書店員のこれから売る本

1月のこれから売る本-大垣書店烏丸三条店 吉川敦子

吉川 敦子2014年1月19日

 底冷えのする毎日が続きますがHONZをご覧の皆様、元気にお過ごしでしょうか。

さて、2014年にご紹介する最初の1冊はこちら。

なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか: 勝利は綺麗なお辞儀から

作者:原 千代江
出版社:小学館
発売日:2013-12-16
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 一般の学校でも授業に茶道を取り入れているところはまだ多いとは言えないのに、なぜ乗馬という専門的な技術を身に着けるための特別な学校で、茶道の授業が行われているのだろう。しかも、競馬と言えばギャンブル。茶道の世界はその対極ともいえるわび・さびの世界です。一見相容れないものなのに、著者の原先生の授業は、開校当時から30年以上続いており、無くしてほしくない授業の一つであると卒業生が口を揃えて言うという…。

なぜ?という気持ちから手に取った本書でしたが、読み進めるうちに原先生の優しさ、騎手のたまごたちの純朴さ、そして茶道の奥深さにすっかり魅了されてしまいました。騎手のたまご達の多くは15歳で競馬学校に入学し、3年後にはプロの騎手としてデビューします。まだやんちゃざかりで礼儀作法をしらない生徒たちが、茶道の授業を通じて美しいお辞儀の仕方を身に着け、茶花をいけることで四季を感じ、茶道具を大切に扱うことで、道具やそれを作った人に敬意を払うことの重要性を知り、茶会を開く事で、もてなしの心を学ぶ…。最初は反抗的だった生徒たちが、原先生の優しさに触れて立派な大人になっていくエピソードの数々は感動的です。

「わずか十五歳にして、騎手という勝負の世界で生きることを選択した彼らに必要なのは、お茶の技術ではなく、お茶の心…礼儀作法や美しい所作です。そして、それはそのまま、現在、失われつつある日本人の心でもあります」と原先生は書いていらっしゃいます。

騎乗するという事は常に命がけ。死と隣り合わせの状態で、メンタルの微妙な変化が勝敗に大きく影響する、一時たりとも気が抜けない世界で、生徒たちは卒業後生きていくことになります。
明日はどうなるか分からない人生だからこそ、生きている今この瞬間の季節を感じ、自分を生かしてくれている万物に感謝し、その気持ちを美しい態度で示す。その一助となるのが茶道であり、その事が上手に生徒たちに伝わったのは原先生の愛ゆえに他なりません。本書を読み終わった今、ずっとこの授業が競馬学校で続きますように、そして迷い揺らぐ若者の心を茶道の精神が支えますように、と願ってやみません。

茶道つながりで、今茶道界で最も注目されている本をご紹介しましょう!

新版 茶花大事典

作者:
出版社:淡交社
発売日:2014-02-18
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茶の湯において欠くことのできないもののひとつである茶花、約1800種類を収録した事典です。「花は野にあるように」と千利休が書き残しているように、茶花は時期に見合ったものを違和感なく自然にいけることが重要です。茶室という人工の空間に、野山の自然を人の手で再現する事は至難の業。だからこそ、もてなす側の心遣いが現れ出る部分だと思います。奥深き茶花の世界を照らす灯台のような1冊になるはず。刊行されることが楽しみです。

歳時記百話 - 季を生きる (中公新書)

作者:高橋 睦郎
出版社:中央公論新社
発売日:2013-12-19
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花の名や鳥の名前を日本人ほど知っている国民はほかにはない、といわれるそうですが、人間と動物・植物を同等にとらえる歳時記は、まさに日本の心を表した書と言えるでしょう。

茶道の稽古の中で、お道具拝見の場面があるのですが、茶杓の銘を尋ねられた際は、季語や禅語など、その時期や茶会のシチュエーションに沿った名づけをしなければなりません。ゆえにお茶習う方は季語に敏感な方が多いです。

私もお稽古の道すがら「今日の茶杓の銘は何にしようかなぁ」と考えるのですが、なかなかぴたっとはまる言葉を選ぶのは難しく、先生からもっと相応しい言葉を教えて頂くこともしばしば。
よく注意されるのは、寒い時に寒い名前をつけるのではなく、その先の過ごしやすい季節を先取りし連想させるような名前をつけなさいという事。

歳時記の中にも同じような表現がありました。「春隣」というのは大寒15日目の寒さ極まった時の事。寒さのすぐ隣に春が来ていると考える事で、寒さを耐え忍んでいたのでしょう。言葉だけでも暖かさを連想させることで、凍えそうな今が少し楽になる。

今が永遠に続くわけではなく、すべては移り変わっていくことを感じて、現状の辛さに耐えたり、過ぎゆくこの時を愛おしんだりする事って素敵な生き方だと思います。「四季とともに生きるすべての日本人へ」と帯に書いてある通り、四季のある国日本に生きる私たち必読の1冊です。

最後に、日本のたどってきた道を分かりやすく説いた本をご紹介します。

考証要集 秘伝! NHK時代考証資料 (文春文庫)

作者:大森 洋平
出版社:文藝春秋
発売日:2013-12-04
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NHKにて時代考証を担当している著者がNHK職員向けに作成した膨大な資料を定本としてこの文庫は作られました。「万物の根源はストーリーテリングであり、時代考証はその第一の僕である」というのが著者の持論です。ドラマに求められるのは「正しい史実」ではなく「こうだったらいいな」というフィクションの面白さであり、架空の世界をよりそれらしく見せるためのツールが考証であると著者は説きます。

「型破りなことをやろうと思うなら、まず型をよく知らなければいけない。そうでなければ型破りなことなどできない」という講談の人間国宝一龍斎貞水師の言葉が引用されており、型を知ろうとする人の為の一助となるよう作られています。五十音順にキーワードが散りばめられており、気になる言葉から読むもよし、ア行から順に読んでいくもよし、読み終わる頃には日本のこれまで辿ってきた歴史が、より立体的に感じられるようになるでしょう。
時代小説がお好きな方、大河ドラマファンの方に特におすすめします。

以上、和の文化に触れられる4冊ご紹介しました。今年もすてきな本を1冊でも多くご紹介できるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします!

吉川敦子
1982年生まれ。中高大、ならびに就職先もすべて京都。他府県へ出る機会を逃し今に至る。抹茶と和菓子をこよなく愛し、飲み会よりお茶会への出席率の方が高い。
書籍全般を毎日ウォッチしながらも、メイン担当はコミック。
隣の芝生は青いと申しますが、好奇心旺盛なので(飽きっぽいとも言う)そろそろほかのジャンルも担当してみたいなぁ、と思ったりする今日この頃。
大垣書店烏丸三条店
〒604-8166 京都市中京区烏丸通三条上ル 烏丸ビル1階
TEL 075-212-5050