書店員のこれから売る本

2月のこれから売る本-中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

長江 貴士2014年2月23日
世界を変えた10冊の本 (文春文庫)

作者:池上 彰
出版社:文藝春秋
発売日:2014-02-07
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『聖書』『コーラン』『種の起源』『資本論』『アンネの日記』……。名前は聞いたことがある、でも読んだことはない。大抵の人はそう感じるのではないでしょうか。

本書は、池上彰氏が『世界を変えたと考える10冊の本』を取り上げ、概要や社会に対する影響力などをコンパクトにまとめた一冊。最初に取り上げられる『アンネの日記』について、池上彰氏はこう主張する。この本が存在するために、アラブ諸国以外の国際社会はイスラエルに対して強い態度を取らないのであり、中東でイスラエルが確固たる地歩を築けるのだ、と。ただの古典ではなく、現在に至るまで世界に影響を与え続けている本だと思えば、一冊ぐらい読もうという気になるかもしれません。

『しかし、本には、とてつもない強さがあることも事実です。一冊の本の存在が、世界を動かし、世界史を作り上げたことが、たびたびあるからです。読んだ人が、内容に感動したり、感化されたり、危機感を抱いたりして、何らかの行動に出る。それによって人々が動き、ときには政府を動かし、新しい歴史が築かれていく。書物の持つ力は恐ろしいほどのものです』

そんな書物の力の一端を感じ取ることが出来る一冊です。
 

お母さんは勉強を教えないで (PHP文庫)

作者:見尾 三保子
出版社:PHP研究所
発売日:2014-02-05
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学校の算数のテストは素晴らしい成績なのに、「140ページの本を7日で読もうと思ったら、1日何ページずつ読めばいい?」「100より2小さい数はいくつ?」「10時の10分前は何時何分?」と聞かれると答えられない子どもたち。これらはすべて、本書の冒頭で紹介される、『最近急増している子どもたち』の一例だ。これには驚かされた。正直なところ、にわかには信じがたい。

勉強は、ある程度「暗記」でどうにかなってしまう部分が確かにある。評価軸が「学校のテスト」しかなければ、なおさら「暗記」で乗り切ろうとしてしまうかもしれない。「ウチの子は学校の成績が良い」と、喜んでいる場合ではない。

本書を開いてすぐのカバーの袖のところに、「親がすべき4つのこと」が書かれている。最初の3つは誰でも出来ると僕は思う。「子どものため」に勉強を頑張らせている親御さん。本書を読んで、自分の「教育者」としての在り方を、一度振り返ってみてはいかがでしょうか。
 

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)

作者:奥泉 光
出版社:文藝春秋
発売日:2013-11-08
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『注意!油断して読むとお茶を噴きます』

帯に書かれたこの忠告は、100%順守されたし。ホントに、破壊力がハンパないですから。

奥泉光氏の作品は、実に面白いのだけど気軽に他人に勧められないなぁ、と思ってしまうものが多い印象がある。しかしようやく、全力で「これ読んでみて!」と勧められる作品が登場した。

クワコーは、最低辺の大学の准教授。大学教授という職にしがみついてさえいればどうにか生きていけると考え、いかにして大学内で生き残るかに心血を注ぐ。その浅ましいまでの卑屈さが魅力となっている、稀有なキャラクターだ。

そんな小人物であるクワコーを、さらなる非日常に引きずり込むのは、彼が顧問を務めている文芸部の面々。個性的、という表現では足りないほどのパワフルさで常に何事かに勤しんでいる彼女とのドタバタのとりとめのなさも魅力だ。

何よりも素晴らしいのは、作品が醸し出す「ダルさ」である。ダルさに魅力なんか存在するのか?と疑う向きは、是非本書を読んでいただきたい。これほど完膚なきまでにダルさを前面に押し出し、さらにそれを「魅力」にまで昇華できている作品は、そうそうお目にかかれないでしょう。
 

からまる (角川文庫)

作者:千早 茜
出版社:KADOKAWA/角川書店
発売日:2014-01-25
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7編の短編が収録された連作短編集。家族や恋人などの親しい関係性を真ん中に据え、短編同士に緩やかな繋がりを持たせるように構成されている作品だ。

読んでいると、ロウソクの炎を眺めているようなゆらめきを感じる。人が、感情が、生き方が、たくさんのものが安定していない感じ。ふらふらと、ゆらゆらと、たゆたっている。不安定なまま揺れている。それでいて、暴力的でもある。液体の中でポワポワしているような感覚に、時折、心の中に手を突っ込まれるような不快感が混じる。それが、不愉快でもあり、快感でもある。

読めばきっと、自分の断片があちこちに溶けていると感じるだろう。必死に隠している、人には見せたくない、どうしようもない痛々しい部分がむき出しにさらされるような感覚。

ちゃんと考えると、きちんと向き合うと、自分自身がバラバラになってしまいそうなことが世の中にはたくさんある。普段は、見て見ぬフリが出来る。でも、ふとした瞬間に考える。突きつけられる。なんの脈絡のない場面で、するりと滲み出してくる。油断していると、それにやられてしまう。

ゆらめくような穏やかさの中に、心をざわつかせる振動が紛れ込む。凄い作品だ。
 

はやぶさ式思考法: 創造的仕事のための24章 (新潮文庫)

作者:川口 淳一郎
出版社:新潮社
発売日:2014-01-29
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小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトは、世界を熱狂させた。その困難さは、『JAXAの中にも「本当に帰って来るとは思わなかった」という人が少なくありません』という言葉が如実に示している。

本書は、構想から実に二十年に及ぶ長い長いプロジェクトを率いたリーダーである著者が、プロジェクトチームや自分自身のミッションの進め方を通じて、「創造的な仕事を生み出すにはどうすればいいか」に答えてくれる作品だ。

「減点法ではなく加点法で」「教科書には過去しか書いていない」「失敗するチャンスを」など、様々な事柄について実際の事例を挙げながら振り返る内容で、奇跡の裏側を垣間見つつ、その奇跡を支えた思考や発想について触れることが出来る。プロジェクトの細部だけではなく、全体を取り仕切る立場にいた人だからこその実感にも溢れている。

「はやぶさ」のカプセル回収のために交渉をしたオーストラリアの担当者から、「これは人類のためだから」という一言と共に砂漠の使用許可をもらう場面がある。宇宙開発では長年他国に遅れを取っていた日本が見せた驚異的な成果。その力の源に触れてみましょう。

(HONZ 解説から読む本はこちら 

 長江 貴士
1983年、今や世界遺産となった富士山の割と近くで生まれる。毎日どデカい富士山を見ながら学校に通っていたので、富士山を見ても何の感慨も湧かない。「富士宮やきそば」で有名な富士宮も近いのだけど、上京する前は「富士宮やきそば」の存在を知らなかった。一度行っただけだけど、福島県二本松市東和地区がとても素晴らしいところで、また行きたい。他に行きたいところは、島根県の海士町と、兵庫県の家島。中原ブックランドTSUTAYA小杉店で文庫と新書を担当。

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