「1985年のクラッシュ・ギャルズ」というタイトルを見た時に懐かしいと感じる方は、きっとこの作品を読み始めたら止まらなくなるでしょう。私もその一人でした。
一方、クラッシュ・ギャルズを知らない世代の方々にとっては、本書は楽しめない物なのでしょうか。いえいえ、きっと読み始めたら止まらなくなるから読んでみてと、私は自信を持ってお薦めします。
女子プロレスと聞いてなかなか具体的なイメージが浮かんでこない時代になりました。しかし、一九八〇年代の女子プロレスは、ゴールデンタイムにテレビで放送され、現在のAKB48などのアイドルグループと同じぐらい人気があり、熱狂する男女のファンが数多く存在していました。
当時の私はジャガー横田さんのファンでした。クラッシュ・ギャルズでは、ライオネス飛鳥さんの方が好きでしたと著者の柳澤さんにお話ししたら、コアファンですねと笑われました(当時は長与千種さんの方が圧倒的に人気があったそうです)。当時の女子プロレスは、男子に比べて格段に俊敏で展開が早く、同時に、パワフルでかつ繊細で、見る者を魅了するスポーツでした。
そんな一時代を築いた女子プロレスの全盛期の舞台裏を、柳澤さんは緻密な取材に基づいてストーリー仕立てで描きます。
当時のことを知る人間ならば、そうだったのかとうならされ、クラッシュ・ギャルズのドラマティックな生き様に圧倒され、夢を追い続けた勇姿に感動することでしょう。
クラッシュ・ギャルズを知らない人にとっては、夢を追い求めて努力する少女達の、文字通り生死をかけたチャレンジの数々に胸を打たれるに違いありません。
この原作を読んだ時、すぐにドラマ化したいと思いました。クラッシュ・ギャルズを知る世代、知らない世代に係わらず、この物語には心に訴えかけてくる熱い人間ドラマがあります。自分の存在意義を見つけるために夢に向かってただひたすらに突き進む。その為には、全てをなげうって努力する。そんな彼女たちの姿は、きっと現代人の心にも響くと思いました。
時折、あの人は天才だから……という言葉を耳にしますが、天才も人間なのです。そして、本当になんの努力もしない天才なんてどこにもいないのです。人は悩み苦しみ、そして、それを乗り越えていく生き物です。くじけそうになった時も、全てを投げ出しそうになった時も、最後まで夢をあきらめずに前に向かって進み続けることができた人だけが、手にすることのできる栄光……。クラッシュ・ギャルズも女子プロレス界の天才と言われましたが、本書を読めば努力に苦悩、そして、人との出会いや絆なくしてクラッシュ・ギャルズが一世を風靡することはなかったことが分かります。
柳澤健さんの「1985年のクラッシュ・ギャルズ」は、クラッシュ・ギャルズを知る人も知らない人も魅了する、夢に向かって走り続けた少女たちの挫折と栄光の物語です。あきらめなければ夢はきっと叶う……気が付けば上を向いて歩いている、読んだ後にそんな思いにさせてくれる作品です。
そして、この作品を読むともう一つ感心することがあります。私にとって一九八〇年代は、時代のカラーがありそうで、実は全然何も思いつかない時代でありました。歴史をひもといても動乱の七〇年代が落ち着き、バブルの九〇年代への橋渡し的なイメージしか持ち得ず、八〇年代後半に青春時代を迎えていた私にとって時代のカラーを表現するのは、いつも難しいことでした。
しかし、本書を読むと一九八〇年代の色が鮮明に伝わってきます。アイドル全盛時代で一億総中流時代、そして、誰もが世界はいい方向に向かっていると感じていたそういう時代だったのです。クラッシュ・ギャルズの生き様を描く行間の至る所に八〇年代の匂いを感じることができ、そして、当時のことを知る人は思わず頷きながら本書を読み進めることでしょう。八〇年代を知らない人にとっても、こういう時代だったのだ……と感じていただくことができる大変興味深い作品となっています。
先に触れましたドラマ化については、結局映像化は難しいということで、青春アドベンチャーというラジオドラマとしてNHKで放送しました。私にとって初めてのラジオドラマの演出でしたが、ジャガー横田さんやダンプ松本さん、そして長与千種さん達に実際にお会いすることもでき、色々とお話を伺えました。当時実況を担当されていた志生野温夫さんにもドラマの中で実況役を担当していただきました。効果音の取材では井上京子さん他の女子プロレスラーの皆さんにも参加いただき、マットの上を何度も飛んだり跳ねたりしていただきました。
女子プロレス界は、夢見る頃を過ぎてしまっているのかもしれません。しかし、お会いした皆さんの目は情熱に溢れ、新たな夢に向かって突き進んでいらっしゃいました。夢はあきらめなければ、きっと叶う……そう思い続け、努力し続けることが、何よりも大切な事なのでしょう。
長与千種さんは、二〇一四年三月にまたリングに上がります。彼女たちの夢はまだまだ続いているのです。
本書を読んだ方は、夢の大切さを実感すると共に、勇気や元気をたくさんもらえたのではないでしょうか。柳澤健さんの「1985年のクラッシュ・ギャルズ」は皆さんにとっても、また夢を語り合うきっかけになる作品になってくれると確信します。
一色 隆司 NHKエンタープライズ・エグゼクティブ・ディレクター
本の話WEB
「本との出会いは人との出会い」。書評、著者インタビュー、特設サイトなど、さまざまな形で本や著者の魅力をお伝えしています。写真で語る「文春写真館」や人気筆者の連載もあります。文春文庫の巻末解説文も掲載。サイトはこちら