おすすめ本レビュー

『有次と庖丁』そうだ 京都行こう

成毛 眞2014年4月10日
有次と庖丁

作者:江 弘毅
出版社:新潮社
発売日:2014-03-18
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有次。「ありつぐ」と読む。京都市中京区のど真ん中、1200年以上の歴史を誇る錦市場にある庖丁と料理道具を販売する店だ。創業は永禄3年、西暦1560年。桶狭間の戦いがあった年である。8年後に織田信長が上洛し、戦国時代は終焉を迎えた。その時すでに有次は「日本鍛冶宗匠三品家門人藤原有次」として鍛冶を営んでいた。

本書はその有次と、有次の庖丁と、その庖丁を使う料理人と、そのすべてを育んだ京都を語る本だ。語り部はだんじりで有名な大阪府岸和田市生まれの江弘毅。大阪人から見ても京都はややこしい土地だということが良く判る本でもある。

この本はこの春の関西旅行に持参するべき最良の友だ。東京人であれば品川あたりから読み始め、その日の夕方には錦市場の散策を楽しみ、夜にホテルのベッドで読み終える。そしてその旅行の最終日にはふと有次に立ち戻り、庖丁を一本買うことになるであろう、そんな本だ。

構成は有次の概略からはじまって、取材を始めた経緯、有次のルーツ、有次と堺、錦市場・祇園町の料理の現場、大阪の有次、蕎麦庖丁、板前割烹の誕生、海外へ、ものをつくるということ、の全11章だから、それぞれ独立したエッセイとして読むこともできる。夕食後に1章づつ楽しみながら読んで半月間。読み終わったころには料理の腕があがっているかもしれない。良い道具は味も人も変えるのだ。

ほとんどの中京・下京の家では有次が使われているという。本文で紹介されている女性作家は祖母から「安っすい雪平鍋、使こてる家なんかに嫁いだらあきまへん」と言われていたという。包丁だけでなく鍋もおろし金も有次がまさに京都ブランドなのだ。その名声は日本よりも海外で高く、訪れる客の20%は外国人だという。

有次の庖丁は400種類におよぶというのだが、その製造は堺、関市、東京に分散している。最高峰の本焼き和庖丁は堺の沖芝昂さんという鍛冶職人がこしらえているのだが、それ以外のたとえば家庭用は関市、牛刀は東京という具合にそれぞれのラインに専門分野があるという。もちろん有次はそれらの製造者から、できあいの商品を買い付けて店頭販売しているのではない。むしろ客と製造者をつなぐ総合プロデューサーのような存在だという。

しかし、本書の本当の楽しみはこのような有次と和庖丁の薀蓄やトリビアだけにあるのではない。京都人というより中京人(なかぎょう)のややこしい気の遣い方と、大阪人というより岸和田人の気の使い方との、どこか関西風の比較などは、関西人ならずともまったりと読むことができ、まさに春のうららに最適の本だとつくづく思う。

掲載されているカラー写真は30枚あまり。職人たちの顔つきが素晴らしい。

「日本っていいなぁ〜」