おすすめ本レビュー

『飛行機技術の歴史』 技術はどのように飛躍するのか

村上 浩2014年2月12日
飛行機技術の歴史

作者:Jr.,ジョン・D. アンダーソン
出版社:京都大学学術出版会
発売日:2013-12-18
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飛行の夢に挑んだ人々の、技術開発の物語である。航空工学を専門とする著者が、飛行機技術進化の歴史を、多くの図版と少々の数式、そして科学者・技術者の人生とともに描き出す。技術発展の経緯を丹念に追うと、科学と技術がどのように共鳴するのか、技術がどのように積み上げられていくのか、そして技術がどのように世界を変えるのかが見えてくる。あるときは科学的真理の発見が技術を飛躍させ、またあるときは発明家の無謀な挑戦が常識を覆すような自然への深い洞察をもたらしてきた。

本書で最初に取り上げられるのは、あのライト兄弟、ウィルバー・ライトとオリバー・ライトである。1903年12月17日のアメリカで、ウィルバー・ライトが操る機体ライトフライヤーは、12秒間空を舞った。そのとき到達した3mという高度を「大空」と呼ぶのは大げさかもしれないが、人類の夢が叶った瞬間であった。このように、ライト兄弟はきちんと飛行する飛行機を初めて生み出したが、飛行機のコンセプトを発明したのは彼らではない。

著者は、飛行機発明の源流を探るため、時計の針をルネサンス期にまで巻き戻す。飛行機とルネサンスといえば、万能の天才レオナルド・ダ・ビンチを思い浮かべる人も多いだろう。たしかに、ダ・ビンチが残したノートには羽ばたき機のスケッチや空気圧に対する考察も見られる。ところが、鏡文字で記された記述には科学的に誤っている部分も多く、技術発展への貢献はなかったといってよい。飛行機誕生には、少し時計の針を進める必要がある。

ルネサンスを経たヨーロッパでは科学革命が巻き起こり、1687年には科学史を変える一冊、ニュートンの『プリンキピア』、が出版された。近代物理学への道を開いたこの本は、飛行機技術を加速するどころか、大きなブレーキをかけてしまう。『プリンキピア』にはニュートンの「正弦二乗則」と呼ばれる、空気抵抗に関する誤った方程式が記されており、この式からは、「空気より重い飛行機」は実現しない、という結論が導かれるのだ。

偉大なるニュートンの影響は絶大。その後の数百年にわたって、正統な教育を受けた科学者ほど飛行機を非科学的なものと考えるようになる。市井の発明家や技術者たちの飛行機への取り組みは、科学者にとっては無知がもたらす無謀でしかなかった。19世紀後半を代表する科学者ケルビン卿の言葉が、当時の状況を象徴している。

航空というものを信じるこれっぽっちの分子も私には存在していない

既成概念に挑み、パラダイムを変えるのは、いつの時代もアウトサイダーだ。イギリスのジョージ・ケイリーも正規の教育はほとんど受けていないにも関わらず、飛行機技術を革新した。ケイリーは、羽ばたき機が主流の19世紀初頭において、史上初めて固定翼というアイディアを創り出し、現代に繋がる飛行機のコンセプトを発明したのである。現代を生きる我々は「翼が動かない」ことを当然のものとして考えるが、ケイリー以前は、翼は羽ばたくものだったのだ。

その後、19世紀の飛行機技術は、空気抵抗測定技術と一緒に発展していく。目に見えない風をとらえるために、本当に多くのシステムが提案された。その大半は淘汰され、一握りの優れたアイディアが、空気力学を大きく前進させた。例えば、風洞の発明が飛行機技術に果たした役割の大きさは計り知れない。20世紀を目前に控え、空気力学以外にも、飛行制御や材料技術という飛行に必要な要素は一定の成果を出し始め、ニュートンの正弦二乗則の誤りも修正された。ライト兄弟がアメリカに生を受けたのは、そんな時代だった。

先人達の残した書物をむさぼり読むことから大空への夢をスタートさせたライト兄弟は、恐るべきペースで試行錯誤を繰り返し、飛行機を現実のものとする。著者の徹底した調査は彼らのノートに残された細かな計算ミスやメモ書きにまで及んでおり、その思考の過程や技術者としての執念を生々しく伝えてくれる。次々と襲いかかる苦難に負けることなく、前進し続けるライト兄弟の姿には感動を覚える。人類初の偉業を成し遂げたライト兄弟だが、彼らの操ったライトフライヤーの構成要素(翼形状、エンジン機構、使用材料など)に、独自の発明はなかったという。

ライト兄弟がそれまでの技術者と違ったのは、彼らが飛行を、空気力学、推進、構造、飛行制御の各要素が相乗効果的に機能すべき「システム」として認識していたところだ。多岐にわたる要素技術の改善を追求しながらも、ライト兄弟は飛行へ至る全体像を失うことはなかった。スティーブ・ジョブスが既存のタッチパネルや通信技術などを組み合わせることで、スマートフォンという新しいシステムを生み出したことが思い起こされる。

飛行機の起源から20世紀後半のジェット推進機までを解説する本書は、様々な角度から楽しめる。材料技術に着目すれば、アルミニウム合金であるジュラルミン開発のストーリーに、戦争と技術の関係に興味があれば、第二次大戦中の諜報活動とアメリカ初の後退翼爆撃機ボーイングB-47の設計の秘密に、興奮せずにはいられないはずだ。何もないところから技術が積み上げられてきた歴史を振り返ると、今も世界のどこかのガレージで、科学者が無理だと決め込んだ夢に挑戦している技術者がいるのだろうかと、ワクワクしてくる。

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作者:サリー・スミス ヒューズ
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