重は、まぁ、宣伝文句というか、付け足しのようなものである。羊頭狗肉のような気もするが、会津藩の精神性というものを知るには格好の本であった。

 

そういえば、ドラマをチラ見していた限りでは、新島八重もえらかったけど、兄ちゃんの山本覚馬の方がもっとえらかった。ドラマでは少ししか出てこなかったみたいだけど、伝説の東大総長・山川健次郎をはじめ、会津藩は他にもたくさんの人材を輩出している。

 

戊辰戦争の生き残りに、どうして文字通り立派な人が多いのか。もちろん、『ならぬものはならぬ』という会津藩の厳しい教育があったことは間違いない。しかし、いくら厳しくしつけても、それだけでは無理じゃないのかという気がずっとしていた。

 

そして、この本。師匠・内田樹先生から、ぜひ読むべきと以前から薦められていた一冊を読んだ。義和団の乱『北京の55日』において、籠城する多国籍軍の実質的指導者として活躍した柴五郎の半生記である。会津落城は柴五郎が9歳の時。祖母、母、姉妹が自刃する。

 

以後、苦労に苦労を重ね、陸軍幼年学校から士官学校へと進む。この本の内容はそこまで、すなわち少年期の経歴の聞き書きである。壮絶、という以外の言葉が思い当たらない。その後、会津藩出身でありながら、薩長閥が跋扈する陸軍において大将にまで上り詰めるのであるから、どれだけ偉かったかがわかろうというものだ。

 

山川健次郎は、会津で生き延びたことを恥じ、清廉潔白そのものの人生をつらぬいた。底意地が悪いので、多くの場合、艱難辛苦は人間をダメにするものだと思っている。しかし、それを本当の意味で乗り越えることができた人は、まったく違ったレベルに到達することがよくわかった。そして、その基礎として、教育が重要な意味を持つということも。

 

『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書-』、今年とっても会津だった一冊としてだけでなく、全日本人必読の書と断定できる一冊でもある。

 

と書き切ってからググってみたら、猪瀬前都知事が今年の年頭挨拶で紹介してたのね……。ちょっとトホホだけど、ほんとに面白いから、みんな読んでね。

久保洋介 今年「一番、新入社員に読ませた」一冊

ハーバード流宴会術

作者:児玉 教仁
出版社:大和書房
発売日:2012-11-24
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初めて宴会・飲み会の幹事を務める新入社員には本書を薦めてきた。「次の宴会(飲み会)までにこれ読んどいて」。2013年、何回このフレーズを使ったか分からない。

 

本書は、商社で脈々と受け継がれてきた宴会術の暗黙値を、元商社マンの著者が余すところなく紹介するという一冊。宴会の場所選びから、合コンのアイスブレークテクニック、外国人をもてなすホームパーティーのコツまで「えーここまで紹介しちゃうの?」という具合である。

 

ただ単に本書を新入社員に渡しても「なーんだ、宴会本か、けっ」と思われかねないので、ちょっと工夫することも忘れない。「この本、ハーバード流のプロジェクトマネージメントのことも書かれてるよー」と付け加えて、「コンセプトを決めて、キーパーソンを巻き込みながら、物事を前に進めていくというプロジェクトマネージメントの極意は宴会にも通じる」と主張してみる。

 

なーんて格好よさそうなことを言って今年は後輩に宴会幹事業を押し付けていた。もちろん2014年も同じ手段を踏襲する予定だ。

 

レビューはこちら

野坂美帆 今年「一番心に残った」一冊

誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち

作者:黒川 祥子
出版社:集英社
発売日:2013-11-26
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『ルポ虐待』のレビューを書いたときに、土屋敦が今度出るこの本をぜひ読んだらいいとフェイスブックでコメントしてくれた。へえ、開高健ノンフィクション賞受賞作か。それは読んでみなくてはならないな、と思っていると、『ノンフィクションはこれを読め!2013』出版記念トークイベントinジュンク堂書店大阪本店で、東えりかが発売前の見本本をもってこれはおすすめです、と力説。選考委員満場一致で選ばれたのだという。赤くけぶる中に花を抱えた裸足の少女が立っている表紙が印象的な本だった。

 

『誕生日を知らない女の子』は虐待を受けた子どもたちのその後を追ったノンフィクションで、主にファミリーホームという小規模住居型児童養育事業施設でのエピソードをつづる。去年は家族がテーマの小説をよく読み、今年は虐待をテーマにしたノンフィクションが気にかかった。今年の締めくくりに出会った本作は、虐待のその後という今まで意識しきれなかった部分、センセーショナルな「虐待」という暴力の影に隠れた、しかし決して見逃してはならなかった部分に焦点を当てている。今年最後に出会った本が、今年一番心に残る一冊となった。

鈴木葉月 今年「もっとも期待通りだった」一冊

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

作者:佐藤 健太郎
出版社:新潮社
発売日:2013-07-26
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今年読んだ面白い本を紹介してほしいと人に聞かれたならば、この一冊を紹介しておけば間違いない。サイエンスと歴史の組み合わせはノンフィクションにおいて、まさに鉄板。「有機化学」と「人類史」の織り成すエピソードが次から次へと展開し、決して読み手を飽きさせない。

 

ここでは年末年始にちなんで、エタノールの章からいくつか薀蓄をご紹介。人類の飲酒量はワインなら世界で毎年東京ドーム21杯、ビールならば155杯にも達しているというから、まさに酒こそは人類の永遠の友だ。しかしエタノールは「ダウナー系」の薬物に属する。酒を飲むと人が変わってしまうのは、普段見せないでいる本性を隠しおおせる力が弱り、本来の姿が見えてしまうためだというから、飲み過ぎにはくれぐれもご用心を。

 

本書では、他にもデンプンを通して古代中国・ヨーロッパ帝国の崩壊のいきさつを解き明かし、バルザック、バッハ、ゲーテら天才たちのカフェイン中毒ぶりに触れたかと思えば、石油をはじめとするエネルギーを巡る世界の覇権争いにまで話は及ぶ。

 

と、ストレートに面白い本を紹介してみたのですが、他のメンバーはいかがでしょうか? 誰かが書くと思っていたこの本も、ど真ん中過ぎてレビューでの登場はかなわなかったようです。来年は、ベタでも面白い本も勇気をもって堂々と取り上げられるよう、頑張ります!

刀根明日香 今年「新たな世界に導かれた」一冊

ミツバチの会議: なぜ常に最良の意思決定ができるのか

作者:トーマス・D. シーリー
出版社:築地書館
発売日:2013-10-14
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本書はミツバチの行動を長期間に渡って観察し、小さく美しい発見に行き着くまでの過程を描いたものである。ミツバチはなぜ、いくつもの選択肢から最適な移住空間を選ぶことができるのであろうか。本書には、集団による意思決定に欠かせない要素が散りばめられている。今まで関心のなかった新しい分野である「昆虫」を切り開いてくれた、愛しき本書を今年のNo.1にしたい。

 

虫嫌いな私を最後まで導いてくれたのは、生き物を愛するがあまり、実験に明け暮れ、次々と謎を見つけては追及していく、科学者たちの後ろ姿だった。ある時は何時間も何日間も巣の前に座ってじっと観察する。ある時は生き物を追いかけて全力で街を横断する。またある時は彼らの単独行動を観察するために、小さな小さな生き物一匹ずつに印をつける。そんな地道な彼らの努力に感情移入をせずにはいられない。

 

新たな住居候補を探すため、外に出る役割を負う蜂を探索バチと呼ぶ。1つの分蜂群は1万匹ほどで成り立ち、その中で探索蜂バチは200匹から300匹ほどになる。そして彼らが探し出す住居候補は20から30に及ぶ。これらの選択肢をダンスによって共有し、どの場所がもっとも良いか、長期にわたり討論した上で正しい合意に至る。

 

選択肢を豊富にするためには、なるべく遠く、広い範囲を探したい。一匹一匹の個性も豊かな方が多様な選択肢が得られるだろう。自分が見つけた情報が正しく共有出来ているか。たくさんの情報を集約し、採択に達するには、何が一番大切なのか。これらの合意に行き着くまでの課題解決方法を、ミツバチは数百年間かけて培ってきた。人間がミツバチに学ばなければならないことは、山ほどあるみたいだ。

 

社会人になったら、ビジネス書だけではなく、こんな美しい昆虫の姿からも何かヒントを得られる人間になりたい。元学生メンバーの井上卓磨は、ある日の朝会で、カラスから生き方を学んだと言っていたっけ。何事からも学びを得る姿勢、私も見倣って精進して行きます!

 

内藤順 今年「最も白眉だった男の」一冊

孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)

作者:前野 ウルド浩太郎
出版社:東海大学出版会
発売日:2012-11
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レビューを書けなくて悔しかった本というのは多々あるが、書いたにもかかわらず悔しさの残る一冊。

 

サバクトビバッタ。その名の通り、サハラ砂漠などの砂漠や半砂漠地帯に生息しているバッタで、見た目はトノサマバッタに似ているのだが、しばしば大発生して次々と農作物に破壊的な被害を及ぼす恐ろしい害虫である。この黒い悪魔が発生するメカニズムを解明すべく、立ち向かったのが、本書の著者・前野ウルド浩太郎。

 

レビュー担当の前日に本屋で見つけた衝撃の一冊は、買って、読んで、書いて次の日にアップ。だが、急いで書いたあまりに1000文字程度の軽いレビューになってしまった。何故、あの興奮をもっと存分に伝えることが出来なかったのか。後悔したのは、今年に入ってからであった。

 

4月に行われたニコニコ学会のむしむし生放送では、ポエムのようなプレゼンと相変異という不思議な現象が一躍話題になり、書籍は「ムダの会」が主催する「いける本大賞」の大賞を受賞。年末には京都大学・白眉プロジェクトセンターの助教授就任へと、まさに「相変異」の躍進を見せた。

 

先日、モーリタニアから帰ってきたばかりのバッタ博士とついに対面出来ることに。白眉プロジェクトの選考試験に、おしろいで眉を白く塗っていったエピソードを披露しながら、こちらを向いてドヤ顔。バッタの変身に身を捧げる研究者による、一世一代の大変身であったそうだ。しばらくは研究に専念されるとのことだが、2014年もバッタ博士から目が離せない!

足立真穂 今年「いちばんたくさん買った」一冊

失踪日記2 アル中病棟

作者:吾妻ひでお
出版社:イースト・プレス
発売日:2013-10-06
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この本を読んでから、お酒をどう飲むか考えるようになった——。

というのは、メルヘン栗下などへの牽制球なわけですが、刊行以来7冊も買っていろいろな人にお勧めしてしまいました。今年いちばん、たくさん買った本であります。

 

漫画家・吾妻ひでお氏による、このピンクの表紙の「アル中病棟」入院実録マンガ、気になっているのに読んでいない人がいたらこの休み中にでも。『失踪日記』の後8年をかけて、アルコール依存症で入院した(家族にさせられた)病棟での様子を緻密に描写している一冊です。ゆるりとしながらも生き生きとした描写で、人生の崖っぷちが表現される至極のマンガなり。

 

何より驚いたのは、当たり前といえばそうなのですが、アルコール依存症は回復はすれど完治はしない、不治の病だということ。何十年断酒しようと、一度飲んだら終わり。だから吾妻さんも元アル中とはならず、「相変わらずアル中」のまま。自身の体への負担はもちろん、自殺願望も出たり家族への影響も大きかったり、身近なのに実は深刻な問題を多く含んでいるのです。

 

と、書き始めたら長くなりそうですが、人生の幅が広がるのでぜひ。マンガだからこその表現に唸ってしまう部分もたくさんありました。吾妻さん、圧巻です。

マンガHONZも2014年から本格稼働とのこと、被害者の会もさらに拡大しそうで、来年も楽しみにしておりますw。

 

今年も1年、ありがとうございました!

山本尚毅 今年「出会った中でもっともクレイジーだった著者」の一冊

プレイフル・ラーニング

作者:上田 信行
出版社:三省堂
発売日:2012-12-14
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本を購入する前に必ずチェックするのは、著者のプロフィールと経歴だ。面白い本の著者はだいたい面白いと信じて、勢いで会いにいく。その中でも、2013年抜群に面白かったのが、同志社女子大学の上田信行教授。研究テーマは学習環境のデザインやメディア教育、本を裏返すと、「学びはロッケンロールだ!」と帯で叫んでいる。

 

その上田教授が、両親の住んでいた実家を売り払って建てたのが「ネオミュージアム」だ。モノを展示するのではなく、「学びの経験・風景」を展示するというコンセプトである。1990年代、まだワークショップという概念が普及していないタイミングに時代を先取りし過ぎて、誰にも理解されないリスクがあった。実際、多くの人は理解できなかったそうだ。しかし、その場所でジョン・前田など時代の先端を駆け抜ける一部の研究者が、伝説的な実験を行っていった。

 

また、驚くことに、建築費用の調達、設計、施工まですべて自分の手で完成させた。当時最先端の学習環境理論を織り込み最高の学習環境をつくるため、天井高やドアノブから、3,000以上のことを考えて決めていった。

 

と実地に重きをおいているため、著作は数少ない。本書も周囲の研究者が記憶には残るが、記録に残らないことを勝手に憂慮して生まれた本だ。おもしろくないはずがない。

鰐部祥平 今年「もっとも歴史のロマンを感じた」一冊

古代ローマ1万5000キロの旅

作者:アルベルト・アンジェラ
出版社:河出書房新社
発売日:2013-02-20
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本書は久保洋介がすでにレビューしている。それ故に目新しさはない。しかし、今年一年を通して最も歴史のロマンを感じた一冊である。実は私も読んでいたのだが、先を越されレビューし損ねた一冊なのである。

 

本書は一枚のセステルティウス貨を追いながらトラヤヌス統治下のローマを旅するという架空の物語である。ノンフィクションサイトのHONZに何故フィクションの本が?と思う方もいるだろう。本書は膨大な考古学的発見を基に書かれた架空の物語である。登場する人々は実際にこの時代に生きていた人々だ。登場する町も地域も様々だ。ローマ、ロンドン、パリ、スペイン、アフリカ、インド、エジプト、メソポタミアと縦横無人に駆け巡る。

 

一枚の貨幣はこれらの地を巡りながら様々な人々の手に渡り、そして彼らの人生模様を垣間見る。富裕層の享楽的な生活、富裕層女性の権利の向上。その一方で貧困層の女性は少女の内から親の決めた男に嫁がされ、家父長的世界で苦汁をなめる。水頭症の奴隷の少年を手術する医師。そこから見える物は人生を精一杯生きた名もない民衆の物語だ。

 

歴史書というとどうしても堅苦しい資料の羅列か、王侯相将の物語という形をとることが多い。どちらも歴史を見つめるうえで必要なものであろう。しかし、その時代にも喜び、泣き、笑う、多くの無名の人々がいた。彼らの人生は時間という忘却の彼方に消え失せ、私たちの前に姿を現すとこは稀だ。本書はそんな彼らの生にスポットを当て、その人生の一端を私たちの前に再現している。彼らの姿は私たちの姿でもある。その中に秘められた喜び、苦しみ、希望は全て消えてなくなった。いつかは私たちも時間の闇の中に消える時が来る。だからこそ私は、本書のなかで蘇った彼らの物語に惹かれるのだ。

田中大輔 今年読んだ一番オシャレな1冊

エレガンスの流儀

作者:加藤 和彦
出版社:河出書房新社
発売日:2010-03-25
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大阪にスタンダードブックストアという大好きな本屋がある。この店には自分の好きな物がみんな揃っている。行くたびにそんな風に感じる本屋なのだ。ファッションや音楽、アートの本はもちろんのこと、ビジネス書のセレクトもおさえるべきところはしっかりおさえられていて、本当にすばらしい本屋である。いつかはこんなお店で働きたいと思っている。もしスタンダードブックストアが東京に出店することがあったら、ぜひ働かせてください。お願いします。(ってなんの話だ)

 

そんなお店で出会った一番おしゃれな本が『エレガンスの流儀』である。HONZのファッション担当としては、この本のレビューを書きたくてたまらなかったのだけど、発売が2010年の3月だったので、泣く泣くレビューを諦めたのだった。

 

この本は2009年に永眠した加藤和彦が、GQで連載していたファッションエッセイだ。ファッション関係の本は結構たくさん読んでいるのだけど、この本はそのどれよりもおもしろい。彼の尋常じゃないファッションへのこだわりをみていると、つい顔がにやけてしまう。

 

また彼の着道楽ぶりは、自分にとって理想的で、憧れる生き方でもある。英国的なセンスも自分好みだ。私も自分のことをけっこうな着道楽だと思っていたが、彼からしてみたら足元にも及ばないレベルだとこの本を読んで悟った。ここまで突き抜けてるのをみるのは清々しい。どれだけお金がかかってるんだよ!とか、読んでいると思うのだけど、着道楽にとってはそんなことをいうのは無粋なことなんだと思う。自分もいつかはこんな着道楽になれるよう精進していきたい。

新井文月 「今年最も不発に終わった」一冊

忍法大全

作者:初見 良昭
出版社:講談社
発売日:2013-04-26
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自分としては毎回渾身のレビューを書いているつもりだが、この回は本への情熱があったにもかかわらず、その後とっても不発の臭いがプンプン漂う一冊になった。現代においても生きた忍法を継承している実在の忍者の話であり、忍術とその風貌の怪しさも個人的にストライクで、私は興奮し深夜にカットまで描いてレビューしたものの、反応はイマイチだった。私はレビューに挿絵を描くことがあるのだが、その時はマジ本気も本気なのである。しかしメンバーからは、「あ、また新井ちゃん微妙な本紹介している」程度に思われているのだろう。キィ!無念!

 

本書の内容が悪いのではない。悪いのは自分の力量不足なのだと次の日、枕を濡らした。さらに次の日はレビューに対して、研究に研究を重ねることになる。

 

アート系以外の本を紹介しようとすると、泥棒だアイドルだ金魚だの、つい紹介したくなるが、別に気が緩んでいるわけでなく、本当に面白いのだ。なので変かな?と思っても読んでいただきたい。いや、読んで下さい。ませ。

土屋敦 今年「もっと読みなおして面白かった」一冊

パンドラの種 農耕文明が開け放った災いの箱

作者:スペンサー・ウェルズ
出版社:化学同人
発売日:2012-01-26
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2012年の1月に発売された本だが、また畑をやりはじめたり、料理に関する本を書き始めたり、というわけで再読。読み返すほどに発見があり、実に面白い(文章に勢いがあるので、1回めはどうも読み飛ばしていたらしい)。ついには私の書架の右上、特に気に入っている本が並んでいる一等地に収められる至っている。

HONZでの内藤順のレビューは話題になった。仲野徹もたしか大絶賛していた。2012年版『ノンフィクションはこれを読め!』にも収録されている。だから改めてここで紹介するのも悔しいのだが、今に自分の興味にリアルに寄り添いつつ、とびきり面白いのだから仕方ない。

 

とはいえ、この手の本はいくら面白くてもすぐに入手不能になりやすいものだ。実際、本書は在庫を減らす動きがあり入手困難になりつつあるという。とにかくすぐにでも入手することをおすすめしたい。

 

高村和久 今年の「栗下直也の期待に応える」一冊

大栗先生の超弦理論入門 (ブルーバックス)

作者:大栗 博司
出版社:講談社
発売日:2013-08-21
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先日の「HONZ合宿」については、渾身のHONZ活動記が公開されていたり、HONZメルマガで強烈な前書きが出たりしておりましたので、いろいろご存じの方も多いかと思います。はい、そうです、マッチ売りの少女のように「バスを止めてください。バスを、止めてください。」と、どちらかといえば内股で言っていた栗下直也氏の話や、明け方、記憶を失った刀根明日香さんに「起きてくださいよ」とグーパンで殴られていた栗下直也氏の話や、いろいろな栗下直也氏の話が、いろいろ書かれておりました。私も、現場にいた人間として、ささやかながら栗下直也氏のことを書きたいと思います。あの夜、私たちは、皆で集まって大部屋で夕食を食べていました。成毛眞代表が「自己紹介じゃつまらないから、右隣の人を皆に紹介していこう」と言ったのは何時頃のことだったでしょうか、良く憶えておりません。私の右は鰐部さん、左が栗下さんでした。宿題が出されたのはその時でした。そうです、栗下さんが、私の紹介の最後に「いつか、超ひも理論のレビューを本当に書いてほしいと思ってます!」と言ったのです。本気でそう思っていたのか、その場をしのぐ思いつきだったのかは、今となっては誰にもわかりません。でも、その時、彼の顔を見て私は思ったのです。書けるもんなら書いてみろコラ、と言われていると。

 

字数が尽きてきました。そろそろおいとましなければなりませんが、お伝えしておきたいことがございます。『大栗先生の超弦理論入門』、これは本当におもしろいです。大栗先生の本は『重力とは何か』『強い力と弱い力』から読んでおります。今回は、いよいよご専門の超ひも理論。最先端を走っている人はこういう説明をするのかと、比喩的な意味でも実際の意味でも、大リーグの日本人選手が帰国して中学生に野球を教えているような感銘を受けました。私も中学生に混じって「オオグリマジヤベー」と言ったのです。仲野徹先生が非常におもろかったと言っていたこともお伝えしたいと思います。HONZ合宿2日目の朝、「先生、刀根さん動かないです、どうすればいいですか?」と言われた時の、仲野先生の「水分をとらせてください」、あれほどシンプルで力強い言葉は無かった。僕にはない説得力が、先生にはありますから。

栗下直也 今年『タイトルが恥ずかしくて朝会に持って行けなかった』一冊(別名 高村和久を心の底から尊敬した一冊)

どうして人はキスをしたくなるんだろう?

作者:みうらじゅん
出版社:集英社
発売日:2013-09-09
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宮藤官九郎に、みうらじゅんが絡めばおもしろくないわけがない。性や女性、仕事に趣味。20台の半ばを過ぎれば誰にも聞けないテーマについて思春期をこじらせつづける二人がまともに語り合う。二人の視点が独特で、テーマ以上の広がりを感じさせるため、読み手に意外な気付きを与えてくれる一冊である。

 

HONZでもすすめたかったが、タイトルが淡い。何とも淡い。朝会に持っていって朝7時から本書のタイトルを叫べる自信が自意識が肥大しきった私にはない。成毛眞や東えりかに「キスがどうしたって?もう一回言って」と言われたときにもう一度繰り返す自信がない。もっとストレートに破廉恥な言葉は叫べても、淡さがエロさを引き立たせる。そもそも、「どうして人はキスをしたくなるんだろう?」と35歳近いオッサンが乙女チックな発言したら、朝会の場が静まりかえってしまう。そんなことを考え悶々としていたら、私が欠席した朝会に高村和久が恥ずかしげもなく持って行ってるではないか。一円にもならない自意識はいい加減捨てろということか。朝会が通夜のようになろうとも、白い目で見られようとも関係ないのである。来年はそんな「じぇじぇじぇ」な展開にも耐えられる高村和久のような男になりたい。

麻木久仁子 今年の締めくくりに読んだ一冊

今上天皇 つくらざる尊厳 級友が綴る明仁親王

作者:明石 元紹
出版社:講談社
発売日:2013-12-06
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今年、傘寿をお迎えになった今上陛下。お誕生日の宮内記者会代表質問に対するお言葉 は、80年の道のりを振り返り、ひときわ思いを込められたお言葉だった。それに先立つ10月、皇后陛下がお誕生日に際し宮内記者会に寄せられた文書ご回答と合わせ、あらためて全文拝読した。どちらも日本国憲法を遵守する姿勢を明らかにし、世の平和と人々の幸せを祈るお言葉である。新しい年もどうか両陛下が御健康で、御無事に公務にあたられますようにと願わずにはいられない。

 

さて本書は幼稚園時代から75年にわたり、今上陛下の御側でその素顔を見続けてきた明石元紹氏によるものである。3歳3ヶ月でご両親両陛下のもとを離れ、大人に囲まれて暮らすことになった東宮殿下の遊び友達として、昭和13年からおそばに参上することになった明石氏の目に映った、生き生きとしたエピソードの数々だ。

 

ともに学習院の馬術部に所属したこともあり、馬を巡るエピソードが多い。「フェアであること」を何よりも大切になさる殿下は、内輪の仲間たちで行う紅白試合であってもルールの細部にわたって気を配られたそうだ。また対外試合のときには安全面の配慮もあり常に御自身に良馬が当てられるのだが、それをよしとせず、キャプテンの自分こそがもっとも難しい馬に乗る義務があるとし、実際見事に乗りこなされたことなど、若きプリンスの凛とした姿は清々しく、また微笑ましい。口絵写真の、障碍飛越のフォームの美しさには目を見張るものがある。それほどまでに愛した乗馬も、即位なさると同時にきっぱりとお止めになったそうだ。怪我などをして、公務に差しさわることが万が一にもあってはならないというお考えである。

 

明石氏が75年間の長い交流の中で、ただ一度だけ、殿下が怒りの感情を表したのをみたというエピソードもある。ご成婚のころある出来事があり、友人にはっきりと気持ちをぶつけたという。そうした熱い感情もお持ちなのかと驚くと同時に、日頃いかに御自身を厳しく律しておられるかということが感じられる話でもある。

 

皇室の歴史は、伝統を守ることと、新たな時代を大胆に取り入れることのバランスの難しさを乗り越えることで紡がれてきた。日本国憲法下で初めて即位した天皇として、「国民統合の象徴」とはどうあるべきかを日々の行いを通じて具体的に示す、今上陛下の挑戦は続く。

 

今年の締めくくりに、心洗われる一冊だった。

 

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ということで、HONZ今年の一冊、いかがでしたでしょうか? 年始の読書用の本選びにご活用ください。

 

14年にはいよいよHONZサイトもリニューアルします。今まで以上に読みやすく、また充実した内容の、楽しくてわくわくするようなサイトを目指しますので、みなさまなにとぞよろしくお願いいたします。

 

では、よいお年を!